関東バベル-9
THが天井を突き破った。
硝子の欠片が雨と落ちた。
青白い炎が硝子を溶かした。
更に三機、ロケットの炎が突き破った。
花垣は走った、天使の手を離した。
天使は変わらず、きょとん、と、していた。
「THを止めろ!」
と、獣人がTHと白兵戦だ。
タンゴでも踊るように舞うTHの激しい足の動きのなかで、THはコクピットを解放して、アームで正確に花垣を掴んで放り込んだ。
花垣は指先を操縦の穴に入れる。
「ターゲット、ビーストマン」
THの両腕が駆動した。
「──キャン。シュート」
火薬の爆発で砲弾たちが放たれた。
短く飛翔して、空中で弾けとんだ。
弾頭からは細かなダートが現れた。
金属製の鏃が蜂の羽音を轟かせた。
数十万という鏃が肉と骨を、破壊した。
「もう安心だ。怖いワンコロは追い払った」
と、花垣は、天使にTHを寄せた。
THに膝を屈ませて、コクピットを開けた。
「お前のせいで飼い主を失ったぞ、まったく」
と、花垣は肉塊になったヤクザを見た。
「次のご主人様を探さないとな」
花垣はため息を吐いた。
「風俗に沈めるわけにもいかないしな」
諦めて、新しい覚悟を花垣は決めた。
「けっこう好きになってきたんだ」
と、花垣は天使の頰の汚れを拭った。
天使は機械の瞳をカメラレンズのように絞って、無機質に花垣の姿を写し続けていた。
「俺はけっこう、天使になりたかったからな」
花垣は、天使の手を取った。
「おや──」
乾いた、銃声。
トゥーハンドから乗り出していた。
花垣の胸を何かが背中から抜けた。
脊柱を粉砕した。
微かに何かは軌道を変えた。
花垣の心臓を消滅させた。
左右の心室も心房も引き裂いた。
肋骨が割れて、衝撃は胸骨まで響いた。
花垣の胸を吹き飛ばして骨肉を撒き散らす。
何か──銃弾がライフリングで血の渦を巻きながらトゥーハンドのコクピットを血に染め上げ、抜けていったのだ。
「──うちのを盗んだと思っていたから撃っちゃいました」
二度めの銃声。
倒れる花垣は見た。
銃弾を、天使の翼が止めていた。
宙空で止められた弾頭を、見た。
何十という目、何十という翼を。
「射撃中止、射撃中止。──衛生兵!」
花垣はトゥーハンドから落ちようとした。
だが、その九割死んだ体を、支えられた。
天使の腕が花垣をトゥーハンドに押し込めた。
「悪魔だな」
と、花垣は口を動かすことしかできなかった。
関東バベル〈終〉
「関東バベル」完結です。
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