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雪雷の灯り

わずかな月明かりに照らされた下鏡通りを抜けて、旦那衆は白い息を吐きながら真っ暗な石段を下っていく。

その先にある茶屋街から聞こえてくるのは三味線の音と穏やかな川の音。

そして夜に憩う人々の賑わいだった。


『此処』はフローネが知る下鏡通りのように街が整えられていない上に、夜を照らす灯りも乏しい。

しかし雑然としているが故の剥き出しの熱気が満ちている。


「……皆さん、楽しそうですわ」

上機嫌な旦那衆の背中を見送りながら、割烹着姿のフローネが呟く。

割烹着の下は小豆色のモンペ。

そしてレンズの入っていない大きな黒縁メガネで顔を、頭に被った手拭いで金色の髪を隠していた。


「そりゃあこれからお座敷遊びしようってんだから。楽しいことこの上ないだろうよ」

「トーコさん……」

カズエによく似た女性…灯子は、素っ気なく言うと粗末な布で出来た暖簾を片付け始めた。

「もうクローズするのですか?まだ早い時間ですのに……」

「え?黒?なんだって?……よく分からないけど、店はいつもこのくらいの時間に閉めてるんだよ。ウチの主なお客はあらかた茶屋街に流れていったし、夜は何かと物騒だし、客が引いたらさっさと閉店した方がいい」

「そうですの……」

フローネは少し残念そうに言うと、灯子に続いて店に戻って行く。




『福屋』は、下鏡通りの片隅に店を構える小じんまりとしたうどん屋だ。

8畳の細長い座敷で質素なうどんを提供するだけのこの店は、灯子が自宅の一階を利用して開店しばかり。

近所の知人や旦那衆数人を相手に細々と営まれていた。


灯子は台所の後片付けをしながら、瓶の水でせっせと食器を洗うフローネを横目で見る。

(やっぱりね…本物のお貴族様が洗い物なんてできるわけないよ。ってことは、どこかの金持ちに囲われてた愛人か何かなのかね……?)

一見すると外国の絵に描かれているお姫様のようなフローネは、妙に浮世離れをしていて、妙に庶民的な人物だった。


昨夜、自宅の押し入れから突然現れた不思議な来訪者フローネ。

ずいぶんと上物の布で出来た西洋風の寝巻きを着ているので金目当ての泥棒ではないと判断したが、どこぞの国の王妃で、まだ幼い灯子の娘カズエに恩があるというシドロモドロな作り話を聞くに、おそらく何かから逃げてきたのだろう。

カズエの名前をどこかで耳にして、なんとか灯子に取り入り匿ってもらおうとする必死な様は哀れだった。


(ガイジンさんだからね…日本の田舎町じゃ苦労もするだろうよ。かわいそうに……)

灯子は店を手伝うことを条件にしばらくこの謎の女性を匿うことにした。




「ねえ、姫子さん」

身元がバレないようにと灯子がつけた偽名を呼ぶと、フローネは慌てて「そうですわ!わたくしヒメコでした!」と振り返った。


「残り物のネギと大根の皮を煮たから、今日はコレで夕飯にしよう」

「まあ。美味しそうですわ。けれど、わたくし食器洗いしか出来ていませんのに良いのですか?」

「それで十分だよ」

灯子の言葉に美しい顔が輝いたのも束の間、フローネ…姫子はハッとしたように目を伏せる。

「……戦が終わったばかりで皆さん生活にお困りなのでしょう?わたくし寝泊まりをさせていただけるだけで十分ですので、どうぞお構いなく……」

「お構いなくったって、アンタ1人でどうやって食べてくって言うんだい。遠慮しないで食べてくれないとこっちが気を使っちまうよ」

「トーコさん……!」

「人を虐げたってね、良い事なんか一つもありゃしないんだ」


灯子は店が軌道にのるまで…と遠く奥能登の親戚に預けている幼い娘・カズエを想った。

騒然とした時代をこれから生き抜いていく娘のために、少しでも良い世の中になってほしい。

そのために自分にできることは、小さな善行を積み重ねていくことくらいだ。


「情けは人の為ならず…てね」


灯子はポツリと呟くと、大仰に感動している姫子の背中を力強く叩いたのだった。


ーーーーーーーー


木綿の浴衣を着て寝床についていた姫子ことフローネは、雷の音に目を覚ますと、隣の布団で眠る灯子を起こさないよう静かに窓際へ身を寄せた。

モナカちゃんが空けた障子の穴から外を覗くと、水分を含んだ雪がボタボタと降っている。

雪が雷を連れてきたのだ。

故郷ディマッシオには無いこの気象に、フローネは間違いなくシモカガミドオリにやって来たことを確信した。


色々な事が立て続きに起こった昨夜は心がいっぱいいっぱいだったが、1日が経った今ようやく冷静になれた気がする。

そして冷静な頭で考えば考えるほど、冷静ではいられない事実を実感してフローネは両手で顔を覆いながら畳に崩れ落ちた。


(わたくし…とうとう城を飛び出して外泊してしまった……!!!)


下鏡通りに居るのがカズエではなく母親の灯子であったことや、街の様子が随分と違うことも気になるが、ひとまず1番の問題はソレだ。


カズエたちにアイスクリームをご馳走し浮かれていたあの日。

城に戻ってから起きた出来事を受け止めるため必死で心を殺していたフローネは、不意に女官カレンが指し示してくれた逃げ道に無我夢中で飛び込んでしまった。

しかも王后とユリアの目の前で。


(王妃という公的な立場にあるまじき行為……!わたくし、なんと不誠実な事をしてしまったのかしら。国民になんとお詫びしたらいいの……ああ…でも………)


それでも、あの場所にもう一度戻る気力は湧いてこない。

いつもの王妃スマイルを装着できる気がしない。


(天国のお父様、ごめんなさい。わたくしはもう…上手に嘘をつくことが出来なくなってしまいました……)


雪に反射した雷の光で、視界が一瞬真っ白な世界へ変わる。

その中で轟音に身を震わせながら、フローネは指の隙間から押し入れをジッとみつめた。



こんなゆっくり不定期更新ローカルネタ物語にも『いいね』をつけてくださる方がいて、とても有難いです。

私のオススメ和菓子詰め合わせを差し上げたいくらい有難いです。

読んでくださって、ありがとうございます。


金沢の茶屋街は、メジャーどころのひがし茶屋街、風流の主計町。にし茶屋街は…味わい?といったイメージです。あくまで私の個人的な見解です。

にし茶屋街自体はお洒落で静かな茶屋街なのですが、一歩裏に入ると旧赤線地帯の名残りを感じる建物が残っていて、味わいというかディープというか……知れば知るほど沼なスポットですね。

あと、かわむらの甘納豆がある!


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