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五八三七G3の酒の肴  作者: V4G3
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ペッパーミル

「じーさん、ビール」

「ん」

この店は酒を飲む店であるから、カウンターに座ってなにがしか酒を頼む。

そうすると、勝手に何がしかのつまみも出てくることになっている。

で、後は少し飲み、気が向けばじいさんと喋り、あまり長居もせず帰る。

安くもないし、サービスがいいわけでもない。音楽も適当にjazzっぽいものか古い洋楽が鳴っているだけ。だから大して混んでもいない。

「五八三七G3」はそういう店である。


「はいよ、エビスでいいな」

「うん。で、今日のつまみは?」

「ジャガイモチーズもち。ジャガイモをな、皮剥いて茹でる。皮ごと茹でて後で向く方がいいんだが、ウチはいっぺんに量作るからな。で、柔らくなったら、マッシャーで潰す。潰したところに牛乳と片栗粉と塩も入れて練る。一口分をちぎって伸ばして、ピザ用のチーズを包んで、丸めて大判型にする。それをフライパンで焼く。ちょい胡椒を好みで振るといい」

「へぇ、今日のは凝ってるね」

「気まぐれだからな」

「胡椒。おっとペッパーミルだ、今、流行りの。じーさん、知ってる?」

「知っとるわ。WBCでヌートバーが広めたヤツだろ」

「そうそう。なんかこないだテレビ観てたらフィギュアスケートの選手までやってておかしかった」

「まぁ確かに回るからな、フィギュアも」

「高校野球でもやってて、文句言われてたよね」

「うむ、高野連というところは、頭の固いじいさんが揃ってるんだな」

「じーさんがじいさんに文句付けてる」

「そう、同族嫌悪というやつじゃな」

「でもね、禁止することはないけど、エラーで出塁した時にやるのはね。高野連としても相手を挑発してしまうようなパフォーマンスはって、注意したくなるんだろうね」

「あぁ、おまえさんも高野連と同じくらい頭が固いんだな」

「えっ」

「あのパフォーマンスは、挑発にはならない。間違えて使ってるかもしれんがな」

「どういうこと」

「ペッパーミルは、身を粉にして働きます、つまりチームのために頑張ってるぞー、というパフォーマンスであり、どんどん回せ、つまり続いてこいよ、という意味もある。つまりこのパフォーマンスは、相手に向けたものでもなければ、観客に自分の力を誇示するものでもない、味方に向けたパフォーマンスなのよ。」

「あぁ」

「エラーでもなんでも、必死に走って塁上に生きた、頑張りました。生き残った。みんなも回せぇ、とチームに呼びかける。何もおかしいことはない」

「そう、だね」

「ガッツポーズや大声の咆哮は、勝ったぞぉ、やってやったぞぉという意味だし、少なからず威嚇やマウンティングも含んでるからな。エラーでやるのは相応しくないし、高校生の教育上、あまり推奨できないというのは分かる。もっとも、わしは構わんという立場だがな」

「どうして」

「威嚇して、マウンティングして勝つスポーツだと、そのチームは教わっとることを公開しているわけさ。そう評価されると分かって、それが素直な自分の勝負への気持ちだっていうなら、それも勝負の在り方で認めていい。もう高校生なんだからな。そうじゃない、自分自身の闘志の発露だっていうなら、おそらくは違う表現を身に着けるだろう。少なくとも拳を振り上げたり、相手に向かって叫ぶ以外の方法をな。今までそうならんかったのは、パフォーマンスが表現している意味を、高野連や指導者が考えもせず教えず、『やっていいか』『禁止か』だけで判断したからだろう」

「かもね」

「おまえさんも考えてなかったクチだろうに。ま、おまえさんは何の責任もないからいいが、高校野球は教育だと宣うなら、そこらへんは考えてもらわんとなぁ。せっかくのいい機会なんだから」

「いい機会って」

「勝利至上主義で監督によるガチガチの管理。そういうイメージから抜け出したいんだろう、スポーツ界はどこも。ここで味方を鼓舞するパフォーマンスを、そういうものなら歓迎だ、と敢えて認めてやればどうだ。チームで励ましあって一丸となって立ち向かう、相手を威嚇する振る舞いより、味方を励まし仲間意識を育てる振る舞いを推奨する。高校生にも監督にも、高校野球が目指していくべき姿を、分かりやすくメッセージ出来たはずだ」

「そんなもんかなぁ。でも、エラーでやるのはよくないって言ってたヤツ、多かったんだけどね」

「理解のある態度は保持しながら、調子に乗ってるように見えるガキには文句をつけときたい。ついでに正論っぽく自由だ、権利だ、の流れはちょっと気にいらないので、難癖つけときたい。そういう奴がとびついたネタに、考えなしに乗っかった奴が多かったんだろうな。理解のあるフリなんてのは、すぐに馬脚の好例さ」

「えらく辛口だね」

「ペッパーミルだからね」


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