7.騎士として、婚約者として
「アイリスとして、ですか?」
「あぁ、その方がやりやすい」
「分かりました」
いつもと違う緊張感に包まれるのを感じ、アイリスは思わず背筋が伸びた。
「まず昨日命じた婚約の件だが、バーレイ辺境伯家には昨日のうちにオルコット家の名でお前に婚約を申し込んだ手紙を出した。早ければ今日か明日には届くだろう」
「し、仕事が速いですね…」
「大事なことだから、当然だ」
あまりの仕事の速さに驚き、それを伝えると「当たりまえだ」と言わんばかりのことを言われてしまう。
(うぅぅっ!何か思惑があって命じたはずなのに、そんなに素直に答えられてしまうと色々勘違いしてしまいそうになるわっ!!)
そんなことより今は話の途中っ!と思考を切り替え、再び姿勢を正す。
その様子を見ていたルイスが、慈しむような目でその様子を見ていたことをアイリスは知らない。
「話を戻すが、お前の家から承諾の返事が来たら、我が家で婚約発表兼お披露目の夜会を開く」
「なるほど。私の方からも家にもう一度、婚約についての報せと一緒に手紙で連絡を入れますね」
「いや、夜会については承諾の手紙とともに送ったから必要ない」
「…ありがとうございます……?」
ルイスがどんどん先に手を回しているため、逆に彼の健康状態が心配になってきた。
「副団長一一」
「……ルイスだ」
「へ?」
「アイリスとして接する時は、俺を名前で呼べ」
いきなりのことに思考が止まる。
(……名前?…俺を、なまえで……?)
その意味を理解した瞬間、一気に頬が熱くなる。
「ほら、はやく言ってみろ」
「うぅぅぅっ……!!」
意識すると余計恥ずかしくなってしまう。
しかし、このままだと本題に戻れないと感じ、意を決して口を開く。
「…ル、ルイ…ス様」
「聞こえない。もっと大きい声で言ってみろ」
悪魔っ!!と心の中で叫び、先程よりもはっきりとした声で言ってみる。
「ルイス……様」
恥ずかしさの限界に達したアイリスは、そのまま手で顔を覆い勢いよく下を向いた。
しかし、名前を言ったのに言わせた張本人の反応が全くないこの空間に、気まずさが溢れ出す。
(もうっ!!どうして何も反応がないのよ!)
すると、ふはっと笑うような声が聞こえた。
その声に導かれるようにそっと顔をあげると、口元に笑みを浮かべたルイスがいた。
「上出来だ」
「言わせておいてそれはないんじゃないですか…?ルイス様」
「なかなか気分がいいな、アイリス」
恨むような目をしてルイスを睨みつけるが、全く効果がないようだった。
逆にこの状況を楽しんでいるかのようだ。
「で?お前は何を言いたかったんだ?」
「今のルイス様はとてもお元気そうなので、言う必要はありません」
「悲しいな」
自業自得だ、と思いながらアイリスはだいぶ脱線してしまった話に戻そうと口を開く。
「ところで、もう大事な話はないのですか?」
「あるにはあるが、その話はアイリスとしての話が主だ。だが、アルフとしてという部分もある」
「というと?」
ルイスが少しだけ顔を顰めた。
どうやらその話は、アイリスに婚約者と騎士との二通りの役割があるようだ。
「ルイス様、私は大丈夫ですのでどうぞお話ください」
はぁと、息を吐いたルイスが顔を顰めたまま渋々といった様子で話し始めた。
「お前の想像通りだ。今回、お前に俺の婚約者として、そして一騎士としてしてもらいたいことがある」
「その内容というと?」
「それは一一」
その内容に、アイリスは驚きを隠せずにはいられなかったのだった。