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12.街へ向かって

 ダンジョンから出て徒歩30分のところに、マリードという街があるらしい。

 その名前に冠されるくらいダンジョンと縁の深い街のようで、冒険者たちが長く滞在するため、『冒険者の街』なんて呼び方もされるのだとか。マリードだけでなく、同じように呼ばれる街は国内のあちこちにあるそうだ。

 この国、ダンジョン多過ぎじゃなかろうか。

 そんな近くに街を作って大丈夫なのかと首を傾げる。ダンジョンは災厄とも言われている。ある日突然生まれ、成長と共に周囲の土地を食い尽くしていく。ひとたび巻き込まれれば逃れることは叶わないと。

 それが常識だと思っていたが、この国では事情が違うのかも知れなかった。

 ダンジョンを出てしばらく進んだ場所に、立派な門と共に数人の兵士の姿が見えた。門の近くには駐留のためだろう石造りの建物が併設されている。

 恐らく彼らが、ダンジョンの管理、もしくは警備をしているのだろう。

 今も、門の手前で数人の男女が兵士に止められている。

 ジーク達と近しい恰好を見るに、彼らも『冒険者』なのだろう。書類がどうこうという会話が漏れ聞こえてくる。それを横目に、ジーク達につれられてするりと門を通過した。

 ……通過してしまった。

 警備、大丈夫なんだろうか。

 そんなことを思っていると、頃あいよく子どもが「ぼくたちはいいの?」とジークに尋ねた。よくぞ聞いてくれた。

 ジークは未だ門前で止められている冒険者たちを一瞥して、「ああ、先に見せてるから」と答えた。

 曰く、ダンジョンへの入場の際に許可証の提示が必要らしい。退場時はよほどのことがない限りそのまま通過できるのだとか。

 俺がいるのは「よほどのこと」だと思うのだけれど、下手に目立っても困るので運が良かったということにしておこう。


「そろそろ街が見えて……ん? 誰か居るな」


 30分の道のりを倍くらいかけて街に近づいたところで、ジークが怪訝そうな声をあげた。言われて、エレンとアリシアも目を細めて街の門――関所を見遣る。

 マリードの街は周囲を頑強な壁に囲まれている。その壁は街全体ではなく、ダンジョンに近い半分程度のの範囲に限られており、街の玄関口にあたる関所にも頑丈な門が設置されていた。

 ジークは「城門みたいだろ」と子どもに言っていたが、確かに街の関所にしては立派である。門番と思しき4人の兵士がいて、これもやや厳重な気もする。この道を通って街を訪れるのは、ダンジョン帰りの冒険者か行商人くらいのものだろうに。

 彼らは一様に厳しい顔でこちらをみつめており、ありもしない胃が縮みそうだ。なにしろ、こちらはやましいことが山ほどあるので。


「あら~? あちらの方は、ギルマスでしょうか~?」

「えっ、ほんとだ。ギルマスだ。珍しー、どこか行くところかな?」

「今からか? 下手したら夜になっちまうぞ」

「ぎるます、さん?」


 門番の中に知った顔があったらしい三人へ、子どもが首を傾げてみせる。

 ちなみに俺は、その子どもに手をひかれて最後尾を歩いていた。俺の足が子どもより遅いからだ。ダンジョンの外の土を取り込むことに成功したのは良いものの、やはりダンジョン内ほど上手くはいかず、明らかに動きが遅くなってしまった。慣れればもうちょっとマシになるはずだと……信じたいところ。


「あー、名前じゃねぇんだ。ギルドマスター、まあ肩書きっつーか、院長先生とかとおんなじ意味だ」

「先生なの?」

「そーじゃなくて……えっと」


 説明に困ったジークは、アリシアとエレンに助けを求めた。

 結局、三人であれこれと例えを引っ張り出しながら子どもに説明していた。流れで、子どもが散々口にしていた『お兄ちゃん』の名前が『ロビン』であること、ギルマス、もといギルドマスターの名前が『エドガー』だということが判明した。

 ここまで耳にした名前の特徴からして、他国とはいえ文化圏は近いと思われた。そもそも言葉も理解できるしな、とは考えたが、言語の理解についてはこの魔物の身体が影響していないとも言い切れない。


「とりあえず挨拶しとくか。こんちわーっす!」


 手をあげて元気にジークが挨拶する。

 門の前にいた4人のうち、ひとりが軽く手を上げて応じる。

 彼がギルドマスターらしい。

 赤い髪に青い目、無精髭の渋い男性。ジークよりはずっと年上に見えるが、体格や身のこなしはジークよりも良い。身体は十分に鍛えていそうだし、兵士と言われても納得しそうないかつさはある。


