3.一瞬でバレました!!
ルイス・オルコットーー。
その人物は、王国に住む者なら一度は聞いたことがあるほど有名だ。
サラサラの黒髪に、薄い唇、綺麗なマゼンタ色の瞳を持つ彼は、王国騎士団の副団長でありながら、オルコット公爵家の若き当主でもある。
ルイスは物腰やわらかく、どんな時も笑顔を絶やさない、きらきらとした雰囲気の美しい人なのだ。そのため、老若男女から絶大な人気を得ている。
ルイスは王宮勤めの文官や侍女から絶大な人気を得ている一方で、王宮騎士団の人達からは全力で恐れられていた。
なぜならーー、
「おい、何をしたらそんなに雑な体の使い方になるんだ」
「も、申し訳ありません!」
「謝罪をするくらいなら、最初からそのような動きをするな。あとそこにいるお前、お前が入団してから約一年経つが、戦場ですぐ死ぬ奴の動きをしているのは何故だ?何を聞き、学べばそうなる。体つきも同期の者と比べて弱々しい。貴族家出身だからと言って、甘やかされると思うな」
「は、は、はいぃぃっ…!!」
このように、ルイスは騎士団へ来ると表向きの仮面を取り、訓練中の騎士達へ怒鳴ることはしないものの、絶対零度の眼差しで指導をしていくのだ。
アイリスたち新人の入団式の日、ルイスは表向きの顔で皆の前に現れた。当然、ルイスを知らない者はいなかったため、新人達の心は、新たな生活と噂の公爵様の指導への期待に満ち溢れた。
しかし訓練初日ーー、
「いいか、初日である今日だけは、この俺が特別にお前たちを指導をする。ついてこれない者は、構わずに置いて行く。言っておくが、この騎士団を甘く見てもらっては困る。ここは王国騎士団だ、強くない者が騎士としての仕事を任せられると思うな。ちなみに、王国内での俺の噂は表向きで、騎士団での俺の姿が素だ」
きらきらとした公爵様は、一瞬にして冷徹な鬼へと変わり果て、新人たちは、公爵様からの指導という名の洗礼を受けた。この一日だけで新人の半数以上は、撃沈していった。
次の日の朝、先輩騎士達からは憐れみの言葉と、噂の公爵様への期待が打ち砕かれた時の絶望感を同情された。やはり先輩たちも、一度は絶望したようだった。
そのため騎士団の人たちは、ルイスをこう呼んでいる。ーー『鬼公爵』と。
***
ーーそして、場面はプロローグへ戻る。
相変わらず、室内の空気は張り詰めたままだ。その空気に呑まれないように、アイリスは口を開く。
「いくら副団長でも、その冗談は受け取れません」
「冗談でもなんでもない。ただ事実を述べているのだがな」
「もし自分が女だと仮定したとして、女だという証拠はどこにあるのですか?」
「そんなもの、骨格や体の使い方を見れば大体は分かる」
しかし、隠しても無駄だと言うかのように、ルイスは淡々と話す。
このままでは、弁明をするタネがなくなってしまうと、内心焦るアイリスを無視してルイスはどんどんこちらを追い詰める。
「そうだな…、他にも色々とあるが、一番の決定打をこの場で教えてやる」
ルイスが椅子から立ち上がり、アイリスの方へ歩いてきて、目の前に立った。そして次の瞬間ーー、
ぐいっと腕を引っ張られ、ルイスの方へ引き寄せられると同時に、腰をしっかりと掴まれてしまい逃げれなくなってしまった。
「ーーちょっと待っ!!ああっ!」
アイリスが抗議の声を上げると同時に、ルイスはアイリスの髪へ触れたかと思うと、茶色のそれを掴み上げ部屋の隅へと放り投げた。
その途端、中からはひとつに結われ、網で纏められたアメジスト色の髪が出てきてしまった。
こうも髪を晒してしまえば、男だと偽り続けれなくなってしまう。
「やはりな」
そう言うルイスに腰を抱かれたままのアイリスは、彼の胸元から恐る恐る様子を伺う。
顔を上げた瞬間、思いっきりルイスと目が合ってしまった。そして、彼はふっと笑うとこう言うのだ、
「秘密を黙って欲しければ、俺の言う通りに動いた方が身のためだぞ」
(いちばん危険な人にバレてしまったわーー!)
アイリスはこれからの騎士生活に不穏な事しか起こらない雰囲気を感じ、頭を抱えたのだった。