追放された忌み子は転生した女子中学生~追放した帝国に圧力かけまくって他国から聖女と呼ばれるようになった件~
「あなた······誰?」
目の前に胡坐をかいた銀髪の男が宙に浮いていた。その男に対し、黒髪の少女が呟く。
「俺が誰かというより、お前、今の状況でよく冷静でいられるな」
「······」
少女は男に言われて初めて周りを見回す。
そこには真っ白い空間が広がっていて、立っているのか浮いているのかも分からないような場所だった。視界を遮るものは何一つなく、その空間には少女と、目線の少し高い位置にふわふわと浮いている男がいるだけだった。
「質問を変えるわ。ここはどこ?」
「肝が据わっているな。ここは俺が創り出した空間だ」
「······そう。なら元の場所に帰してもらえるかしら」
「残念ながらそれは無理だ。お前の体はもうなくなってしまっている。今の姿は俺が創りだしているだけで、ただの魂魄がここに留まっているだけ。つまりお前はもう死んでいるってことだ」
男は平然と少女が既に死んでいることを告げた。普通なら騒ぐような状況なのだが、少女は顔色一つ変えなかった。
「やっぱり······、あの飛行機は墜落したのね······」
「なんだ、記憶があるのか?」
「ええ。大事な試合があって飛行機に乗って現地に向かっていたところだったの。急に機体が揺れたと思ったらそのまま急降下していったわ。機内にアナウンスも流れていたけど、機体が戻る気配はまったくなかった······」
少女はようやく感情を見せ始めた。表情にあまり変化はなかったが、視線は遠くを見つめて、瞳からは涙が流れていた。
「お兄様······」
「もう一度会いたいか?」
「会えるの?」
「まあ、会えなくもないが俺の頼みも聞いてもらうことになるぞ」
「構わないわ。どうせここに呼んだ時点でそのつもりだったんでしょ? お兄様にもう一度会えるならなんだってするわ」
「······」
少女に迷いはなかった。男は彼女の即答に少し訝しい表情を見せたが、すぐにそれを引っ込めて笑顔をつくる。
「元の世界に未練はないのか?」
「あるわけないわあんな世界······」
「分かった。こちらとしても都合がいい。お前には別の世界で生きてもらえればそれでいい」
「別の世界? ずいぶんざっくりとした頼み事ね。具体的にどうすればいいの?」
「これを見てくれ」
男が指を弾くと少女の目の前の空間が歪み映像が映し出された。映像と一緒に音声も聞こえてくる。
***
「······以下の14名を忌み子と認定、現時点をもってアールスフォード帝国より追放とする」
30人近い女の目の前で、帝国の宰相が書状を読み上げていた。「追放」の一言で名前を呼ばれた女達は、悲鳴を上げる者もいれば泣きくずれる者もいた。
「どうして、どうして私が······」
「当り前じゃない。魔法も使えない聖女なんて聞いたことないわ。あなた達にここにいる資格なんてないのよ。とっとと消えてくれる?」
「私だって魔法くらい使える!」
「あんなすり傷を治す程度が魔法? 笑える。あんな陳腐な治癒魔法で帝国の役に立つわけないでしょ」
「う、うあぁぁぁ!!」
核心を突かれた女はその場で泣き崩れた。
「さあ、とっとと出で行け!」
この時の為に集められていた衛兵に引きずられている子もいた。忌み子に対する扱いに人としての尊厳などない。
「やめて!」
引きずられている子を助けようとして一人の女が衛兵に突っかかっていった。しかし、その子は衛兵が持っていた棍棒で頭部を殴られて倒れてしまった。
打ち所が悪かったのか、頭部から血が流れて全く動かなかった。
***
男が指を弾くと映像はそこで止まった。
「これはいったい何なの? なんで私が映っているの?」
映像には頭から血を流している女が映った状態で停止している。
