8.手紙(side.バーレイ辺境伯家)
この日、辺境伯家は朝から大騒ぎだった。
なぜなら一一
「ジュリア!!グレン!!大変だっ!アイリスがっっ!!!」
「あなた、落ち着いてください。朝から騒がしい。あの子がどうしたのです?」
「父上、アイリスがなんですかっ!?あの子に何があったんですっ!!??はっ、もしや男装がバレたのか……?」
「あぁもうっ!一旦静まりなさい!」
「「は、はいぃぃ!」」
「で?あなた。手に持っている手紙はアイリスからなのですか?」
「一一だ」
「は?」
「……オルコット公爵家から、アイリスに婚約を申し込んだと…。本人からの許可は得ているから、後は我が家の承諾が欲しいそうだ…」
「「……えぇっっ!!??」」
そう、先日ルイスが出した手紙がバーレイ辺境伯家に届いたのだ。
愛する娘のいきなりの婚約に、辺境伯家は朝から大騒ぎしていたのだ。
***
「要するに、アイリスの男装は公爵にはバレているという認識でいいのですね?」
「あぁ、その認識で合っているようだ……」
「あぁぁぁ…アイリスゥゥ…」
あの後落ち着きを取り戻した各々は、緊急で家族会議なるものを開いていた。
意気消沈している男二人を見てアイリスの母であるジュリアは、はぁと息を吐く。
「全く、大の男二人が揃って恥ずかしい。娘の婚約なんて早い所は幼い頃には決まっているのですから、その時期が来たということで良いではないですか」
「な、何を言っているんだジュリアっ!あの子にまだ婚約は早いだろうっっ!」
「そうですよ母上!男まみれの騎士団へ行った妹が、たった数ヶ月で婚約だなんて!しかもルイスに男装がバレたんですよ!!」
ジュリアの言葉にアイリスの父と兄であるギルバートとグレンが息を揃えて抗議する。その言葉に呆れた顔をしたジュリアが口を開く。
「変な家へ嫁ぐより社交界や国民からの評判も良く、貴族家の中でも確固たる地位を築いているオルコット公爵家で良かったではないですか。それに、公爵はアイリスの男装を広めるなど野蛮なことはしない方でしょう?」
「それは…そうだが」
「なら安心です。グレン、あなたも学園で公爵と関わっていましたね。あなたがあの方の人柄や性格をこの家で一番知っているはずでしょう?あの方はそんなに信頼がないのですか?」
「うっ……。確かにあいつは良い奴だよ。生意気なとこも少しあったけど、俺は嫌いじゃないし信頼している」
「それなら、あの子が公爵の元へ嫁いでもなんら問題はありませんね。私はこの婚約に賛成ですよ」
「………」
ジュリアは淡々と二人に問いかけ黙らせた後、己の賛成の意を示した。
ギルバートとグレンは、お互い少し考え込んだ後、顔を上げキッとした目つきで話し始めた。
「あの子が心から望んだかは分からないが、辺境伯家当主として、あの子の父親としてこの婚約に賛成しよう。寂しいが娘はいつかは嫁いでいく身だ、父として潔く送り出してあげなくてはな」
「俺もこの婚約に賛成する。ルイスのことを信頼しているからこそ、大事な妹を任せてみようと思う。だが、もしあいつがアイリスを泣かせるような真似をしたら、その時は俺があいつを殴りに行く」
二人の言葉を聞いたジュリアは、満足そうに頷き微笑んだ。
「よくぞ言いました。それでこそバーレイ辺境伯家の人間です。ではあなた、婚約を承諾する手紙を書いて下さいな。その後は、オルコット公爵家に向かうためのスケジュール調整を致しますからね」
「う、うむ」
「昔からですが、父上と母上を見ているとどちらが上なのか分かりませんね」
ジュリアはギルバートに念を押すように言う。その様子を見たグレンが、苦笑しながらそのことを伝える。
すると、ジュリアから心外そうな言葉が返ってきた。
「あら、そんなことはありませんよ。なんせ私は昔、この人に一目惚れをしたのですから。ふふっ大変でしたよ、この人は『辺境の死神』と呼ばれるが故、人と関わるのを嫌がり全く夜会に来てくれなかったのですから」
「そうだなぁ。そんな私に偶に参加した夜会で猛アタックを仕掛け、あろう事か剣術まで磨いてきた令嬢がいたものだから驚いたよ」
グレンはしまったっと、思った。その手の話になると両親は止まらない。
そのうち二人の世界に入っていくため、昔から話の途中でアイリスと二人一緒に抜け出したものだ。
(一一あんなにも小さかったあの子が婚約か。悲しいが、たった一人の兄として盛大に祝ってやらねばな)
そうグレンは思いとうとう二人の世界に入っていった両親を他所に、今後のスケジュール調整のために動き出したのだった。