6.全ては掌の上でした!
「勧誘、ですか……」
「勧誘といえば聞こえはいいが、簡単に言えば引き抜きだな」
ルイスの引き抜きという言葉に他の騎士たちが騒めくが、それは当然だろう。
普通引き抜きは、どれだけ強い新人でも暫くの間は訓練や実践経験を積み、各隊に課された任務をある程度できるようになるまでは行ってはならない決まりになっている。
ましてや入ってまだ三、四ヶ月しか経っていない新人など言語道断である。
驚く周りをよそにアイリスは微笑みを貼り付けていたが、心の中はそうもいかなかった。
(あぁもうっ!入って間もない新人を引き抜くだなんて、いくらなんでも無茶苦茶すぎだわ!エルヴィス先輩だってつい三ヶ月くらい前に引き抜かれたばかりだと聞いているのにっ!)
ちらっとルイスの方を見ると、タイミング悪く目が合ってしまった。
その一瞬でアイリスが考えていることを見抜いたのだろう、ふっと意地の悪い顔をされた。
(否とは言わせてもらえなそうね…。彼の中では決定事項のようだもの)
そうアイリスが思っていると、ルイスが軽く手を挙げ騒めいている騎士達を静かにさせる。
「いきなりのことで驚いてるやつが大半だと思うが、彼の引き抜きは既に決定されたものだ。--何か意見のあるものはいるか?いるなら話くらいはきいてやるが」
ルイスの言葉に騎士たちは互いに顔を見合せ、「まぁあいつの剣の腕だし一」「もう決定していることなら一」など各々の考えを話している。
「誰も意見のあるやつがいないのなら、この話は皆心得たということで終わりに一一」
「待っ、待ってください!!」
騎士たちから表立って何もないと分かったルイスがこの場を収めようとした時、一人の騎士が手を挙げた。
そして一斉にその声の主へと皆の視線が向く。
「お前は確か一一」
「は、はいっ!アーサー・ウォーレンです!恐れ多くも、この件に関して意見をさせて頂きたい!」
声の主一一、アーサーはそう告げた後ルイスへと向けて話し始めた。
「まず始めに、入って日が浅く、実践経験をしていない彼をなぜ引き抜くのですか?」
「ほう、いい質問だ。細かい詳細は言えないが、近日行われるとある任務に彼が必要だからだ」
「その任務は他の者ではなく、彼でなくてはいけないのでしょうか?」
「あぁそうだ。」
(あぁぁ、どんどん外堀が埋まっている気がするわ……!)
淡々と答えていくルイスに対し、アイリスは、ハラハラとした様子でそれを見ていた。
するとぽんっと、後ろから肩に手を置かれ不思議に思って振り返ると、既に諦めた目をしたエルヴィスがいた。
「耐えろアルフ。我々にできることは、決定された事実を受け入れることだ」
「そ、そんなぁ……」
エルヴィスも似たような経験をしたのだろう、そんな彼の言葉はアイリスを追い込むには最適だった。
「以上か?」
「は、はい!」
そうこうしている内に、アーサーの質問攻めは終わったらしい。
「今話していた通りだ。今回の件はヴィンセント団長もご存知だ。肝に銘じておけ」
アイリスの知らないうちにいつの間にか団長もでてきていたようだ。
(一一もう、頭の理解が追いつかないわ…)
「そして今日この日、アルフ・クレイグは我が騎士団団長率いる隊へ移動とする!」
ルイスがこの場にいる全騎士たちに告げたこの瞬間、完全にアイリスの逃げ場が失われたのであった。
***
その後、何事も無かったかのように残りの手合わせが再開された。残りの組が少なかったこともあり、半刻程で全ての手合わせが終了した。
そして解散が言い渡されたあと、アイリスはエルヴィスと共にルイスの執務室へ向かっていた。
「すいませんエルヴィス先輩。途中までとはいえ一緒に来ていただいて」
「気にする事はない。たまたま俺も近くに用があるだけだから。まぁ、あの方の話は聞いておいた方がいいぞ、お前がこれから入る隊は今までの仕事より責任が重いからな」
そう、アイリスはルイスに再び呼び出されたため、彼の元へ向かっていたのだ。
「……気が重いです」
「ははっ!そんなのは最初だけだ、お前なら意外と大丈夫だよ。ほら、そうこうしてる内に着いたぞ。じゃあ頑張れ」
「……頑張ります」
エルヴィスと別れ、ふぅと息を吐いたアイリスは落ち着かない心のまま、目の前の扉をノックする。
「誰だ」
「アルフ・クレイグです。」
「…お前か。入っていいぞ」
「はい、失礼します」
部屋に入ると、ルイスはちょうど何かを書いている最中だったようだ。
「もしお邪魔でしたら終わるまで外に出ていますが…」
「その必要はない。そのままでいい」
その直後、ペンを動かす手を止めたルイスがアイリスを見る。そして少し揶揄うような顔をして話し始めた。
「先程は悪かったな、あんな大衆の面前で盛大な勧誘を行って」
「全くです!生きた心地がしませんでしたよ!」
「だが、あれが一番手っ取り早いんだ。お前の引き抜きに対する表向きの反対を抑えるにはな」
「うぅっ……」
あの時も感じたが、全てがルイスの思惑通りに進んでいるようで少し恐怖を憶える。
そんなことを考えていると、さっきと打って変わって真剣な眼差しをしたルイスが、こちらを見ていた。
「ど、どうしましたか副団長…」
「さてアルフ、いや、アイリスとしてこれから俺が話すことを聞いてくれ」