「あれはお前ではない。映っているのはお前が居た世界とは別の世界だ。彼女たちは聖女候補として帝国に集められた女達だ。そして、忌み子と呼ばれた女達は期間中に能力を発揮できなかった者達のことを言っている。忌み子は即刻追放。追放された忌み子がどういう末路を歩むと思う?」
「知らないわ。ろくなものではない事はたしかね」
「忌み子は帝国の端にある孤児院に向かわせられ、一定期間そこで過ごすことになる。その後、賊の襲撃にあって······、皆殺しに合う」
忌み子と言っても能力が覚醒していないだけで、いずれ覚醒する可能性を秘めている。追放となれば、他国にその力がわたる可能性もある。
それを排除するために、賊に襲わせて、他国に忌み子の力が渡ることを防いでいるのだ。
「なんてくだらいなことをするのかしら。本当に大人の考える事なんてくだらないわ」
少女の呆れとも、怒りともとれる表情を見て、男はにやりと笑う。
「今映っている女は既に死にかけている。あと数分もすれば確実に死ぬ命だ。そこにお前の魂魄を転移させる。お前はそのままあの女として生きるのだ」
「生きるって、死にかけてるんじゃないの?」
「転移するにあたってお前には不死の力が備わる。これは加護でもなんでもない。言わば呪いの類だ。死にたくても死ねないのだらかな。その代わりにいずれ、お前の会いたがっている者と会うことができるだろう」
「いいわ。すぐに転移してちょうだい」
「相変わらず即答か。まあよい。もう一つ、あの女にはもう一つ覚醒していない力がある。その力を使って俺を探してくれ」
「あなたを? どうやって?」
「能力が覚醒すれば分かることだ。最後に、お前がこれから生きていく世界に、なんでもいい、一つだけ元の世界のものを用意してやろう。何がいい?」
「それじゃあ、お兄「だめに決まってるだろうが」
「チッ······」
少女が自分の兄を要求しようとしたの察して男が言葉を遮った。
「なんでもいいって、言ったじゃない」
「ほんとに······。馬鹿なのか賢いのか分からないな。生き物はダメだ、物で頼む。んー、道具だ道具にしてくれ」
「それならお兄様の部屋に飾ってある小太刀をお願い」
「小太刀? なんでそんなものが家にあるんだ?」
「うちは武術の家系だったから。私が大会に優勝したらもらう予定だったの。」
「そんなものでいいのか? まあ、これから殺されそうになるんだ。武器を選んだのは正解かもしれないな。もっと近代的なものを選ぶと思ったんだがな」
「私にはそれで十分よ」
「······分かった。その小太刀とやらはお前が転移した次の日にはお前の手元にあるはずだ。それまでくれぐれも注意するんだな」
「何の問題もないわ」
「ふん。豪胆なやつだ。もう質問はないな? それじゃ飛ばすぞ。 長い人生の始まりだ」
男が手のひらを広げると、少女の体が光に包まれてゆっくりと消えていった。
男は映像に映る倒れた女を見つめて呟いた。
「とんでもない女だったな。まあ気長に待つことにするか」
***
「ロベルタ! お願いロベルタ! ねえ起きて!」
頭を打ってる人間を振ってはダメ。お願いだからそっと起こしてくれない?
意識を取り戻した私はゆっくりと目を開けた。薄目を開けて前を見ると、先ほど映像の中で引きずられていた子が私を抱えていた。
「あ! ロベルタ! 良かった······死んじゃったと思ったじゃない!」
お願いだからそんなに揺らさないで、どこかの誰かさん。
不死身といっても痛覚はそのままらしい。傷が回復するまで、死をもたらした傷の痛みを感じなければいけないようだ。まさに呪いだ。
私が死んでいなかったと分かったのか衛兵がまた騒ぎ出していた。「さっさと立て」と言っている。私を抱える女が文句を言い始めたので、それを止めた。
「もう大丈夫。自分で立てるわ」
立ち上がると元の体より視線が高いのが分かる。死ぬ前はまだ中学生の女の子。絶賛成長中だった。
しかし、この体、なんというか胸が、胸がこう······でかい!
