4.公爵様と取引します!
「副団長、私と取引をしませんか?」
男装がバレたアイリスは、取引をしようと覚悟を決め、それをルイスへと提案した。
「……へぇ。どんな条件でするんだ?」
相変わらずルイスは、面白いものを見る目で尋ねてくる。
そんなルイスに、アイリスも負けじと彼を睨みながら話を続けようとするが、体が密着したままだということに気づき、早く離してもらうために慌てて言う。
「そ、その前に!私の腰から手を離してください!」
「別に俺はこのままでもいいのだが」
「私の身がもたないんですっ!それに、きちんとした体勢で、お話をしたいので!!」
「ーー仕方がないな」
絶対に揶揄われているのだが、漸く離してくれそうなので、取り敢えずほっとする。
くっついていた体が離れ、二人は正面から向き合う。そしてアイリスは、話を進めるために口を開いた。
「まずは、性別を偽って入団してしまい申し訳ありませんでした」
「本当にな。だが、他の者ではなく俺が気づいたことは幸運だ。こうして、取引に応じているのだから」
「っ最初に、脅しのようなことを言われた気がするのですが!?」
ーー男装がバレた時、『俺の言う通りに動け』と言ったのは、気のせいなのだろうか。
そう疑問に感じたアイリスは、間違っていないと思う。
「で?取引内容は、具体的にどうするつもりだ?」
脅しの事など知らないとでも言うように、ルイスは続きを促す。
アイリスは、むっとしながらも取引の内容を話し始めた。
「内容は至って簡単です。男装の件を黙って下さるのなら、私は出来る限りあなたが命令されたことには、なんでも従います」
「……なんでも、と言ったな」
「?はい、確かに言いましたけど…」
ルイスが珍しく聞き返してきたことを疑問に思ったが、女に二言はない。平穏な騎士生活を送るためならば、可能な限り最善を尽くすまでだ。
アイリスが心の中で意気込んでいると、手を口に当て考え込んでいたルイスが、何かを思いついたらしく、顔を上げ、思わずという感じに尋ねてきた、
「お前、本当の名はなんという」
「アイリス……アイリス・バーレイ、です」
「ーーバーレイ辺境伯家か……」
つい家名まで名乗ってしまったが、いずれバレることだろうと思い、アイリスは気にしないことにした。
すると、おもむろに近づいてきたルイスは、アイリスの両頬に触れて顔を上向きにしたかと思うと、衝撃的な事を告げてきた。
「命令だ、アイリス。俺の婚約者になれ」
「………は?」
「なんだ、その気の抜けた言葉は。簡単な事だ、口実だけの薄っぺらい関係ではなく、互いの家が認めた関係……、つまり、名実ともに俺の婚約者になれということだ」
つい気の抜けた言葉が出てしまったが、仕方がないだろう。今、完全にアイリスの頭は大混乱の最中なのだから。
(ーー待って待って、この人いま、俺の婚約者とか言わなかった?頭が、ぐるぐるする。けど、あの事だけでも聞かなくちゃ……!!)
アイリスは、ルイスの胸元に自身の握りしめた手を置き、縋るように尋ねる。
「……騎士の仕事と訓練、は続けてもいいのですか…?」
不安そうな瞳でそう尋ねるアイリスに、ルイスはふはっと少し吹き出した。
「騎士馬鹿だな、お前は。安心しろ、騎士の仕事は続行したままで良い。主に夜会や、貴族絡みの特殊な捜査な時だけ俺の婚約者として同行してくれれば、それだけで」
いつもの鬼公爵とは違う、少し毒気を抜かれた感じで笑うルイスを見て、アイリスは内心どきりとした。
(鬼公爵ーー、副団長でも、こんな笑い方をするのね)
「まぁ、婚約者になるのは絶対の命令だが、他にも雑用としてこき使ってやるから安心しろ」
感心していると、ルイスは急に口の端を上げ、揶揄うように告げてきた。
その瞬間、アイリスの心のどきどきは、急激になくなった。やはり、鬼はいくら優しいところを見せられても、鬼のままなのだ。そのことを忘れないように、アイリスは胸に刻んだのだった。