もしも『灰かぶり』に中の人がいたら
「灰かぶり、掃除はもうやったの?」
「水汲みは終わったの? まだならさっさと終わらせて荷物運びをしてちょうだい!」
みなさんこんにちは。絶賛イビられ中の私です。
そんな私ですが実は、(前世や死因のことはあまり覚えていませんが)俗に言う転生者のようなんです。
ふと気づくとかまどの灰の中に頭を突っ込んで倒れていたので、最初は何が起きたのか分からず混乱していましたが、美人だけど悪役顔で小綺麗な女性がそんな私を「灰かぶり」と罵るのを聞いて全てを察しましたね。シンデレラだこれ。
というか転生して初めて知りましたが、私ことシンデレラの名前「エラ」って言うんですね。こんなことにでもならなければ多分一生知らなかったかも。
こんな目に遭うんなら知らなくて良かった気もするけどね。
前世のことを思い出しても今の境遇が変わる訳でもないので、その後はそれはもう辛いイビリを受けて……と言いたいところですが、ぶっちゃけうっすら残る前世のブラック勤めの辛さに比べれば大したこと無かったです。
いや体的に大変は大変なんですけど、余計なことを考えず作業だけやってればいいからむしろ気分的には楽でした。そして若いって良いですね、すぐ体の疲れが抜ける。
そんな風に大変ながらも楽しく(?)日々を過ごしていました。原作ブレイカーですね。
そういえば庭の木の枝に白い小鳥が止まっているのをよく見かけたのですが、あまり鳥らしくないというか、身動きもせずに何か言いたげにこっちをじっと見ていたことが何故か印象に残っていましたね。
たまに義姉ズが「灰の中に豆をブチまけてそれを拾いきるまで飯抜き」みたいなドン引きするイビりをしてきましたが、誰に鍋の番をさせてるか忘れてたんですかね。つまみ食いし放題だったので何の罰にもなってませんでしたよ。
そんな訳で真面目に豆拾うのが面倒で毎回新しい豆をちょろまかしつつ誤魔化してたので、気付いたらかまどの中が「灰3:豆1」くらいになっててウケましたね。もうお義姉さんたちも分かってやってるでしょコレ。
というか私は原作知識のある転生者だからこうして色々な形で受け流せてきたけど、全てを真っ向から受け続けつつ狂わなかった原作灰かぶりは絶対頭のネジが数本外れてましたね間違いない。
そしてついに待ちに待ったあの日がやってきました。
そう。シンデレラ最大の見せ場こと、この国の王子の花嫁探しを兼ねた大宴会ですよ。てか一日かと思ってたら三日連続でやるのね。王家の面子もあるだろうとはいえ景気の良いことで。
ぶっちゃけ王妃になったところで面倒なだけな気がするから王子様とかどうでもいいんだけど、まあ射止めたら現状よりはマシになるわよね? と自分に言い聞かせつつ参加の準備をしていた。
何にせよこのイベントが訪れたからには、お前らの天下もここまでよ!
……という気持ちを隠しつつ、行けないことを悲しむフリをしながらお義母さんたちを送り出しましたが、待てど暮らせど魔法使いがやって来ない。
必須アイテムのドレスは? ガラスの靴は? かぼちゃの馬車は?
まさか、と嫌な予感を抱えつつ家の近くにある実の母親の墓へ行くと……ありましたよハシバミの木。はい、確定しました。この世界「シンデレラ」じゃなくて「灰かぶり」でしたよ。
ふと木を見上げるとやっと気づいたかと言いたげな白い小鳥が。
そういうことだったのね。役目奪ってごめん。
正直「灰かぶり」の方はよく知らないけど、「シンデレラ」よりエンジョイ&バイオレンスなのは何となく知ってるのよね。子供向けにしてはお義姉さんたちのイビりがエグいとは思っていたけど、「灰かぶり」だったなら納得ね。
ちゃんと覚えていないだけにこの先何が待ち受けているのか怖くなってきたけど、事ここに至っては突き進むより他に道は無し。女は度胸よ!
そんな風に逡巡していたら「はよ行け」と言わんばかりに木の上から豪華な着物と靴がドサッと落ちてきた。なんか雑じゃない? もしかしてあなたも転生関係者だったりする??
