10.楽しさと怒り
「ルイス様っ!あそこに何やら珍しい食べ物が…!!」
「あれは隣国、フロスト王国で今流行りの果実だ」
「まぁ!フロスト王国の食べ物なのですね。一一あっ!あちらには道化師の方たちがいらっしゃいますよ!!」
あの後、なんとか落ち着きを取り戻したアイリスは、ルイスと共に市場を見て回っていた。
市場は活気に溢れ、通りすがる人々も笑顔に満ちていて、きらきらと輝いている。その様子を見たアイリスも、つられるようにわくわくと楽しい気持ちになり自然と笑顔になる。
そんなアイリスを見てルイスはふっと、目尻を下げながら言う。
「アイリス、一旦あそこのベンチに座ろう」
「は、はい!ですが、まだここに来てから半刻程しか経っていないと思うのですが……!」
「それでも、だ。そのまま来たから昼飯を食べていないだろう?だから栄養補給だ」
「……分かりました」
アイリスは逸る気持ちを抑えながら、ルイスに案内されたベンチに座る。
そしてアイリスが座ったことを確認したルイスが、立ったままアイリスの手を離した。
てっきりルイスも座るのだと思っていたアイリスは、少し驚きながらも聞く。
「あの、ルイス様は座らないのですか?」
その言葉を聞いたルイスが軽く目を見張る。
「俺は近くの屋台で食べ物を買ってくる。だから、お前はここで大人しく待っていろ」
そう言うと、ルイスにしては珍しく小走りで屋台の方へ向かっていった。
(屋台へ行くなら私も一緒に行ったのに…。なんだか申し訳ないわね)
アイリスが少しの罪悪感と闘っていると、目の前にふっと影ができる。
(一一あら?もしかしてもう戻ってきたのかしら)
ルイスが戻ってきたと思い顔をあげると、そこには三人組の見知らぬ男たちがいた。
一瞬口を開きかけるものの、すぐに口を結びにっこりと対外的な表情をつくる。すると真ん中にいた男が先に口を開いた。
「お嬢さんもしかして一人?」
「…いいえ」
「え〜、でも今一人でしょ?なら少しくらい俺らの相手してよ」
「ごめんなさない。今あなた方のお相手はできないの」
「そんな寂しいこと言わないでさ、ね?」
「それでもです。すみませんがご遠慮願います」
「そう言われると余計に気になっちゃうな〜」
全く退かない三人に、アイリスは少し困惑した。
(そろそろルイス様が戻ってきてしまうのに、どうしましょうか……)
周りを見ると他の人達もちらちらと心配そうにしているが、男たちに変に絡まれたくないのか遠巻きにこちらを見ているだけだった。
しかしこんな厄介な所をルイスに見せるわけにはいかないと思いもんもんとしていると、急に手首を掴まれる。
「おい!俺たちを無視して考え事なんてしてんなよ!」
どうやら痺れを切らした一人がアイリスの左手を掴んできたようだ。
ちらっと横目で見ると男たちは、何も言わなくなったアイリスに対して怒っているようだった。
(一一この状況ならもう大丈夫よね)
アイリスはこれから自分がすることに対しての謝罪を先に告げておくことにした。
「すみませんが、少し痛みが走ると思います」
そう言い、アイリスは立ち上がるとすぅっと目を細め浅く息を吐き出す。そして掴まれている手をねじり男の腕を掴む。
「っ!!」
男はアイリスが腕を掴んだことに驚いたようだ。
アイリスはその隙に男の肘の上部目掛け勢いよく腕を当て、右足を男の横に一歩踏み込み自分の体をくるりと反転させる。
そして当てていた腕をそのままに、上から下に押し込むように腕を落とす。
「一一ぐっ!!!」
腕を拗られた男が痛みに顔を歪め、膝をつく。
その様子を見た二人の男がたじろぐ。それを見たアイリスは男を掴んでいた手を離し、息を呑んでいる男たちの方を向き、にっこりと微笑んだまま言う。
「さて、残りのお二方はどうしますか?」
「うっ……!!」
二人の男がどう出てくるのか見ていると、コツ、コツと静かながらも何故だかその場の空気を支配するような足音が響き渡る。
アイリスはゾクリとするものの、この場を一瞬でこんな風にできるのは彼だけだと感じる。
(一一っこの気配はもしかして…!!)
そう思うのと同時に、絶対零度の冷たさを帯びた声が聞こえてくる。
「…俺がいない間にこんなに虫が付くとはな。全く、困ったものだ」
その声の主は意外と近くまで来ていたようで、アイリスがゆっくりと振り向くと手にパンのような物を持ったルイスが目の前に立っていた。
そして未だに威圧的な気配を醸し出してるルイスに、三人の男たちは完全に萎縮してしまっている。
(あぁぁ、早くこの空気を何とかしないと!一一っでも、絶対にぜーったいに……)
「おい、お前たち。俺の婚約者に手を出したこと、見逃して貰えると思うなよ」
(一一とっっても怒ってらっしゃるわ!!!)




