20.彼との話
「はい、どーぞ」
「ありがとうございます、イアンさん。お茶までいただいてしまって…」
「あらぁいいのよ、このくらい。気にしないでちょうだい」
ふふふ、とイアンは笑う。かと思うと、呆れた様な眼差しでアイリスの横へと視線を向ける。
つられるようにアイリスも横を向くと、そこにはぐったりと机に突っ伏しているブレットがいた。
「全くもう、あれくらいでバテるだなんて情けないわね!」
「……誰のせいでこうなったと思ってやがる。あんたは、自分の筋肉がやばいことをいい加減自覚しろ」
たしかに、こんな屈強な体つきをしたイアンから絞め技を受けたら一気に疲れてしまいそうだ。
現在、アイリスはブレットと共にイアンの店へと来ていた。
エルヴィスとニコラスも来るかと思ったが、二人は別の場所へと話を聞きに行ったため、別行動となっている。
するとイアンが頬に手を当て、はぁとため息を吐いた。
「それにしても、さっきの坊やたちもこっちに来て欲しかったのに。残念ねぇ」
「坊や……」
「さっき一緒にいたかっこいい子達よ〜!はぁ、目の保養にしたかったのに……」
イアンの言う『坊や』とは、きっとエルヴィスとニコラスのことだろう。
しかしあの二人が『坊や』と呼ばれると、実際よりも可愛らしく見えてきてしまう。
あははっとアイリスが苦笑していると、ぐったりしたままのブレットが口を開く。
「しょうがないだろ、先輩たちは先輩たちで、やることがあるんだから」
「それもそうだけどぉ、少しくらい居て欲しかったわ〜」
「イアンさん、ここに来る前に先輩たちと何か話してたんだろ?別にいいじゃねぇーか」
「それでも一一………」
「イアンさん!」
このままではイアンに事件のことを聞けなくなると感じたアイリスは、二人の話に割って入るように声を上げた。
「少し、お話したいことが」
アイリスが神妙な顔でそう言うと、イアンは何かを感じたのだろう。「分かったわ」と穏やかな笑みを浮かべると、パンっと手を叩きブレットへと言うのだ。
「と、いうわけでぇ、ブレット、あなたは少し出かけてらっしゃいな」
「はぁ!?俺がいたらダメなのか!?」
「ダメよ!ここからはアタシとアルフちゃん、二人きりでお話しをする貴重な時間なんだからっ!!」
しっしっとブレットを追い出すようにイアンが手を振る。
そして渋々といった様子でブレットが立ち上がり、店の扉の前まで行ったかと思うと、くるっと後ろを振り向いた。
「イアンさん、アルフと話すのはいいけど、あんま変なこと吹き込むなよ!特に昔のこととかな!」
「分かってるわよ〜。大丈夫、変なことは言わないから!」
「あと!俺はしばらく経ったら戻ってくるから、それまでには話終わらせとけよ!」
そう言い放つと、ブレットはそそくさと出ていってしまった。
「まったく、かわいくない子ねぇ」
「イアンさん、ブレットを追い出してしまって良かったのですか?」
「あぁ、いいのよ!あたし、あなたと二人きりでお話したかったし、それに一一」
イアンは軽く屈むと、目の前の机へと頬杖をつきぱちんと片目をつぶる。
「あの子がいたら話しにくいこともあるでしょう?」
「!!」
(……ブレットには、今日私達がこの街に来た目的を教えていないわ)
そういえばここへ来る前に、エルヴィスたちとイアンが何か話していたと言っていた。
もしかしたら、そのことを踏まえて二人が上手いように話してくれたのかもしれない。
ありがとうございます、とイアンとここにはいないエルヴィスたちへと感謝を伝える。
「ではイアンさん、これから聞くことで可能な範囲で教えて頂きたく」
「えぇ、もちろんいいわよ。あたしが知っている限りのことを教えるわ」
「ではまず一一」
***
「んー、あたしが知ってるのはそのくらいね」
「なるほど。イアンさん、ご協力ありがとうございました」
「いーえ」
ふと外を見ると、少しずつ空が茜色になってきていた。
だいぶ話し込んでしまった、とアイリスが思っていると、カランっとドアの鐘の音が響いた。
「あっ…!」
音のするほうを見てみると、そこにはブレットと険しい顔をしたエルヴィス、そして何処か満足気な雰囲気を纏ったニコラスがいた。
「おーい、話終わったかー?」
「アルフ〜、やっほー」
「ブレット!それに先輩方も!!すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いや、それについては何も問題はない。この時間帯なら日付が変わる前には王都に戻れる」
「そうですか、それならよかったのですが…」
そっ、とニコラスへ視線を向ける。そこにいるニコラスは、普段よりかなり上機嫌に見えた。
(ニコラス先輩がああなるなんて。いったい何が一一)
そう考えていたアイリスは、日中はなかった短剣がニコラスの腰に巻かれているのに気が付く。
それに気付いた瞬間、ばっ!とエルヴィスへと視線を戻し言う。
「なにがあったかは……、」
「想像通りだろうから、聞くな……」
「…はい」
「あぁ、あと今日の報告はまた後日、副団長も交えてやるから、承知しといてくれ…」
「分かりました」
その後アイリスたちはイアンへお礼とまた来ることを伝え、ウォーラムをあとにした。
そして四人が王都の騎士団へと到着したのは、結局日付が変わってからだった。