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五八三七G3の酒の肴  作者: V4G3
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帆立と男伊達

「おじいさん、日本酒ください、冷やで」

「あ、ギンヤンマのお二人だ。どうも」

「ね、私たち結構来てるでしょ」

「そうだね。あ、じーさん、こっちも日本酒」

「ん、今日の酒は久保田の千壽だ」

 二合徳利と小さめのぐい飲みが置かれる。やっぱり手酌。女性二人はお互いに注ぎ合っていて、ちょっと羨ましい。かと言って注がれるのが好きというわけではない。自分のペースで飲むのが一番なのは間違いない。

「ほい、こっちは帆立の貝柱だ」

「あ、日本酒で正解だったね」

「これは、どうやって」

「あぁ、刺身用の貝柱を縦にスライスして、さっと湯掻いて冷やす。だし汁に昆布茶とポン酢醤油と柚子胡椒少しで漬け汁作って、刻んだ貝割れと一緒に和える」

「やってみよう」

「じーさん、前は鯛で今度は帆立の刺身で、ちょっと女性の時だけつまみが上等じゃないか。俺だけだとバターコーンだったり」

「偶々だよ。客が来てから仕入れてるわけじゃないんだから。それにバターコーンも旨かっただろ」

「そりゃ、旨かったけどさ」

「いいじゃない、私たちと一緒の時はいいものが食べられるからラッキーって思っとけば。私たちはラッキーガールってことよ」

「ガールなのかなぁ」

「その辺りは流すのが大人のたしなみよ」

「まぁ、ガールと言うよりビーナスだな。あの『ビーナスの誕生』って絵の貝は、帆立貝らしいぞ」

「さすがおじいさん、好いこと言うわ。でも、この帆立の貝柱って、貝のどこなの。アサリとかハマグリとか、貝の身ってこんな感じじゃないよね」

「ハマグリにもあるだろう、貝柱。あの殻にこびりついてる小さい二本あるやつ」

「うん。でも全然大きさが違うようね」

 じーさんが殻付きの帆立を持ってきて、へらでこじ開けながら、

「貝柱ってのは殻の開閉とかをする貝の筋肉みたいなもんだな。帆立はここが極端に発達して大きくなった。おかげで帆立は貝の中では抜群に良く泳げるんだ。マッチョなんだよ」

と言って、殻を開け、中を見せてくれる。

「ここが貝柱、あと、ヒモはバター焼きが旨いな」

「あ、それも欲しいな」「うん、日本酒終わったら、レモンハイでお願いします」

「了解」

「じーさん、やっぱり絶対に女に甘いよなぁ」

「そうかなぁ。でも、おじいさんはあんまり女の子扱いで私たちをうんざりさせないよ」

「そうそう、それに仕事の話とかも結構、真面目に聞いてくれるしね」

「そう言えば、A社のマリさんの話の時も」

「おっ、マリ・キュリー、試してみたのか」

「あ、ありがとうございます。軽く試したら、『へぇ』って言って明らかに機嫌、上向いてたんで、以降、マリさんでインプットしてます。乱用はしてませんけど」

「それは良かった」

「おじいさんは、女性の立場でモノ考えrてくれるし、そういうとこでも、結構フェミニストですよね」

「うーん、そうだといいんだけど、実はちょっと違うなぁ」

 じーさんは苦笑いする。

「まぁ、確かに女性の権利を認めて男女平等を支持するっていうことであれば、俺は基本的にそうでありたいと思うし、そういう風に振舞ってるんだけどね。ただ、いかんせん、育った時代がまだまだ古い意識が強い。特に男ってのは、育った環境に影響を受けやすいんだ」

「えーっ、どうして」

「俺も子育て中に、けっこう実感したんだが、女の子は女になるが、男の子は男に育てなきゃなんないって、ホントなとこがある。男の子は、ほっとくとずうっとガキのまんまで、だからそこを大人にするための課程で、男らしさみたいな規範が必要だったんだろうな、と。男だったらがんばれ、男だったら泣くな、男だったら我慢しろ、って言われ続けて、その先に漠然とだがある、男らしい男像みたいなもんに、自分なりにどうやって辿り着くか。それが男の成長なわけだ」

「あ、分かる気がします。俺もなんとなく、ある」

「えぇ、そうなの」

「で、対比として女らしさも作り出されたんだろうが、そんなものなくても女の子は大人になれるんだよ。それに男らしさを補完するようにできてるから、従属的になる。そりゃ、いいかげんにしてくれ、って女性側から異議申し立てがくるのも当たり前だと思う」

「やっぱり、フェミニストじゃないですか」

「だけどな、俺自身は男らしさの規範にはまって出来上がった男なんだよ。理屈は分かっても感覚はどうしようもない。例えばね、ガードのない道を歩く時、女性と一緒だと俺は車道側を歩こうとしちまう。白髪が黒いのより増えて以来、電車で高齢男性に席を譲ったことはないが、女性には譲った。これは、平等とは違うだろ」

「なんか、いいことのような気がするけど、違う気も」

「男伊達って言葉がある。男の面子を重んじ、強きをくじき弱きを助け、信義を守る。だから、女の子が男社会の中で頑張って、自分を貫こうとしてるのに、助けないわけがない。むしろ我が身を挺してでも助けるのが『男』だろうと」

「えっと、もしかして意外と上から目線?」

「かもしれん。但し、女性を弱きに置いてるのは、実力や体力を指してるわけじゃない。どう考えても、現代が男中心社会で出来上がってるから、立場的に弱者だって俺は認識してるんだ。それに何より小さい頃から、『女の子を虐める奴なんて男の風上にもおけない』ってのも刷り込まれてるしな。その分だけ、『女のくせに』とか『女がかえって得してる』とか言う男どもは許せん、って感覚になる。おまえら、それでも『男か』ってね」

「あぁ。確かに、ちょっと古いのかも。でも有難くもあり…」

「そう。だから権利と平等を勝ち取りたい女性は、俺のような人間を上手く使い、味方につけ、手伝わせ、ある程度まで達成出来たら、『でもあなた方も間違ってます』って言って踏み越えてくべきなんだよ」

「えぇ、それは」

「なぁに、踏まれる方も馬鹿じゃなきゃ分かってることだし、高齢者中心だからどっちみち退場の潮時だ。それに、そこで『応援したのに』だの『味方なのに』なんぞ、そんな格好悪いことは」絶対に言えないのさ。それこそ男の面子にかけてもね」

 


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