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五八三七G3の酒の肴  作者: V4G3
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ギンヤンマ

「おじいさん、ギンヤンマください」

「私も」

「⁉ 女ん子ってこの店で珍しいな」

「あら、私たちけっこう、常連よ。2週1ぐらいで来てるよね」

「でも、じーさんをおじいさんって言うのは」

「だって、やっぱりじーさんとは言いにくいし、名前とか教えてくれないし、マスターとか嫌がるし」

「そりゃ、俺は修士も取ってないし達人でも主人でもないからな。あいよ、ギンヤンマ2つ。おい、おまえさん俺の店で中途半端なナンパするなよ」

「してないよ。って何、ギンヤンマって」

「あぁ、駄ジャレだ。ジンをジンジャーエールで割ってライム添えるのがドラゴンフライってカクテルなんだよ。つまりトンボ」

「で、私たち最近流行ってる日本のクラフト・ジンでそれ飲みたいねって言ったら、出してくれて、ライムじゃなくて酢橘切って」

「まぁ、ライムみたいに盛大に絞らずに、ちょっと香り添えだな。和風のトンボだし緑だからギンヤンマかって話になってね」

「私たちだけの呼び方。この呼び方はまだ流行ってない」

ダサいよ、君たち。こんな店の常連だけあるな。

「はい、今日のアテは鯛のカルパッチョ風」

「刺身じゃダメなの」

「刺身で本気で旨いやつは、魚も上物で、店で捌いて、サクとって刺身にして、本物わさびおろしてじゃないとな。ウチは寿司屋じゃないし俺は和食の料理人じゃないからね。そんなことやってられない。こいつなら安いサク仕入れて、OK。塩軽く振って、拭き取ったらもう一回塩軽く、そいつを細目に切る。オリーブオイルにポン酢しょうゆと三杯酢少し柚子胡椒少し混ぜて、ボウルで和えて冷やす。最後にカイワレ散らして、白ごま少し振って完成」

「それもカルパッチョって名乗るにしちゃ和風だね」

「ま、名前なんて中身を想像させてくれる助けになりゃ十分でしょう」

「だね。まぁ、キラキラネームつけたって本人から将来苦情があるわけじゃなし」

「読める範囲でとか、常用漢字がとかって言うけど、あんまり突拍子もないと子どもの人権に関わるよねぇ」

「でもさぁ、親の願いとか期待が籠められて選んでるって言われるとね」

「そういうこという奴は、子どもを自分のモンだって思ってるから、そんなこと言えるんだ」

「あ、じーさんが怒った」

「怒らいでか。子どもは親のモンじゃない。子どもの人生は子どものモンだ。親なら自分の願いやら好みを押し付ける前に、子どもが生きていきやすい道を整えてやるのが最低限度の務めだろうが」

「ま、キラキラネームを予定してるわけじゃない身としては、ごもっとも、なんだけどね。こればっかりは親の権利だからなぁ」

「親に権利なんてなくてよろしい。親が子どもに代わって何か決める権利があるのは、『子どもの為になること優先』が守られてる時だけだ。親が子を育てるのは義務、そしてその義務を正しく果たすために付随してるのが、そういう決定権だ」

「そうかな。でも苦労して、金も払って、時間もかけて育てて、それで権利はなしって頭ごなしに言われるとね。ほら、子どもに金とられて補助金ももらえなくて、子育て罰みたいなんて言葉もあるぐらいだし」

「税金とか、補助金貰えない愚痴とかで言う奴は、ま言っちまった言葉として許すけどな。子育てに『罰』って言葉を平気でつけられる時点で、しかもそれを『金』のことで言う時点で、親の資格、かなり無いと思うぞ。子育てで、苦しむことなんて、たくさんあるんだ。

金で片が付くなら、残り一生貧乏です、ぐらい余裕でOKだせるぐらいな」

「じーさん、苦労したんだね」

「苦労は勝手にした。溺愛もした。何とか巣立った。後悔はない。偉そうに聞こえるだろうがな、大多数の親の共通感覚だぞ、と俺は思ってる」

言ってじーさんは笑う。

「ま、俺のことはともかく、こういう風潮が消えないのは、『親権』って言葉がまかり通ってるからだな。で、有名人の離婚のたんびに親権はどっちが取っただの、親権で争ってるだの記事やニュースになるから、この言葉の存在感が馬鹿みたいにでかくなって定着してる。そうなると、親は子供に権利を持ってる、とか、子は親のモンだとかいう認識がじわっとはびこるんだ。昔は『家制度』ってのがあったから、子どもは家のモンだったから、それを引きずって親のモンだと思ってる奴も多い。でも、家制度は今はやめたんだし、要らないモンなんだ」

「あ、家制度、やめたのも良くないことがあるのも聞いたけど、要らないっていうのは」

「あのな、昔は大きな国も小さな国も、国は個人を守るようにできてない。領土と、支配者の系統は守るけどな。で、個人は守らないが、武力とか生産力とか、国を守って繫栄させる力は確保する。だから一つは守ってくれない国のかわりに自衛するために一族は固まらなきゃいけなかったし、一族が「力」として国から見えるだけになれば、国からも守られる存在になれた。だから、民主主義国家では家制度は要らない。国は国民一人一人を守る必要があるし、一族ではなく個人の力を認めることもできる。おまけに企業とか色々、一族と関係のない力の固まりもできて、そこは血のつながりは不要だ」

「はぁ、そういう」

「だからもう、『親権』って言葉を廃止すべきなんだよ」

「だって、じゃ未成年の子どもの色んなこと決めるのは、」

「普通は親が決めりゃいい。言葉をやめる。養育の義務執行上の付帯権利として、一つ一つ定める。今だってそうなってる。それを親権と言わさない。養育義務付帯事項だ。それを行うのも義務の一つとして執行する。不適格なら裁判所が取り上げられる。離婚後はどっちが条項を追っても記録報告の義務がある。ウチの子にどうしようと勝手、じゃない。国だって子どもの養育に金も時間も労働力も提供してる。育ててるのは家の跡継ぎじゃない、日本の国民、いわば跡継ぎなんだ、と国の立場からならそういうこと。もちろん、国のモンでもないぞ。国が国民のモンなんだから」

「大胆だけど、ま、分かる気もするな」

「おまえさんは、そう思ってくれるんなら嬉しいけど、この国はそうは思ってないらしくてねぇ。わざわざ真逆に舵を切ってくれる」

「えっ、何のこと」

「『こども家庭庁』。新しい役所作って、こどものための役所に『家庭』をひっつけるんだからなぁ。言葉は社会を作るよ。やれやれ」



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