この体ならきっとお兄様も······。頭から血を流しながら、よからぬ妄想を膨らませていると、目の前に誰かが立ちはだかった。
「ねえちょっと。何をニヤニヤしているの? 忌み子はさっさと出ていってくれない? それとも何? 頭を打って記憶まで無くしちゃった?」
誰だ私の妄想の邪魔をする奴は。
少しイラっとしたが、無表情で相手を見た。どうやら、聖女候補として帝国に残ることになった女の一人だろう。
なんの能力があるのか分からないが、この世界では魔法が使えるみたいだから、へたに絡むのはやめておこう。
まずは情報収集が必要だ。戦いにおいて相手の情報を掴むのは鉄則だからね。それより、さっきからピーギャーピーギャーうるさいな。
「ちょっとあなた聞いてるの?」
「うるさいな。どいてくれる?」
「えっ!? な、なによその目は!」
私が少し睨んだだけで相手の女は震え始めた。私はその女を無視して、私を抱えてくれた女に声をかけた。
「ねえ、ごめんなさい。頭を打って少し混乱しているの。それと少し視界がボヤけてあまり見えないの。あなたは······」
「だ、大丈夫!? 見えてないの? 私よ、イザベラ」
嘘です。バッチリ見えてます。
「イザベラ······そう。ごめんなさいイザベラ。悪んいんだけど、どこへ行けばいいかわからないの。連れていってくれない?」
「わ、分かった」
私は絡できた女を無視してイザベラについて行く。無視されたこと腹を立てたのか、後ろから金切り声が聞こえてくる。
頭に響くからやめてほしい。
私とイザベラは既にこの場所を離れようとしていた。しかし、まだ現実を受け入れられていない女達が座り込んでいたり、残った聖女候補にすがったりしている。
それを見ていた貴族たちから声が上がり始めた。その声は徐々に広がり、その場にいるほとんどの人が声を張り上げていた。
「出ていけ! 忌み子は帝国に必要ない!」
今にも襲いかかってきそうな勢いに、たまらず女達もその場から逃げるように立ち上がった。振り返ると、小学生くらいの子までいた。
みんなが一斉に出口に走り出した為、その女の子は私の少し手前で転んでしまった。女の子は中々立ち上がることができない。ショックと恐怖で震えてしまっている。
「おい忌み子! さっさと立て!」
衛兵が倒れた女の子に向けて棍棒を振り下ろした。棍棒は真っ直ぐに女の子の頭上に下りてきたが、その棍棒は地面を叩いた。衛兵は外すとは思っていなく、床を叩いた反動で手を痛めていた。
「立てる? さあ行くわよ」
「お、おい待て貴様! くっ、いててて」
ざまあみろ。
私は女の子を抱えてそそくさと出口に向かった。イザベラも手を貸してくれた。
私達がいたのは大きな城の中だった。当然だけど私にはこの世界の記憶がない。とりあえずイザベラについていくことにした。
「お姉ちゃん。さっきは助けてくれてありがとう」
お姉ちゃん! なんて甘美な響きなの! 抱き締めたい! しかし、私は人とコミュニケーションをとるのが苦手だ。内なる自分とまったく別の対応をしてしまう。
「別に。気にしないで」
「······あ、うん」
ああ、違うのそんなに落ち込まないで。せめて名前だけでも教えて。
内側の私は慌てていたが、外側の私は無表情をつらぬていた。
私達はイザベラの案内で都を離れ、辺境にある孤児院まで歩いた。他の追放者も目的地は同じだった。
あとからイザベラに聞いた話だが、忌み子認定された子は、この孤児院に入れられ、決められた期日内に、アールスフォード帝国から出て行かなければならないようだ。
孤児院に着くと、マダムと呼ばれる管理者が施設を案内してくれた。マダムは私達に同情し、優しく接してくれた。
一部屋に4つのベットが置いてあり、洋服や各自の生活用品も用意されていた。
私はイザベラと同じ部屋になった。何とか名前を聞き出せたキティも同じ部屋だった。
嬉しい。
部屋に入るとイザベラが今後のことについて話し始めた。
「これからどうするロベルタ?」
「······」
「ロベルタ? 聞いてる?」
