幕間.彼の変化
最近のルイス様は、どこか上機嫌だ。
その変化は昔のルイス様を知っている人から見ればかなり驚くもので、この日も騎士団に戻って来た彼はどこか嬉しそうな様子だった。
「失礼します。副団長、お戻りのところ申し訳ないのですが、この書類の確認をお願いします」
「エルヴィスか、別に構わない。ほら、早く見せてみろ」
そう言われ、机越しにルイスへと書類を手渡す。
書類を受け取ったルイスは淡々と確認をしているように見えるが、僅かに穏やかな雰囲気を纏っている。
(ルイス様のこのような変化は、この間の夜会辺りから見られたはず…。ということは、バーレイ辺境伯令嬢の影響か?)
そんなことを考えながらルイスをじぃっと見つめていると、書類の確認を終えたらしい彼が顔を上げた。
「エルヴィス、特に問題はないから、このまま進めろ。あと例の事件についてだが、恐らく近いうちに再び奴らが動き出すだろう」
「一一……何故、そう思うのです?」
そう問うエルヴィスに、ルイスはなんとも思ってなさそうな声色で告げる。
「別に深い意味はない。ただの勘だ」
「そう、ですか」
書類を受け取りながら、エルヴィスはそう返事をするしかなかった。
(どのような策略を考えているかは分からないが、ルイス様がそう言うのであれば、きっとそうなるのだろう)
「では、私はこれで失礼します」
「待て、エルヴィス」
書類を受け取ったエルヴィスが部屋を出ようとして一礼をしようとしたところで、ルイスに呼び止められてしまう。
そのことを珍しいと思いながらも、エルヴィスは「はい」と答える。
「お前、最近ルークラフト嬢と仲が良いのか?」
「一一何のことでしょうか」
エルヴィスは一瞬言葉に詰まるものの、平然とした口調を保つ。
しかし、ルイスはエルヴィスが言い淀んだことをいいことに、次々と言葉を紡いでくるのだ。
「誤魔化しても無駄だぞ。あの夜会以降、お前の様子がおかしいことくらい、皆気がついている」
「…!」
「あとこれは俺の勝手な憶測だが、お前ルークラフト嬢と文通しているだろう?お前が最近、短い頻度で誰かに手紙を出していると噂になっている」
そのことを聞いたエルヴィスが、思わず遠い目をしてしまったのは仕方ないだろう。
(まさか、そんなことまで噂になっているとは…)
エルヴィスは大きく溜息を吐くと、何処か楽しそうな笑みを浮かべているルイスへ、恨めしそうな視線を向けた。
「彼女がどう思っているかは分かりませんが、俺自身は仲良くさせてもらっていると思っています。……文通も、一応ルークラフト嬢に確認してから、始めています」
「なるほどな。……お前自身はルークラフト嬢をどう思っている?」
「どう、とは」
「そうだな…。一一恋愛対象としてと言ったら、どうだ?」
エルヴィスはルイスが言った言葉を頭の中で反芻する。
そして少しの間考えた後、エルヴィスは言った。
「……出会ったばかりですが、俺は彼女の淑女として凛とした姿も、少しお茶目でお転婆なところも全て好ましいと思っています」
エルヴィスの言葉に、ルイスがさらに笑みを深める。
そんなルイスの視線がなんだか無性にむず痒く感じたエルヴィスは、話題を逸らすべく口を開いた。
「ルイス様、別に俺のことはいいんです。そんなことより、貴方の方こそ最近バーレイ嬢と仲睦まじいようで」
「あぁ、そうだな。……最初はかなり警戒されていたが、最近は俺の一挙一動も少しずつ受け入れてくれるようになった」
ルイスは少し柔らかい表情を浮かべながら、そう答えた。
その表情から、バーレイ嬢のことを思い出しているのだろうことが、意図せずエルヴィスにも伝わってくる。
(先日の夜会から、ルイス様がどれ程バーレイ嬢を大切に思っているか分かったが、これほどとは…)
きっとルイスの中でアイリスという令嬢の存在は大きく、共にいるだけで安らげるのだろう。
「ルイス様、俺は今の貴方の方が良いと思いますよ」
「いきなりどうした、エルヴィス」
「いいえ。ただ、昔のルイス様は随分と気を張りつめているように見えたので、今の肩の力が少し抜けている方が良いのではないかと思っただけです」
「はっ、お前にそんなことを言われるようになるとはな。気遣ってくれた礼に、俺がみっちり稽古してやろうか?」
「それはそれは嬉しいご提案ですね。そのためなら、いくらでも時間を作りましょう」
呆れたような視線をルイスから受けながら、エルヴィスは微笑んでみせる。
ルイスは気味悪そうにするが、自分より強い人との手合わせは何度やっても楽しいのだ。
「では副団長、私はそろそろ業務に戻ります」
「あぁ、引き止めて悪かったな。稽古は近いうちにしてやるから、空けておけ」
「一一!ありがとうございます」
「それじゃあ、お前は戻れ」
「はい、失礼します」
エルヴィスが執務室から出ていった後、ルイスは窓の外を見て一人呟いた。
「……アイリス、無事に帰って、たくさん話を聞かせてくれ」
しかし数刻後、その願いはアイリスが攫われてしまったことで、叶うことはなかったのだった。




