2.副団長からの呼び出し
木々が緑色に変わり始め、夏の日差しが王宮を照らす。
その王宮の東にある宿舎の一室で、アイリスは外を眺め微笑む。
「さぁ、今日も一日頑張ろう!」
ぱんっと両頬を叩き気合を入れたアイリスは、訓練場に向かうため足早に部屋から歩き出した。
アイリスが辺境伯領を出てから早くも4ヶ月が経った。アイリスは騎士団に入団する時、素性がバレないように短髪で茶髪の鬘を用意し、伯父の従兄弟夫婦の次男ということにしてもらった。
騎士団は実力主義なので、貴族より平民の方が多かった。そのため、身分を偽っていてもアイリスは怪しまれることもなく平穏に過ごせていた。
(伯父様たちの手腕も完璧だし、なにより貴族家出身の人が少ないのも大きいわね…。おかげで私が女だと気づかれていないし、毎日鍛錬できるし、辺境伯領ではなかった刺激ももらえるから楽しいわ!)
「おーい!アルフ〜!!」
アイリスがにこにこしながら考え事をしていると、後ろからここで名乗っている名前を呼ぶ声がした。
その声に応えるように、アイリスは後ろを振り返り、ふわふわの焦茶色の髪を靡かせ小走りで走ってくる青年に手を振った。
「やぁブレット。君は今日も元気だね」
「なーに当たり前のことを言ってやがる、俺が元気なのは当然だろ。そんなことよりも、早く鍛錬してーなー」
「ああ、今日は基礎練だけだけど、明日の手合わせの相手がエルヴィス先輩だったら、先輩に3回は打ち込む!」
「へぇ、この俺にそんなに攻撃を打ち込む気か。生意気だが、その心意気だけは誉めてやる」
「「ーーっ!!!」」
二人でわいわい話していると、後ろから揶揄うような声が聞こえてきた。
いきなり聞こえてきた声に、びくぅ!!っとアイリスとブレットは肩を跳ねさせる。
そうして二人して恐る恐る後ろを振り返ると、そこには切長の目にアメジストの瞳を持ち、長い桃色の髪を後ろで一つに纏めた、長身の男が立っていた。
その男は、先程の声音と同じような揶揄う表情をしながら、にやにやと二人を見ている。
そう、彼こそアイリスたちが話していた人物。
マーシュ侯爵家の次男にして、王国騎士団で三番目の実力を持つ男、エルヴィス・マーシュ。張本人である。
エルヴィスは昨年入団したにも関わらず、一年という僅かな間で持ち前の剣術の強さによって騎士団の三番目という地位まで上り詰めた、所謂『剣術の天才』なのだ。
「エ、エルヴィス先輩!!本日もお元気そうで、なによりですっ!!」
「先輩がいるとは知らず、生意気なこと言ってすみませんっっ!!」
二人はすぐさま頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。
その様子を見てエルヴィスは、ふっと笑う。
「別に怒っていないから、頭を上げろ。アルフのようなことを言う奴は、なかなか新人にいないからな。面白かっただけだ」
「あ、ありがとうございます…?」
誉められたのかは謎だが、怒っていないなら大丈夫そうだ。
アイリスは、安心したように息をつく。
それを見ていたエルヴィスが、「ああ、そういえば」とアイリスを指差して告げた、
「そういえばアルフ、お前ルイス副団長から呼ばれてるぞ」
「えっ!?」
「アルフっっ!?!?お前マジで何したら、あの副団長に呼び出されるんだよ!!」
「そんなの、僕にだってわからないよ……!」
驚くアイリスに、ブレットは顔を青褪めさせながら問い詰めてくる。
アイリスだって、騎士団に来てから呼び出されるほどのことをした記憶はない。
「まぁ、取り敢えず行ってこいアルフ。副団長のことだ、雰囲気は怖くてもそこまで大したことを言われないはずだ」
「……はい」
こうしてアイリスは、不安な気持ちが渦巻くのを抑えながら、副団長がいる執務室へと向かったのだった。