あ、私の事か。
自分がロベルタだという事をついつい忘れてしまう。とりあずこのまま記憶がはっきりしてない設定で通すことに決めた。
「ごめんなさい。まだ記憶がはっきりしなくて······。気にしないで話を進めてくれる?」
「う、うん。とにかく、ここにずっといることはできないの。だからこれかどこに行くかを決めたいと思うんだけど、一緒にどうかなって······」
残念だけどそれは叶わない。これからここは賊に襲撃されることになっている。たとえ襲撃前にここから離れていたとしても、すぐに追手に狙われることになる。
「······」
「うーん、まだ考えられないか。キティは一緒に行く?」
「うん!」
「行くわ!」
「「え?」」
おっと、本能で答えてしまった。恐るべしキティの可愛さ。
どちらにしてもすぐにここを離れるのは得策ではない。今出ていけば、待ち伏せしている賊にすぐに殺されてしまうだろう。どうせ狙われることになるのならここで待ち受けていたほうがいい。なんとかここに足止めしなくては。
「一緒に行きたいのだけど、まだすぐに動けそうにないわ。数日だけでも休ませてもらえないかしら」
「別にいいけど······。ロベルタ、なんか話し方へんよ」
「······。気にしないで」
その晩は情報収集の為の会話を続け、この世界のことと、この体の持ち主ロベルタのことについて知ることができた。
この世界には魔法が存在し、神や、四帝と呼ばれる聖獣、魔物など、現実世界にはないものが存在するらしい。そして、このアールスフォード帝国はこの世界で一番大きいと言われる国の一つだった。聖女候補を集めているのも、帝国の領土を広げる一環として行われていた。それだけに、聖女として覚醒できない者は帝国では不要な存在となり、忌み子として扱かわれるみたいだ。
数日間孤児院で過ごして分かったことがある。私には魔法が一切使うことが出来なかった。イザベラもキティも多少なりとも魔法が使えた。魔法が使えると聞いた時は少しうきうきしていたが、全く使えないと知り、少しだけ落ち込んだ。
それから、マダムについても少し分かった。彼女は帝国側の人間だ。そもそもここは忌み子がたどり着く僻地。みんなは知らないが、ここに来た忌み子は全員この世から消される運命にある。そんな孤児院の管理者をしている彼女は、全てを知っているに違いない。私達に向けられる同情や、優しい笑顔は全て偽物なのだ。
「さあ、みなさん。今日も神に感謝してお食事を頂きましょう」
今日のマダムはいつもと違う。みんなは気づいていないみたいだが、顔を見ればすぐに分かる。あれは笑顔の下に悪意を隠し持った顔だ。襲撃があるとしたら今夜だろう。
就寝の時間になり私達は布団に入った。私は腕の中にはあの男から送られてきたであろう小太刀があった。
小太刀は孤児院に来た次の日の朝に目覚めると、布団の中に入っていた。本当に手元に届くとは思っていなかったから正直驚いた。
お兄様が私の為に刀鍛冶に創らせたものだ。刀を鞘から抜き、刃を確認すると、間違いなくお兄様の部屋に飾られていた物だった。刃の根元のところに「桜火」と刻まれていた。
小太刀を抱えながら横になっていると、急に空間が張り詰めるような感覚におちいった。私は布団から出て、イザベラとキティを起こした。
「来たわ」
「ほんとに来たの?」
イザベラとキティには襲撃があることを事前に伝えておいた。二人ともすでに動ける服に着替えていた。
入り口のところに行くと扉の鍵が外されていた。間違いなくマダムの仕業だ。すでにマダムはここにいないのだろう。
「二人はみんなを起こして二階の奥の部屋に隠れてて」
「分かった。ロベルタはどうするの?」
「私は大丈夫。聖女の力が覚醒したから」
「お姉ちゃん本当!? すごい!」
ああ、ごめんなさいキティ。嘘です。覚醒どころか魔法すら使えません。そんなキラキラした目で私を見ないで。
「うん。だからみんなのことお願いね」
「分かった! 気を付けてねお姉ちゃん!」
お姉ちゃん頑張る!
