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25.彼が望むもの

「は、はい!なんでしょう、ルイス様」



名を呼ばれたアイリスは思考を一気に現実に戻されたことに驚き、つい大きな声で返事をしてしまう。


そんな様子を見たルイスは、口元を少し緩めたまま口にする。



「お前が選んでくれた物なら、俺は何でもつけてやる。だから、今はそのことではなくお前の話でも聞かせてくれ、アイリス」

「……私の話、ですか」

「あぁそうだ。幼少の頃の思い出でも、学園にいた時の話でも、好きな物の話でもいい。お前自身のことを聞きたいんだ」



ルイスにそう言われ、アイリスは思い悩む。

なぜならアイリスは幼い頃から剣術に夢中で、それは学園に入ってからも変わらなかったのだ。



そんな剣ばかりの話でも、ルイスは聞いてくれるのだろうかと不安になる。

しかしルイスはアイリス自身のことを聞きたいと、そう言ってくれた。ならばありのままを話すのが一番いいだろうと判断する。



アイリスはふうっと息を吐くと、目を伏せ神妙な面持ちで告げる。


「ルイス様、いろいろ思い返したのですが、私は幼い頃から剣術一筋です」

「へぇ?お前らしくていいじゃないか」

「!」



驚くどころか肯定されたことに、アイリスは驚いてしまう。

そんなアイリスの心情を知らぬまま、ルイスはどんどん話を投げ掛けてくる。



「で?いつから剣を握っていたんだ?」

「六歳です」

「早いな。グレンと同等に手合わせできるようになったのは?」

「おそらく八歳くらいだったかと…」

「ははっ!たった八歳で十三歳の男児と手合わせできたのか。それはすごいな」

「だ、だって早くお兄様と手合わせしたかったんです!そういうルイス様はどんな学生だったのですか!」

「それは一一」



そこから二人はたくさんのことを話した。



例えばアイリスが幼い頃、母の淑女教育が恐ろしいほど厳しく、それが嫌で何回もグレンに匿ってもらっていたが、アイリスを見つけ出した母に二人まとめて叱られてしまったこと。

ルイスに至っては、学園にいた頃も表面上は穏やかだったものの、剣を握っている時はその鬱憤を晴らすかのようにグレンやその他の面々に容赦がなかったのだとか。



「そこまで容赦がなかったのなら、最初から素の姿でお過ごしになればいいのに……」

「それでは誰も近寄ってこないだろう?物腰柔らかくいた方が寄ってくるし、相手も油断しやすいんだ」

「それもそうですが…」



そんな話をしながら互いに笑い合う。



そんな中で、ふとアイリスは普段知ることがないルイスの一面を知れて嬉しいと感じていた。

騎士として接する時は勿論だが、婚約者として過ごしていても、ルイスはあまり自分のことを話したがらないのだ。



そのため、こうしてルイスが自身のことをアイリスに話してくれるのが彼の秘密を話してくれているようで、なんだか胸がくすぐったかった。



アイリス自身、なぜそんな気持ちになってしまうのか分からず、そっと胸元に手を添えてみる。



(一一不思議だわ。ただ思い出話をしているだけなのに『嬉しい』だなんて)



「アイリス、どうかしたのか?」



アイリスが急にとった行動を、不思議に思ったのだろう。

何処か不思議そうな眼差しを向けられる。



「いいえ、なにも。ただ、貴方様とこうしたお話ができて嬉しいと、そう感じただけです」



アイリスがそう告げると、ルイスは驚いたように目を瞠り、ばっと掌で口元を隠してしまう。



「一一……気が狂うな」



それは、誰にも聞こえない程小さな声で呟かれたものだった。



「ルイス様?何か仰いましたか?」

「こちらの話だ、気にするな」



そう言ったルイスが、何か考える素振りを見せた後アイリスへと向き直る。



「そういえば、お前はデビュタント以降の夜会やお茶会には参加していないんだよな?」

「はい。本格的に参加しようとは思ったのですけれど、やはりその前に騎士団に入りたくて。なので理由は伏せて、当面の間は社交界に出ないことを招待状が来ていた幾つかの家に、断りの文面と共に送ったのです」



あはは、と苦笑いをする。

いくら母から作法を仕込まれているとはいえ、騎士団へ入るまでに一度も社交界へ参加しなかったのは流石にまずかっただろうかと、不安になる。



しかしその不安は、ルイスが口にしたことによってすぐ打ち消されてしまった。



「ならば、お前のことを知らない人間に『アイリス』という令嬢を思う存分見せつけてやれ」

「一一……!!」



きっとルイスは分かっているのだ。



アイリスが一部の貴族たちから「未だ社交界に出て来られない臆病な令嬢」だと侮られていることを。

そしてそんな令嬢にオルコット公爵の婚約者が務まるわけない、一一不釣り合いだ、と噂されていることを。



(たしかに私は学園卒業後にあったデビュタント以降、全くといっていいほど社交界に参加していないわ。だけど一一、)



アイリスは目を細め、完璧だが何処か意地の悪い笑みを浮かべる。



「わたくしだって、好き勝手言われて黙っているほど、優しくはありませんのよ?」

「一一あぁ、知っている」



ルイスはそう言いおもむろに立ち上がると、アイリスの近くまでやって来る。かと思うと、うやうやしく手を差し出された。



「さて、アイリス。名残惜しいがもうじき日が暮れる。馬車まで送ろう」

「…ありがとうございます」



差し出された手にアイリスが手を重ねると、ゆっくりとした歩調でルイスが歩き出す。



しばらくした所で、ふとルイスが揶揄うような笑みをしながら口を開いた。




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