13.伝わる噂
あの後アイリスはエルヴィスの元から戻ってきたセシルと、そんな二人に声を掛けてきた三人の騎士たちと共に自主練をしていた。
自分より遥かに強い人とたくさん手合わせできるという状況に、アイリスはとてもわくわくしていた。
そんなアイリスを見て、今手合わせしている騎士が楽しそうに言う。
「お前、本当に楽しそうに剣を振るなぁ!!俺はそういう奴が好きなんだ!!」
「ふっ…!お褒め頂き、ありがとう、ございますっ!!」
「そんな遠慮することじゃないっ!もっと自分に自信を持って、打ち込んでこい!!」
相手の力強い攻撃が何回も続く。それに押し負けないように、しっかり踏ん張りながらも剣を振る。しかし、それを崩してくるかのように上から斬り下ろされる。
「くっ……!」
「アルフ、お前の小柄さと身軽さをもっと活かさないと、勝てないぞ…!」
なんとか頭上で一撃を受け止めたものの、やはり力では敵わない。そう思い剣先を翻そうとした時、パンパンと手を叩く音が鳴る。
「はいはーい、そこまでだよ。しゅーりょー」
「レスター、お前のその馬鹿力だとアルフが潰れてしまう」
「二人とも凄かったよ!!」
二人の手合わせを見ていた三人が、ぞろぞろと近寄ってくる。
「ニコラス先輩!パトリック先輩!セシル先輩も!」
「うん。初日でよく頑張ったねー、アルフ。とりあえず、きゅーけいだよ〜」
のんびりとした口調でニコラスが言う。アイリスは服の袖で軽く汗を拭うと、手合わせの相手であるレスターの方を向く。
「レスター先輩、手合わせありがとうございました!!」
「うん?なに、気にするな!後輩を手助けするのは、先輩の役目だからな!!」
ニカッと歯を見せてレスターが笑う。そして幼子を相手にするかのように、ガシガシと頭を撫でられる。
「ちょっ、ちょっと、先輩……!!僕は子供ではないですよ…!!!」
「あっはは!なぁに、俺からすればお前は十分子供だ!」
「こーら!レスター、アルフが困ってるよ〜」
「なっ、なんて羨ましぃ…!!ではなくて!おいレスター、いい加減にしておけ」
「あわわっ!!ちょっと二人とも!落ち着いてっ!!」
アイリスはいつの間にかこの四人に囲まれ、身動きが取れなくなっていた。どうにかして抜け出そうとしても、鍛え上げられた体躯の間を抜けることは難しかった。
諦めたアイリスを他所に、暫くの間このやり取りが訓練場の隅の方で行われていたのだった。
***
「えぇっ!?じゃあお前、たった数ヶ月でここに来たのか!?」
「俺も腕が良い者がいて、そいつが今日からこの隊に来るしか聞いてなかったから、驚いたな」
「あはは……」
アイリスはつい苦笑いになるものの、ルイスがどんな説明をしていたのか気になってしまう。
そんなことを考えていると、パトリックがふと思い出したように言う。
「一一そういえばあの噂は聞いたか?副団長が、ついに婚約したそうだぞ」
「!!」
いきなりそんなことを言われて、ひどく驚いてしまう。しかしその驚きは、ルイスが婚約したということにだと思われたらしく、何も言及されないまま話が進められる。
「えっ、そうなのか!?ぜんぜん知らないんだが…!!」
「へ〜そうなんだぁ。おめでたいね〜」
「本当におめでたいねっ!!きっと素敵なお方なんだろうなぁ」
ルイスの婚約のことを聞いて、三人とも色々な反応をする。そんな三人を尻目に、アイリスはパトリックに気になることを聞く。
「パトリック先輩、その噂はどこから聞いたのですか?」
「あ、あぁ。実はこの間、偶然にも市場で副団長を見かけた人がいたらしくてな。そこで横に今まで見たことのない程美しいご令嬢がいて、二人で楽しげに散策していたらしいんだ」
「…!!」
「しかも途中で男に絡まれ、震えて動けなくなってしまったらしいご令嬢を、副団長が横抱きにしてその場を去ったんだと」
「…!!!」
なんということだろうか、あの場を誰かに見られていたなど。
(で、でも、それもそうよね…!?ルイス様のことは、ほとんどの方が知っているのだから…!!)
それにしても、噂の伝わり方が早すぎではないだろうか。
たった数日の内に騎士団にも伝わっている。ということは、あの日アイリスたちを見た中に騎士もいたのだろうか等、様々な考えがぐるぐると頭の中を巡る。
そんなアイリスを他所に、パトリックたちの話はどんどん盛り上がっている。その中で、アイリスは悶々とした思考が止まらなかった。
(……だとしても、流石に早すぎよね?これはルイス様に相談した方が良いのかしら…?)
「おーい、アールフ」
「一一!」
しかしその思考は、ニコラスの声によって打ち切られる。
はっとしたアイリスは一度ニコラスの方を見た後、ふと横を見る。他の三人は相変わらず、夢中で話し込んでいるようだった。
そしてもう一度視線をニコラスへ戻してから、謝罪を口にする。
「す、すみません、ニコラス先輩。少しボーッとしてました」
「いーよいーよ。考えることも、大事」
その言葉にホッとする。すると何故だか急に、ニコラスに頭を撫でられる。
「……あの、ニコラス先輩。先程も言いましたが、僕は子供ではありませんよ?」
「んー?いーの、アルフは、この中で一番年下で、可愛い可愛い、僕達の後輩なんだから。一人じゃなくて、誰かに頼ることも、だいじ」
「!!」
よしよしといった様に、撫で続けられる。少し、いやだいぶ羞恥心が沸き起こるが、ニコラスの撫で方は不思議と兄であるグレンを思い出させる。
(……昔、よくお兄様は、こんな風に頭を撫でて下さった…。そして口癖のように、『いつでも兄様を頼れ』って言っていたわね)
そのことを思い出し、自然と微笑みが浮かぶ。そして先程よりも落ち着いたと感じたアイリスは、そっと口を開く。
「ニコラス先輩、ありがとうございます」
「ん、どーいたしまして」
アイリスの頭から手を離したニコラスが、すっと立ち上がり、話し込んでいる三人へと声を掛ける。
「さー立ってー。早く片付けして、早く帰るよー」
「むっ!もうそんな経っていたのか!?」
「気づいてたならとっとと言え、ニコラス。昔からのお前の悪い癖だぞ!」
「まぁまぁ!五人でやればすぐ終わりますよ!アルフ!早く行くぞ!!」
「は、はい!」
(一一先輩とお兄様の言う通り、私一人で悩んでいても、何も解決しないわよね…。後でルイス様に、お手紙を出してみましょう)
随分すっきりとした頭でそう考えながら、アイリスは立ち上がり、四人の後を追うのだった。