キティの応援でがぜんやる気が出てきた。無表情で一人で興奮していたら。ようやくお客さんが到着したようだ。
***
ゆっくりと扉が開き、顔が分からないように布を巻いた賊が二人、孤児院に入って来た。足音を立てないようにゆっくりと歩いている。しかし、階段までたどり着く前に二人は倒れてしまった。
外から様子を伺っていた仲間が声をかける。
「おい。どうした? 何があった? おい」
返事がなかったからか、もう一人仲間が入って来た。だがすぐにその場で倒れた。
それをきっかけに外に待機していた賊の仲間が騒ぎ始めた。
松明で孤児院の外が明るくなる。どうやらこそこそするのをやめたようだ。賊のリーダーらしい人物が指示を出している声が聞こえる。
「おい。二人は裏に回れ、あとは全員正面から入れ!」
「「「へい!」」」
正面から入った賊の松明のおかげで部屋の中が明るくなった。部屋の中に倒れた三人の仲間を見つけ、リーダーを残した全員が孤児院の中に入る。賊が中に入った瞬間入り口の扉が閉まった。
外で待機していたリーダーは扉が閉まったのを見て訝しんだ。その瞬間中から女の悲鳴が聞こえた。
「ふん。ようやく見つけたか。これで今回の仕事も終わりか」
リーダーが安心したとき女と別の悲鳴が聞こえた。それは賊の仲間の声だった。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
悲鳴が聞こえたあとまた静寂が戻った。しばらくすると、一度閉まった孤児院の入り口の扉がゆっくり開いた。まるで賊のリーダーを誘っているようだった。
「な、なんだ······。いったい中で何が起こっている」
賊のリーダーは恐る恐る入り口に近づいた。
***
「きゃあぁぁぁぁ!」
この声キティちゃんだ! 裏口から入ったやつらか。
二階から聞こえた悲鳴に反応し、私は二階に急いで向かった。
隠れているように指示を出した部屋に向かうと二人の賊が部屋の入り口をふさいでいて、イザベラ達を追い詰めていた。
賊の一人が私に気づいて、持っていた武器で斬りかかってきたが、それを躱して刀の柄を相手のみぞおちに入れる。一人目はその攻撃で白目をむいてそのまま倒れた。
しかし、もう一人の賊がキティを人質に取り、剣の刃をキティ当てていた。キティはすでに恐怖で気絶していた。
「おい。そこを動くな。動いたらこいつの命はないぞ」
「どうやって?」
「どうやってって、この剣が見えねえのか!」
「だからその剣はいったいどこにあるのかしら?」
「は?」
賊の足元には剣を握りしめている腕が転がっていた。それを見た賊は自分の腕が斬り落とされていることに気づいて悲鳴をあげた。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
キティを怖がらせた報いを受けるがいい。
私はのたうち回っている賊を見下ろす。
その時だった。急に周りの時間が止まったように動かなくなった。
な、なにこれ······。
目の前に色々な映像が一気に流れ込んでくる。孤児院から賊が連れ出される映像、賊のリーダーが逃げ去る映像、別の場所で血まみれなっているキティとイザベラの映像、その他の女も血まみれになっている映像······。
な、なんで···なんでキティ達が血を流して倒れているの?
また別の映像が流れ込んでくる。賊のリーダーが建物の影から誰かを覗いている。その先にキティとイザベラの姿があった。映像が切り替わり、賊のリーダーが二人を斬りつけていた。二人は血まみれになって動かなくなった。また映像が切り替わり、その横で賊のリーダーが笑っている。その手には血の付いた剣が握られていた。そこで映像が止まった。
「···タ! ···ルタ! ねぇちょっとロベルタしっかりして!」
私はイザベラに揺らされて現実に引き戻された。目の前には泣いているイザベラと他の女の子に抱えられたキティの姿が見えた。床には腕を失った賊が痙攣しながら倒れていた。
「いったいどうしたの? 急に動かなくなって! 心配するじゃない!」
「······イザベラ。······キティ」
良かった生きてる。
そう思った瞬間、目に激痛が走った。そしてまた同じような映像を見ることになる。私はかなりの時間色々な映像を見ていた。しかし、現実に引き戻されると、時間はほんの一瞬しか経過していなかった。