「よう、無事に戻ったようだな。いやな、なんか”来る”ってんで様子見に来たわけだ。まさかお前らとはなあ」

「はは……あーお世話かけます」


 腕を組んだギルドマスターが、近づいたジークにそう笑って寄越す。

 ジークはというと、急速にしおれた様子で乾いた笑いを零した。


「俺としちゃ、昇格試験まで会わずに元気でやってて欲しかったんだが。まったく、お前らときたら引きが良いのも大概にしろよ。で? 何やらかしてきた?」

「いや、やらかした前提おかしくないです? 俺らは普通にダンジョン探索してただけですって」

「お前らがやってなきゃ誰がやってんだよ。さすがにこんだけヤベェと勘違いじゃ済ませらんねぇぞ」


 門前に仁王立ちのギルドマスターが凄む。険しくなった表情に、ぴり、とその場に緊張が走った。

 その空気に震えたアリシアが、恐る恐るといった様子で彼に尋ねる。


「……ヤバイんですか?」

「ヤバイな。緊急招集の準備はできてる」


 あとはフレドリックに連絡入れるだけだ、とギルドマスター。


「ちょっと待ってください。そんなレベルなんですか? ダンジョンは溢れる気配もなかったですけど」

「ほう。そりゃ僥倖だ。で? 弁解は他にねぇのか?」

「弁解……ええと……特に異変はなかったです、その、ダンジョンには」

「おう」


 三人が互いに顔を見合わせた後、ちらちらと背後、つまりは俺を見る。そうだな、ダンジョンはともかく俺は異変だな。


「後でフレドリックに詰められたくなきゃキリキリ吐け。――まず、連れてきたソレは何だ?」


 ぎろり、と鋭い視線が向けられる。

 俺の手を掴んでいた子どもが肩を跳ねさせ、慌てた様子で後ろに隠れる。俺はといえば、遮蔽物もないので逃げようもない。幸い、目深に降ろしたフードのおかげで、幾らか圧も軽減されているような気がする。


「あ~えっと……その、これは不可抗力っていうか」

「私たちも想定外だったんです。なんていうの……事故?」

「子どもを保護したんです~迷子みたいで~ギルドで身元照会してほしいのですけれど~」


 あわあわしているジークとアリシアに比べ、エレンは落ち着いている。マイペースに子どもの件を報告していた。


「あ? こども? どこだ」

「こちらです~ノアさん、大丈夫ですよ~」


 怖くない怖くない、と手招きをするエレンに、子どもはおずおずと顔を出す。ギルドマスターの視線を受けて、顔を青くして震えている。


「ふむ……迷子といったな。どこで保護した?」

「ダンジョンです。マリードダンジョンの中層」


 元気よく返事をしたのはジークだ。その彼を訝しげに見遣って、ギルドマスターは首を捻る。


「ダンジョンなあ……同行者はどうした? まさか一人か?」

「一人といえば一人っすね。俺らが保護したとき、同行者はそいつだけでしたから」


 ギルドマスターの視線が更に鋭くなる。


「……従魔か? いやそれにしては……」


 後半は殆ど口の中に消えて聞き取れなかったが、俺が魔物であることは簡単に看破されてしまったようだ。十分ヒトに見えると太鼓判を押されたのに、あれは何だったのか。彼の様子からして、最初に見つかった時に既に疑われていたようである。

 やはりよく見ると土っぽいのが敗因だろうか。


「うん、わからんな。ジーク、最初から説明しろ。俺が納得するまでお前らは街に入れんから、そのつもりで話せ」


 ひとつ頷いたギルドマスターが、ジークに言い放つ。


「わかりました。元々ウィンさんとこに相談にいくつもりだったんで……ギルマスに判断して貰えるなら有り難いです。えーと、従魔関連ですがここで話しても?」

「ウィンか。そうだな、あいつにはちと荷が重いかもしれん……まあいい、こいつらも口は堅いから遠慮なく話せ」


 ちら、と俺をみたギルドマスターが眉を顰める。従魔関連はややこしいということだろうか。従魔術士というのは希少らしいという話を聞かされていたので、あり得なくはないと思う。

 とはいえ、俺も従魔がなんたるかイマイチわかっていないのだが。

 今も、俺に半身を隠すようにして明らかに怯えている子どもに対し、これといった感情はない。こういう場合、主人を守ろうという意識が働くものだと思うのだが「泣かれると面倒だな」と思いこそすれ、庇おうだとか相手を排除しようだとかは思わないのだ。

 ギルドマスターが危険ではないとわかっているからかもしれない。

 従魔とは、などと割とどうでも良いことを考えているうちに、ジーク達による事情説明は終わっていた。


「お前ら、今回もなかなかの引き具合だな」

「いや今回俺らは悪くないでしょ!」

「人助けしてますよ! 善行!」

「ノアさんはとってもイイコなんですよ~」

「まあいい、ちょっとついてこい。この状態の従魔をギルドに連れてくわけにもいかねぇからな」


 わいわいと騒ぐ三人を気にも留めず、ギルドマスターが壁沿いに歩き出す。向かうのは門の中ではなく、すぐそばの森の中だ。


「え、でも従魔はギルドで登録するんじゃ?」

「私たちもですか?」

「お前らがこないで誰が話聞くんだよ。ガキにゃ難しすぎるだろ。あとギルドで登録できるのはせいぜい狼系までだ。いくら従魔っつっても戦闘力の高い魔物を街にほいほい入れるわけねぇだろ」


 その弁はもっともである。

 従魔はあくまで「主人に逆らわない」だけで、その主人が善良な人間だとは限らない。悪意ある人間に扱われれば、簡単に街の脅威になってしまう。

 ただ狼系の魔物が大丈夫というなら、俺も大丈夫なのではないだろうか。確かにあのダンジョンでは苦戦しなかったが、あそこの魔物はちょっと特殊だ。村に時々現れる魔物相手なら、もっと苦戦していたと思う。


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