関東バベル-8
ボコボコにされた花垣が蹴り出された。
痣と、折れた手足が明後日を向いていた。
顔は膨れ上がり、目はほとんど埋まった。
「廃工場だ。お前が喰われるのが見ものだぜ」
と、花垣を痛めつけたヤクザが言った。
車は全て、工場内で止まっていた。
ヤクザは下車していた。
錆と埃と、油の臭いだ。
「約束の男を連れてきたぞ」
と、髭爺が言った。
暗く、何も見えない。
声が反射して響いた。
何かが、通路を走った。
「狼狽えるな!」
と、髭爺はヤクザに喝を入れた。
ヤクザは手に拳銃を持っていた。
不安気に周囲へ無駄な視線を向けた。
闇の中から、“それ”は這い出てきた。
「獣人……」
と、ヤクザがこぼした。
瞬間──。
獣人と言ったヤクザが消えた。
「あ?」
数十メートル先にいた。
胸を槍に貫かれ、壁に縫い付けられていた。
あらわれたのは、毛むくじゃらの、人間だ。
五人ほどの『獣人』の手には、捻れた鉄槍。
獣人が二人、飛び出した。
ヤクザの護衛が攫われた。
悲鳴があがった。
筋肉が千切れる音。
骨が、砕かれる音。
ゴリゴリと骨が噛まれた。
内蔵に口を突き込み臓器を食らう。
ヤクザはまだ、生きていたのにだ。
「これで非礼は帳消しか?」
と、髭爺は声を張った。
一丁羅のスーツに跳ねた血だ。
「半獣よ」
と、獣人が一人、前に出てきた。
髭爺が震えていた。
「半獣よ。わかるだろう? 服を着た弟、妹にはなれぬ愚かな弟よ」
獣人の毛むくじゃらの手が、載った。
「お許しを……」
髭爺は引き裂かれた。
首を捩じ切られ、背骨と頭蓋が抜かれた。
獣人が吠えた。
「姉妹の血は、同じ血であがなわねば!」
花垣は天使の手を握った。
花垣は驚いてしまった。
天使は握り返していた。
「これはつまり、俺達、お咎めなしで解放?」
と、花垣は思ってもいないことを口にした。
獣人達から一斉に笑い声があがった。
「面白い! が、殺さねばならん」
と、心底残念そうに獣人が言った。
「えぇ……赦してよ。可愛い男と天使をペットにとか考えない?」
「魅力的だがな。天使は世界を滅ぼす」
「神代の時代なんてとっくに終わってるじゃないか。人間の時代に、天使が何をできる」
「さぁな。『そういう命令』だ」
「じゃ、俺も『そういう命令』だ」
廃工場の天井をトゥーハンドが突き破った。
ロケットモーターから火を噴きながら来た。
周囲を焼く炎が床を舐めるように広がった。
「あっち!?」
花垣はブーツを跳ねさせた。
獣人らも毛を焼かれて飛び散った。
「整備不良だなんだならてめぇでやるし、臆病もんはいつだって手元にコントローラー持ってんだ!」
花垣の手には、髭爺の首と杖だ。
THのオーバーライドの権限があった。
叛逆者のTHを殺す為のセーフティだ。