しかしこの世界の価値観的にそういう物かもしれないけど、金銀のドレスとか金の靴とか成金趣味にも程があるわね。ガラスの靴に改変されたのは英断だわ。
てか金の靴重ッ! そりゃ鍛えるためにキセルにしたりガントレットにして身に着ける人が居る訳だわ。創作物の中でだけど。
とはいえ長い間肉体労働に勤しんでいた私の敵ではないわね。王子様を射止めたら普段使い出来る軽くて丈夫な靴の製作を進めようかしら。
……なんてことをのん気に考えつつ大宴会へ参加したのだけれども……「灰かぶり」の王子ヤバいわコレ。
一度取った私の手を離そうとしないし、私への他の男性のダンスの誘いを片っ端から断ったりと私への独占欲を隠そうともしないし、挙句の果てに宴会後に送っていくと言って私の家を突き止めようとするし。地位のあるストーカーって厄介ね。
そして王子様、全体的に口調は穏やかで笑顔なのに目が笑ってないのが余計に怖い。
現実にツンデレがいたらウザいことこの上ないとは前世で度々耳にしていたけど、好きな相手に執着する腹黒イケメンもその執着対象になってしまった身としては中々にアレね。
逃げないでこのまま王子様に正体明かした方が話が速いんじゃない? と思いつつ、何となく原作通りに宴会終わりに王子様をまいて逃げ続けていたけど、問題が起こったのは宴会最終日のこと。
なんと王子様、城の階段に罠張ってました。トリモチみたいな粘着性のあるやつ。一瞬で状況を理解して靴を脱いで事無きを得たけど。
執着の割に警戒がザルいとは思っていたけど、多分二日目まで私がすんなり逃げられたのはワザとだったわね。あの王子、私を油断させて最終日のこの一点で私を確保するために無能を演じてきたのね。
しかも仮に私自身が逃げられても、仕掛けによって靴という動かぬ手がかりを確保出来るという隙を生じぬ二段構え。ただの腹黒イケメンかと思っていたけど、ふーん、おもしれー王子……。
思わぬところで王子を見直す(?)出来事を挟みつつ、宴会の終わった翌日、とうとう金の靴を履ける女性を求めて王子With配下が街を練り歩くというクライマックスイベントが始まった。
誰か分からないから仕方ないかもしれないけど、明らかに条件に合わないおばちゃんや子供にも履かせるのはどうなの。あとその子男の子よ。
なんかそういうイベントみたいになってて街の皆結構楽しんでるわね。祭みたいになっててこれはこれで良さそう。
思ったより面白そうな王子様だしすんなり名乗り出ても良いかなって思ってたら、なんと義姉二人が靴に合わせて足を切ろうとし始めてドン引き。「灰かぶり」ってそうなの!?
昔は「(地位のためなら)安いもんだ、〇〇くらい」で肉親や自分自身を削れる人が多かったのは知識としては知っていたけど、こうして目の当たりにすると流石に引くわね。
王子様と結婚したら私もその世界に踏み込むことになるのかしら。嫌だなあ。
とはいえ無駄な足掻きと知りつつむざむざ足を切らせる訳にもいかないので、私が名乗り出てことを収めるまでの時間稼ぎとして義姉それぞれに想いを寄せる男性二名を召喚。
そんな奴ら居たかって? 私の「灰かぶり」には居たのよ。
そうして義姉が早まった行動に出る前に名乗り出て、金の靴に足がピッタリと嵌った私があの夜の令嬢だったと王子様が知る……流れのはずなんだけど、そもそも名乗り出た時点で王子様がこっちを見てニヤリとしたのよね。
空気を読んでか履き終わるまで何も言って来なかったけど、絶対最初から分かってたわよねアレ。そんなすぐ正体バレる? ひょっとして王家直属の諜報部隊とかあったりする? こっわ。
ともあれ大逆転イベントはこれにて完了。
これでお義母さんやお義姉さんはどんな反応するかな? と振り返ると、お義母さんは顔を真っ青にしてたけど、お義姉さんズはそれどころじゃなく、それぞれ男性に告白されてまんざらでも無さそうに頬を染めていた。
なんかもうイビられていたこととかどうでもよくなってきたわ。もう会うこともないでしょうし、お幸せに!
こうして灰かぶりは王子様と結婚して、王子様の愛と腹黒さを一身に浴びつつ、末永く幸せに(?)過ごしたそうな。
めでたしめでたし。
ちなみに出番の大半を奪われたらしいあの白い小鳥は、物語が終わった今も餌をねだりに時々城にやってきていたりするのでした。
やっぱりあなたも転生者だったんじゃない?