「痛ぁ···。もう一つの力ってそういうこと······」
「え? なに? なんか言った?」
「ううん。なんでもない。それよりもここを任せていい?」
「う、うん。分かった。ロベルタはどうするの?」
「賊のリーダーを始末してくるわ」
「え!?」
私が見た映像は未来の映像だった。ここで賊を生かしたまま帰した時の先の未来。私は何度も何度も二人を守った。でも、最後に必ず賊のリーダーに二人が殺される未来が見えてしまう。そして、一度だけ賊のリーダーを殺してみた。そしたら、二人が殺される未来が見えなくなったのだ。
これは未来覗に違いない。私はここで人を殺すことになる。私は掟を破ることになる。ごめんなさいお兄様。そうしなければきっとあの二人を守ることはできない。確証ではないけれど、ここで賊のリーダーを生かしたまま帰したら、待っているのは二人が殺される未来だ。
それだけは絶対に嫌だ。「お姉ちゃん」と言ってくれたキティの顔が忘れられない。失いたくない。だから私は掟を破ります。
私は一階におりて正面入口の扉をゆっくり開けた。賊のリーダーを招きいれる為に。
その日の夜、アールスフォード帝国から一つの賊が姿を消した。
***
【ベルスティア大聖堂】
アールスフォード帝国の中にベルスティア大聖堂がある。その一番奥にある祭壇の前に枢機卿と孤児院のマダムの姿があった。
「マダム。忌み子の処分は済んだのかね?」
「はい。昨晩、いつもの賊が仕事に入っています」
「そうか」
枢機卿とマダム以外、今の時間に大聖堂を訪れる者はいない。その大聖堂の入口の扉が開いた。その音に二人が扉の方に振り返る。
大聖堂内にカツン、カツン、と歩く音が響く。白い服を身にまとった女を見てマダムが震え始めた。
「な、なぜあなたがここに······」
女は手に持っていた布で巻いたようなものマダムに向かって放り投げた。それは転がってマダムのつま先に当たり止まった。布から覗く瞳とマダムが目を合わせると、彼女は悲鳴をあげた。
「初めまして枢機卿」
「き、貴様は······、忌み子認定された······」
枢機卿がそう言いかけた瞬間、マダムの首が飛んだ。
「言葉は慎重に選んでください枢機卿。あなたと宰相との関係は全て知っています」
「何が望みだ······」
「大司教の座。それと孤児院への干渉は一切しないように」
「そんなことできる訳······」
枢機卿が言い切る前に女の腕が真っ直ぐ伸び、その先にある小太刀の刃が枢機卿の首元にピッタリとくっついていた。
「できる、できないの話しじゃないわ。これはもう決まっていることなの。私はあなた達がしていることを全て知っているの。皇帝陛下がこのことを知ったらどうなるのかしら」
女が枢機卿に一枚の紙を渡した。それを見た枢機卿の手が震える。
「どうして貴様がこのことを知っている」
「それが私の力······。あなた達が忌み子と言って追放した私のね······。
これからこの国は私が変えていくわ。しばらくの間はあなたも枢機卿のままでいられます。ただし、断るというなら······」
そう言いかけた瞬間、枢機卿は目に見えない重圧に襲われた。体の中から心臓を握りつぶされてしまいそうなそんな感覚に。
「私はには帝国を破滅に導く道を選ぶこともできます。私は選びました。次は枢機卿が選ぶ番です。さあ選んでください」
枢機卿は顔を歪める。そして静まり返った大聖堂に枢機卿の声が響いた。
「君に協力しよう」
***
【帝国評議会】
「突然招集するなんてどういう事なんです? フェルナンド枢機卿」
「今日は緊急の決議案を提出させて頂きたいと思います」
「決議案? なんのことです?」
会議場に集められたのは帝国の執務を取り仕切るバサック宰相、法を取り締まるボルマ卿、教会の最高位フェルナンド枢機卿、それと評議員の貴族10名だ。
「決議案に入る前に紹介したい者がいる。入っていいぞ」
枢機卿の呼びかけに応じて、会議場の扉が開かれた。そこから現れたのは白い祭服を身にまとったロベルタだった。
「お久しぶりです。バサック宰相」
「お、お前は······。な、なぜおまえがここにいる!? どういうことだフェルナンド!」
「決議案はこのロベルタを大司教に任命することについて決を取りたい。賛成の者は挙手を」
