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灯りのない夜②

どうしてこんな事になってしまったのだろう?


女官のカレンは、3人の男性宮廷医師を前に青ざめている王妃フローネの傍に控えながら『あの夜』のことを思い返していた。



あの夜。

急な国王の来訪に慌てて王妃の寝室に飛び込んだカレンは、空になったベッドを前に呆然としていた。


王妃が寝室に居ない。


誘拐?

逃走?

まさか本当に浮気でもしているのだろうか?

居室のドアの前には自分を含め宿直の女官がいたのだから、出て行ったとしたら窓からだろうか?


どちらにしても、このことが国王にバレたら責務を問われ首が飛ぶ。

クビではなく、首が。


「私の人生、儚かったわね……」


力なくそう呟いた時、背後の壁が淡い光を放った。

驚いて振り返ると、暖炉横の壁に出現した見たことがない通路から王妃フローネが軽やかな足取りで出てきた。

王妃はニコニコとして随分と上機嫌である。


「……王妃様、これはいったい……」

「え!カレン?」


王妃はカレンがそこに居ると気づくなり、飛び上がって後退りをした。

謎の通路は既に消えている。

「えっと…これはその……秘密の魔法の通路なのです。わたくし、たま〜にこれで、その…遠くの国へこっそり遊学をしに行っていて……あ、この『えこばっぐ』に入っているのは遊学先でいただいたお菓子ですわ。キンツバにアマナットウにビスケット…ボウ茶もありますの。よかったらカレンもいかが?」


顔を真っ赤にして弁明をする王妃の言う事は嘘か誠か。

少なくとも『魔法の通路』とやらをこの目で見たのは事実なわけで、カレンはどう反応したらいいのか困惑する。

「それでその…きちんと経緯を説明をしますから、このことは秘密にしておいてくださらないかしら……」

そう懇願してくる王妃の説明を聞いてみたいし、謎の名前のお菓子を食べてみたい。


しかし、今はそれどころではない。


「王妃様!それは後日お願いいたします。実は今、国王陛下来訪の先触れが来て……」


途端に、王妃の顔から血の気が引いていくのが見てとれた。

そして「今夜は…今夜だけは無理です……」と懇願するようにいうのである。


その後すぐに、王妃は国王の女官を呼び寄せ、体調不良により対応することは不可能である旨を自らの口で伝えた。

その顔があまりにも青ざめて真に迫っていたので、国王の女官も「やむなし」と判断したのだろう。

思っていたよりあっさりそれは受け入れられた。


どうなることかと思ったが、これにて一件落着……

と思ったのも束の間。


翌朝には、何故か『フローネが妊娠をしている』という事になってしまっていたのである。





体調不良=妊娠とは短絡的すぎる。

ベッドの上で3人の男性医師に身体を晒すことになった王妃を気遣いながら、カレンは湧き上がってくる怒りを抑える。


この医師たちは王后が差し向けた者たちだ。

フローネが子を宿したに違いないと最初に騒ぎだしたのも王后である。


(多分、ただの嫌がらせなんだろうな……)


医師とはいえ不必要に男たちに身体を晒し、妊娠が間違いとなれば周囲の者たちに落胆と失望の眼差しで見られる。

王妃でありながら国王の夜伽を拒否した事が悪いといえばそれまでだが……


(それにしても、たった一回拒否しただけでこんな嫌がらせの仕方ってある?さっすが王后陛下ですこと!)


診察を受けながら光のない瞳で天井を見つめる王妃の姿が痛々しい。

かわいそうで仕方がなかった。


「ご懐妊……は、していませんな」

ニヤニヤしながらそう告げる医師に一発ガツンとかましてやりたい衝動を、カレンは必死の思いで抑えた。



ーーーーーーーー


夜が訪れ空に星が瞬き始めても、王妃フローネの瞳に光が戻る事はなかった。

「あまりに長く湯に浸かりすぎると、お身体に触りますよ?」

カレンは湯浴みをする王妃に声をかける。

返事はない。


促されるままに湯からあがり、浴室の窓辺のソファで虚に夜空を見上げる王妃の前に、カレンはティーカップを差し出す。

「今日は朝から何も召しがっていませんでしょう?せめて水分だけでもお摂りください」


王妃はなんの反応もしなかったが、やがてティーカップから立ち込める香りに気がつくとハッとしたようにカレンを見た。

「そうです。これは王妃様が遊学先からお持ち帰りになったお茶ですわ。勝手ながら使わせていただきました。これならお口にしていただけるのではないかと……」


力なくカップを受け取った王妃は、おもむろにお茶を口にした。

そしてコクリ…コクリとそれを飲み込んでいく。

カレンはホッとしながら、次に皿に乗せた黒く四角い菓子を差し出す。

この菓子の名前が『キンツバ』なのか『アマナットウ』なのかは判らないが、これも王妃が遊学先から持ち帰ったものである。

「よろしければこちらもいかがですか?これは甘いお菓子なのでしょう?疲れた時には甘いものが良いのですよ」


王妃はデザートフォークを手にすると、その四角い菓子の一欠片を口に運んだ。

そして何かを思い出したようにポツリと呟く。

「……カズエさんもそのように仰っていました。疲れた時には甘いものだと…甘いものは頭を働かすエネルギーになるのだと……」

「カズエさん?」

「わたくしの遊学先の先生ですの……」


王妃はそれ以上何も言わず黙々と菓子を食べるだけだったが、心なしか瞳に僅かな光が戻ってきた気がする。

カレンは、最近の王妃の様子が変わったのは秘密の遊学をしていたからだったのかと納得した。

きっとそこで王妃は優しい人々に囲まれ、伸び伸びと過ごしているのだろう。

美しい笑顔を張りつかせただけのお人形ではなく、人間らしい笑顔で……


(だったら、そっちで暮らすことはできないのかしら?その方が王妃様のためなのでは……)

