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46.彼女が為すべきこと


(や、やっぱり、あの瞬間驚いていたのは、『アルフ』だと思っていたからなのね…!?)


その事実に、アイリスは冷や汗が伝うのを感じた。


「それよりも皆、ルイス様を祝うためにこの夜会に来たがっていましたよ」

「それはどうだかな。あいつらは俺よりもアイリスに興味があるのではないか?」

「ははっ、八割くらいはそちらでしょう」

「そうしたら次の訓練は、手加減なしでやるしかないな」


しかし『アルフ』ではないと判断したらしいエルヴィスは、何事もなかったかのようにルイスと楽しげに話を続けている。


(とりあえず、バレていないのなら良かったのかしら…?)


バレていないことに安堵していると、三人の元へ少しずつ招待客が訪れて来た。


「オルコット公爵、バーレイ辺境伯令嬢、お話中申し訳ありません。お祝いを告げたく一一、」

「ポズウェル卿、祝いの言葉感謝致します」


ルイスはにこやかにそう口にすると、軽くエルヴィスへ視線を向け一度席を外すように促す。


「一一」


その意を汲み取ったエルヴィスは軽く会釈をし、颯爽とこの場を去っていく。


(また後で、エルヴィス先輩とお話したいわ…。そのためにはまず、この場を乗り切らないと!)


アイリスは美しい笑みを口元に浮かべ、次々にやって来る招待客と当たり障りのない言葉を交わしていく。


「アイリス様。(わたくし)は貴女様が社交界で悪く言われないか、とても心配ですわ。もしもそうなった時、私が変わって差し上げられたら良いのに…」

「お心遣い、ありがとうございます。ですがご安心を。その程度で折れるほど、脆く育てられていないのです」


時折、遠回しに婚約者を変われと言ってくる令嬢もいたが、アイリスは表情を変えずに諌めていった。


その間、そんなアイリスを隣にいるルイスは何処か面白がるように眺めているのだ。

途中、腰を抱いているルイスの手を抓ってしまったのは、仕方がないと思う。


挨拶に来る招待客が減り始めた頃、近くで様子を伺っていたエルヴィスが、手に飲み物を持って戻ってくる。


「ルイス様、バーレイ嬢。よろしければこれを、」

「助かる」

「ありがとうございます、マーシュ様」


シュワシュワとした果実水を受け取り、そっと口に含む。

さっぱりとした口当たりのそれは、渇いた喉を潤してくれた。


(この果実水、とっても美味しい…!!)


舌鼓を打っていると、ある人物がアイリスの元を訪れてきた。


「一一お話中申し訳ありません。少しよろしいですか?」

「キャロル!」

「ふふっ、久しぶりねアイリス。公爵様も、お久しぶりでございます」

「ああ。久しいな、ルークラフト嬢」


にこやかな表情で現れたキャロルは一度カーテシーをすると、アイリスを食い入るように見つめる。


「キャロル、どうしたの?」

「アイリスってば、以前会った時も素敵だったけれど、さらに美しく可愛くなったわね…!!やっぱり、公爵様のお陰かしら?」

「なっ…!い、いきなりなんてことを言うのよ…!」


片目を瞑って揶揄うような口調でそう言うキャロルに、アイリスはつい頬が火照ってしまう。


そんなアイリスを見ながら、キャロルはさらに言葉を紡ぐ。


「公爵様。普段のアイリスもですけれど、今宵のアイリスはとっても綺麗ではないですか?わたくし、公爵様が許可をくれるのなら、このままアイリスを持って帰りたいくらい!」