「何を馬鹿なことを、そんなの通るはずが、そ、そんな、まさか······」
フェルナンドの言葉にその場の全員が手を挙げていた。
「何をやっているお前ら! 大司教といったら緊急決議案の提出権を持つことになるんだぞ! こんな忌み子にそんな権利与えて良い訳ないだろう!」
「賛成3分の2以上、宰相、法務卿、枢機卿の過半数を超えた為、本日よりロベルタを大司教に任命する。ロベルタ大司教、異論はあるか?」
「仰せのままに」
「ふざけるな! 認められる訳ないだろう!」
「バサック宰相、この決議で決められたことは皇帝陛下が認めたものと同義。あなたもそれはよく知っているでしょう」
「フェルナンド······貴様······」
バサックは怒りに震えていた。
「ロベルタ大司教。任命にあたり、何か言いたいことはあるか?」
「はい。それでは私からバサック宰相の解任決議案を提出させて頂きたいと思います」
「おい······、な、なにを言っている······」
「ロベルタ大司教の決議案に賛成の者は挙手を!」
枢機卿はバサックを無視して決を取った。結果はバサック以外が手を挙げていた。
「お、お前ら、俺を裏切ったな······」
「フェルナンド枢機卿。この者の扱いは私に任せて頂いてもよろしいですか?」
「構わない。連れて行ってくれ」
ロベルタは評議員に対して一礼する。誰もロベルタと目を合わせようとしなかった。ロベルタは待機していた衛兵を呼んだ。飛んできた衛兵はロベルタを見てガクガクと震え始めた。
「あら、あなたは確か······。以前お世話になったわね。今もたまにうずくの、頭の傷が······。それではあなたも一緒に行きましょうか」
衛兵はその場で膝をついて崩れ落ちた。他の衛兵が来て、バサックと衛兵を抱え会議場から出ていっった。
「それではみなさん、失礼いたします」
そう言ってロベルタは会議室から出て行った。
***
ロベルタは未来覗の力を使い。帝国を動かす関係者を覗きまくった。
未来覗は自分の視点だけではなく、見ようと思えばありとあらゆるものが覗くことができたのだ。
ロベルタはその力を使って評議員の不正の証拠を集めて、バサック宰相追放に追い込んだのだ。
ロベルタが大司教になってから数十年、アールスフォード帝国は他国のへの侵略を一切行っていない。それどころか、帝国の大使として他国へ赴くことにより、他国から『帝国の聖女』と呼ばれるようになった。
また、帝国の聖女候補制度は今も健在である。帝国評議員会の名簿には、その最高責任者の名前のところにマリア・ロベルタ・オウカと記載されていた。
***
ベルスティア大聖堂の祭壇の前に一人の女が立っていた。白い祭服に、長い十字架のような物を手にしている。それは短いほうが柄で、長いほうが鞘にも見えた。女の目は長い帯で両目が覆われていた。胸には逆さまの三日月の形をしたネックレスをしていた。女は祭壇の先にある巨大なステンドグラスに向けて手を合わせて祈りを捧げているように見えた。
「マダムよ。エルミナ王国で動きがあったようじゃのー」
祈る女の後ろに白い髭を生やした老人が立っていた。
「ご苦労様ですルーカス。彼はもう城から連れ出されたのかしら」
「例の嬢ちゃんと一緒に、今は炎帝の森に運ばれておるよ」
「そう······」
女は立ち上がり持っていた十字架の短い部分を握り、それを引き抜いた。そこから美しい刃が現れ、月明かりに輝いた。その輝く刃の根元には『桜火』と刻まれていた。
「さあ、お兄様。天啓の始まりです。必ず会いに参りますわ」
【読者の皆様へ感謝】
数ある作品の中からこの小説を読んで頂き、そしてここまで読み進めて下さり本当にありがとうございました。皆様のおかけで続けていくことができます。
「面白い」 「続きが気になる」 「まぁ、もう少し読んでもいいかな」
と思って頂けたらぜひ、この作品を推してくださると嬉しいです。
『ブックマーク』で応援して頂けると、励みになります。
広告の下にある『☆☆☆☆☆』が入ると、幸せになります。
この作品の続編の希望があれば感想等で教えて頂ければと思います。
また、この作品は「門弟が強すぎる~俺の稽古は世界最強!勇者を育てた異世界道場 異世界で無双するのは弟子達だった~」の関連作品です。下記にリンクを貼ってありますので合わせてご覧いただけると幸いです。