一介の女官の自分がそれを口にするのは躊躇われることだった。

(でも…でも……)


脳裏をよぎるのは幼い頃のカレンのアイドル。

輝くような笑顔の『テルミン公爵家のお姫様』だ。


「……王妃様、恐れながら申し上げます。私、思うのですけれど……」


「失礼いたしますっ!」

カレンが言いかけると同時に、別の女官が逼迫した表情で部屋へ飛び込んできた。

「王后陛下とユリア妃がいらっしゃいました!!王妃様に会いたいと……」

「なんですって!?王妃様は今、湯から上がられたばかりなのですよ?せめて身支度をする時間を……」



「まあ!フローネ様ったら、王后陛下をお待たせするつもりですの?」


その声に、王妃が手に持っていたキンツバの皿を床に落とした。

そして皿が割れる音と同時に、部屋の入り口に側妃ユリアが姿を現す。

その後ろにいるのは扇で口元を隠した初老の女性…ラウルの母である王后だ。


王后は慌てて立ち上がった王妃に声もかけず、ただジッと見ていた。

そこには側妃のようなわかりやすい敵意はない。

獲物をいたぶる愉悦に満ちた視線で、ただただ王妃の挙動を眺めているだけなのだ。


(王妃様を逃さなきゃ……!)


カレンは直感的にそう思った。

王后は壊しに来たのだ。

王妃の心を。


しかし、現実的に考えて逃げるなんてことができるはずもない。

逃げたとて、どうするというのだ。

王宮にいる限り、王妃である限り、この獲物を狙う狼と対峙しなければいけないのに。


それでも、この場から逃してあげたい。

一時でいいから、王妃に心を癒す時間をあげたい。


(神様、お願いします。どうか王妃様をこの場から逃してあげて……!)



カレンが強く強く願ったその時だった。

背後から淡い光が溢れて、振り返ると浴室の壁に例の『秘密の通路』が姿を現した。



「これは一体なんですの!?」

驚愕の声を上げる側妃たちをよそに、カレンは咄嗟に王妃の体を通路に向かってこっそりと押し出した。


突然のことに呆然としていた王妃はよろけるままに通路に倒れ込み、カレンに向かって顔を上げる。


早く、早くこのまま逃げて。


王妃はカレンの想いを察したかのよう小さく頷くと、そのまま這いずるように通路の中へと入っていった。

その途端、秘密の通路はその姿を消して元の壁に戻る。


「王妃様!王妃様!大変ですわ!王妃様が怪しい呪術に取り込まれてしまわれました!誰か助けて差し上げて……!!!」


王后も側妃も、皆が騒然とする中でカレンは悲壮な顔で壁に縋りついて涙を流す演技をする。



逃げて。

このまま逃げて。

貴女を傷つけるこの群れから、遠くへ。


逃げることは決して間違ったことではないのだから。



ーーーーーーーー


ふらつく足で狭く薄暗い通路を進む。

ともすれば倒れてしまいそうだったが、通い慣れたこの通路の先にある街を想いながら、フローネは必死に前へと進む。


「ありがとう、カレン……」

自分の背中を押してくれたカレンへの感謝で涙が溢れ出てくる。


そうしてフローネは、いつものように目の前に現れた押入れの襖に手をかけ、丁寧に開けた。



襖を空けたフローネの目に飛び込んできたのは、警戒するようにこちらを睨むカズエの愛猫モナカちゃん。

そして……


「カズエさん……!」


湯呑みを手に固まっているカズエに、フローネは感極まり駆け寄った。

「理由も告げないままお暇をいただき申し訳ありませんでした。大変恐縮なのですが…わたくし、しばらくシモカガミドオリでお世話になりたく……あら?カズエさん?」


目を見開いて自分を凝視しているカズエに違和感を感じたフローネは、いったん体を離すとマジマジと目の前の女性を見た。


よくよく見ればこの女性はカズエより随分若い。

年の頃は30歳前後くらいだろうか。

髪は白髪ではなく黒髪で、雰囲気も顔もカズエにそっくりだがカズエではない。

そして、いつも色彩豊かな服装のカズエと違い、この女性は質素なキナリのシャツに紺色のズボンを履いている。


「ごめんなさい。わたくし、勘違いをしてしまいましたわ。ご親族の方でいらっしゃるのかしら?あの…カズエさんはどちらに?」


申し訳なさそうに正座をして首を傾げるフローネに、女性はようやく口を開いた。

「……カズエはアタシの娘だよ。あんた誰だい?」


フローネはあらためて周囲を見回した。

カズエがいつも見ているテレビがこの部屋には無い。

『純ちゃん』の『奥能登純情節』のポスターもない。

キャトタワーも無い。

カズエもいない。

同じなのは部屋の造りと愛猫モナカちゃんだけだ。


「……これは一体どういうことでしょう?」


首をもげそうなほどに傾げるフローネに、カズエによく似た女性は警戒しながら言い放った。


「いや、それはこっちのセリフだよ」と。



中田屋のキンツバ。

かわむらの甘納豆。

ビスケットはスーパーでよく見るアレです。(正式名称知らない)


棒茶は丸八製茶場のをよく買いますが、どこのお店のも好きです。

棒茶だけはケチらずに良いもの買いたい民なのです。

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