「ルークラフト嬢、それだけはだめだ。俺もできることなら、ずっとアイリスを愛でていたいのでな」

「あらあら!それでは私は、またの機会に致しましょう。ところで、そちらの殿方のお名前をお聞きしても?私はキャロル・ルークラフトと申しますわ!」

「エルヴィス・マーシュと申します、ルークラフト嬢」

「ルークラフト嬢だなんて呼ばないで、貴方様にはぜひ『キャロル』と、そう呼んで欲しいわ!」

「わ、わかり、ました」


キャロルの勢いに押されているエルヴィスの様子に、アイリスとルイスは思わず吹き出す。


いつも飄々としているエルヴィスが、こうもペースを崩されているというのは、何処か新鮮だった。


(ふふっ、とっても楽しい…!ずっとこの時間が続けばいいのに)


しかし、そうは思っていられない。

この夜会でアイリスは、為すべきことがあるからだ。


(そのためには、そろそろ動き出さないといけないわね)


名残惜しさを感じながらアイリスはそっとルイスの腕へ触れ、小声で彼の名前を呼ぶ。


「ルイス様、そろそろ…」

「あぁ、わかっている」


ルイスはそう言い優しく微笑むと、エルヴィスとキャロルに向けて口を開いた。


「エルヴィス、悪いが俺たちは少し席を外す。その間、ルークラフト嬢のことを頼んだぞ」

「承知しました」

「あら、ではまた後ほど戻って来てくださいますか?」

「もちろんだ。アイリスとも積もる話があるだろうから、また戻ってくる」

「ふふっ、ありがとうございます。アイリス、後でいっぱいお話ししましょうね!」

「ええ、もちろん!楽しみにしてるわ!」


ひらひらと手を振り、ルイスと共にその場を離れて行く。


ゆったりとした足取りで会場内を歩きながら、アイリスはルイスにしか聞こえない程の声で話し始める。


「ルイス様。彼らは今夜、なにか動きを見せるでしょうか?」

「確実に、とは言えないが、その可能性は大きいだろうな」

「少しでも動き出す可能性があるのなら、私は彼らを誘きだす為に頑張らねばなりませんね!」


アイリスがそう意気込むと、ルイスは軽く眉を寄せて息を吐いた。


その様子だけで彼の言いたいことが分かってしまったアイリスは、何度目かになる問答の予感に苦笑を浮かべる。


「ルイス様、言いたいことは分かりますが、ここへ来る前に何度も大丈夫だと言いましたでしょう?」

「仕方がないということは、分かってはいるんだ。ただ、俺は自分で言ったことに後悔している」

「まあ!」


ルイスから『後悔している』という言葉が紡がれたことに、アイリスは少し驚いてしまう。


「心配ですか?一一わたくしが、囮になること」


そう言い、挑むような瞳を向けるアイリスの腰を、ルイスは優しくも強引に引き寄せる。


「大事な婚約者を利用する形になるんだ、当たり前だろう。一一……しかし、なぜお前はそんな乗り気なんだ」

「だって、騎士団の任務に久しぶりに関われるのですよ?恐怖心よりも好奇心の方が強いのです」

「………」

「あっ、も、もちろん、真面目に任務は行いますよ!?変な好奇心を抱くことは危険だと、重々承知していますから!」


慌てながら弁明を図るアイリスに、ルイスは強ばっていた表情を一気に崩した。


子供っぽいその表情に、アイリスの心臓がきゅうっと締まる。


(相変わらずルイス様のこの表情は、心臓に悪いわ…!!)


ルイスが無邪気に笑う姿を見せる度、アイリスの心臓はどきどきと音を立て続けてしまう。

もう何度も見ているはずなのに、一向に慣れる気配がしなかった。


(うぅっ…!!いまは任務に集中よ、アイリス・バーレイ!!)


恥ずかしさを誤魔化すように扇子を広げ、口元を隠す。

そして気を取り直すべく、アイリスは「んんっ」と小さく咳払いをした。


「では私は、これからこの会場にいるであろう首謀者の方に、宣伝しなければいけませんね」

「何をだ?」


絶対分かっているはずなのにルイスは意地の悪い顔をして、そう聞いてくるのだ。


そんなルイスに、アイリスも負けじと意地の悪い顔をしてみせる。


「それは勿論。『この夜会で最も攫うべき令嬢である』ということを」



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