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尾山神社の灯り

『押入れのお姫様』は下鏡通りでの年越しを楽しみにしていたはずだ。


コタツで歌合戦を観て

年越し蕎麦を食べて

2年参りに行って

寒空の下で温かい甘酒を飲んで


『ああ、楽しみですわ。何もかも!』


大きな青い瞳を輝かせてそう言っていた。

それなのに……




「結局、フローネさん来なかったですね……」

大晦日の歌合戦が流れるカズエ宅の居間。

コタツにいるでん福の面々に蕎麦を配りながら、調理人の柊太郎が寂しそうに呟いた。


「やっぱり外国にいる旦那さんと新年を迎えることになったんですかねー?」

アルバイト店員の瑠奈の問いかけに、女将の梅子が(何て答えよう?)という含みのある顔でカズエを見た。

「……うん、まあ、そうなったんじゃないかね?都合が合えば正月には来るかもしれないね」

カズエの言葉に瑠奈は渋い表情をする。

「………そうなんですかあ…」


釈然としない。

フローネは無事なのだろうか?

フローネは夫のモラハラもしくはDVから逃げて来たのではないか?というのが瑠奈の見立てなのである。

けれどそうではないのだろうか?

もし本当にそうであれば、親戚である(※という設定である)カズエが何が何でもフローネを夫の元へ帰らせたりしないだろう。

(今度フローネさんに会ったらその辺ちゃんと聞いておこっと。人の家庭に口出しする趣味はないけど、心配なんだもん)


「ま、正月に来るかもしれないし、年越しは来年もあるさ」

カズエはパンっと手を叩くと、ハキハキと明るい声を上げた。

「さあ蕎麦を食べよう。大トリの純ちゃんの歌も始まるし、いよいよ今年もクライマックスだよ」




……とは言ったものの、本当にフローネさんったらどうしたんだろう?


と蕎麦を啜りながらカズエは考える。

年末に皆でアイスを食べたあの日以来、フローネがあの押入れから出てくることはなかった。

フローネがあまりに頻繁にこちら側へやってくるので忘れかけていたが、彼女は『王妃』なのである。

何かやんごとない事情があるのかもしれない。


きっとその『何か』が落ちついたら、またこちらへ顔を出してくれるはずだ。

カズエは1人納得したように頷くと、七色に光る千手観音に乗って熱唱するTVの中の推しの姿に、弾けるような歓声をあげた。


ーーーーーーーーーー


鐘の音が鳴り響き、2024年が始まった。

柊太郎は人混みの中で尾山神社の階段下から門を見上げながら(これって何でステンドグラスなんだっけ?)と自身の記憶を掘り返していた。

世にも珍しいステンドグラスの門があるこの神社の由来やら何やらを、北陸の親戚に教えてもらった憶えがあるが全く思い出せない。


フローネがこの神社を見たらきっと「美しいですわ!」と声を上げて喜ぶだろう。

由来やら何やらも興味を持ってくれるに違いない。

(ちゃんと覚えておけば良かったな……どちらにしろ居ないんだけど、フローネさん……)


「ねー、柊太郎さん。いまフローネさんのこと考えてたでしょ?」

その声に振り向くと、階段のふもとにしゃがみ込んだ瑠奈が近隣の喫茶店の看板猫を撫でている。

「うん。フローネさんにあのステンドグラスの由来の説明ができたら良かったなって思ってた」

「私もフローネさんのこと考えてたんだ…この猫ちゃんとか、喫茶店の女将さんとか、神社の屋台とかさ。フローネさん喜ぶだろうなーって思ってた。あの人、なんでも素直に驚いたり感心したりしてくれるから教えがいがあるっていうか、おせっかい焼きたくなっちゃうんだよね〜」

「わかる」


「フローネさんに次に会ったらさ……」

瑠奈は立ち上がると、優雅に去っていく看板猫に手を振った。

「もっとたくさんこの街のこと教えてあげて、もっと好きになってほしいんだ。で、もっと仲良くなりたいんだ。今までは何か遠慮があって一線引いてたとこもあるけど、そろそろグイグイいっちゃうもんね」


看板猫と入れ替わるように喫茶店から出てきたカズエと梅子、そして2人を見送る女将の姿に瑠奈は目を細める。

喫茶店の女将は昔馴染みのカズエの手を握り、明るい声を張り上げながら熱烈にお見送りをしている。

「あのくらいグイグイいっちゃうから!」

グイグイと距離を縮めようとする瑠奈の姿が容易に思い浮かび、柊太郎は思わず笑ってしまう。

「僕もグイグイはいかないけど、もっと仲良くなれたらいいな」


そう。次にフローネに会ったら……


(……てゆーか、あるのかな?次……)


柊太郎は薄く笑いながらそう思った。

フローネはまた来るとカズエは言っていたが、もう来ないような気がしないでもない。

根拠は特になく、何となくの勘に過ぎないが。


突然やって来て突然姿を見せなくなったフローネは、今どうしているのだろう?

謎に包まれた『夫』と、外国にある『城のような豪邸』で過ごしているのだろうか?


(少しでも新年を楽しめていたらいいんだけど……)


時折見受けられたフローネの落ち込んだ目を思い出しながら、柊太郎は切に願った。



喫茶XX……!

あれはもうああいう一つの文化の形。

禁煙室が閉店になってしまった今、残り少ない重要文化財的喫茶店として大切にしていきたいですね。

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