最終話「流行りの人偶」
チャンの焼肉屋のおすすめはホルモン。
つまりは内臓、ハラワタの壺漬けだ。
「チャン〜、翅用の紙エプロンない〜?」
「あるわけないだろ、馬鹿」
と、チャンは獣人用の大きな紙エプロンを何枚も出してきた。人間が前掛けにするには、ワンピースのスカートか、人間ドックの検診衣だ。
天子の翅に二人かかりでマスキングする。
無いよりはマシだ
「おすすめしないアルよ」
チャンはコールスロー用のキャベツを刻みながら言う。ダン、ダン、ダン、重い包丁がリズミカルに叩きつけられる音は、どこか銃声のようだ。
花垣は気を抜いて、聞いていた。
「違法風俗で、獣人の死体兵器が稼働していたんだ。スマートコクーンは、でどころのカルテルを知りたがってる」
「技術と度胸があるのはここらじゃ一つしかないアルよ。だから、おすすめしないアル」
「シスタームーンだろ。知ってるよ。前に、元上司が喰われた。挨拶はまだだが」
「噂じゃ、天使を探しているそうアル」
「天子には頑張って話し合いの席を作ってもらうほかないか。スマートコクーンも無茶を言ってくれる。機動部隊とかつかないものなのか? スマートコクーン自慢の資産回収部門みたいな」
関東バベルタワーは未完成だ。
昭和バブル景気の時代にも予算を大量にむさぼりすぎた怪物を、平成になってからも食わせ続けることは不可能だった。
宇宙を目指した最上層は永遠に届かない夢と消えて、事実上の最上層は吹き抜けとなり、万年、凍えるような寒さの風が吹き込み凍りついた世界となっていた。
関東バベル塔内でも、僻地の環境だ。
獣人達の根城でもある。
分厚い毛皮を着た連中は、一斗缶やドラム缶に燃料を入れて、物陰で燃やしながら、眠るときは互いと密着して温めあい、『氷河時代』を乗り越えているのだ。
──と言う話を花垣は、天子に話していた。
「悪魔だ」
シスタームーンの、修道士のような服を着た獣人、バンデッタは包帯の巻かれた、まるで外を見ないように眼球を隠した目で、語った。
握っている小動物の骨を、凍っているドラム缶の上で転がした。なんらかの占いか。
「それは影の中へ潜み、闇から闇へと移る。誰にも殺すことなどできはしない」
「バンデッタ。御高説もけっこうだが、俺は召喚の死体兵器について知りたい。獣人は天使を恐れる。そして、人間を使って天使への矢面にする。アンデッド兵器なんて、グールか獣人だ」
「我々ではない」
バンデッタは細く、鋭く研がれた指であり、爪を、花垣に伸ばした。服など関係なく、バンデッタは花垣の肉を、濡れた紙を裂くかのように、腹におさめているべきものを引き摺り出せるだろう。
「天使にかまうな」
「注告か? バンデッタは優しいな」
「ここは元々は教会だ。シスターだとでも思えばいい。悪魔のペットだと自覚させるのも趣味の範疇だろうさ」
「天使が、悪魔か」
「顔の傷はどうした? 銃弾だな。知っているぞ。天使が撃っただろう? 天使は、兵器だからな」
「詳しくなくてね。怖さを知らない」
「好きに物を作りあげるて話さ。無から銃を作る。昔、ゲームをしたことは? ゲームでは弾が無限に撃てるものが多い。同じことが天使にはできる」
「天使の形をした弾薬工場か。無料で、あのサイズなら俺も欲しくなる」
「すでに手に入れたではないか。そう、便利すぎる。バベルの秩序をあまりにも見だしてしまうほどにな」
「秩序を尊重するのか、犯罪者の、お尋ね者で、アンタッチャブルなビーストマンが」
「ふっ……『当たり前』だろうに」
「確かに。じゃ、天使を封印する。少なくとも俺が管理する間は、俺に天使をくれないか? 生かしてくれと言っているんだぞ?」
「関わる必要があるのか。天使は人外だぞ」
「羽根にキスをする程度は好きでね」
「お前は、私と同じ失ったものだ。気持ちはわかるとも。だがそれは、代替にすぎぬと自覚することだ。どれほど代わりを持っていても、飢えが満たされることはない。受け入れるしかないのだぞ」
「……わかってるよ、シスター」
「我が子だ。一つは、願いを叶えよう。ファミリーにも言っておく。手をだすな、と」
「助かる」
「アンタッチャブルには触れたくない」
「トゥーハンドが三機程度で、バベルの治安は崩れないよ。心配性なんだ、殺してみればいい」
「風俗店を売ったのはシスタームーンだ。トゥーハンドに対抗できる違法改造のサイボーグを作ってね。秩序を乱したから、良い手駒だった捨てた」
「容赦がない」
「それほど、死なれると困るわけだ。装甲車もない戦力で、トゥーハンドは強力だ。バベルへ搬入される運輸の利権を切り離しても、管理できる悪党がいてほしい。仲間ではなくともな」
「秩序があるか」
「実際、今はマシさ」
「誓おう。天使に、ヤボはさせない」
「そう願うよ。我々は南米でも、天使たちとやりあってきたのだからな」
シスター・バンデッタが毛深い指を伸ばす。
「お喋りは終わりだ。もう行け」
シスター服の獣人たちが迎えにきた。
「バンデッタ。また、会いに来ても?」
「好きにしろ。今度は、連中を連れてくるな」
外ではスマートコクーンの戦闘員とシスタームーンの構成員が完全武装でお互いに壁を作っていた。どちらも、さっさと帰れ、と、花垣に対して目で語っていた。
「やー、面目ない、申し訳ない」
指にかき分けながら、人垣を渡った。
「組織もシスタームーンも、天使には干渉しない。喧嘩はしたくないからな。仕事に引き入れて、火遊びがすぎると上層部に怒られた。おかげでどぎつい小言を受けたぞ、お前のせいだ」
スマートコクーンの戦闘服と銃火器で武装したデウスが、花垣の肩を小突いた。
「天使はスマートコクーンが建造したんだろ? 自業自得みたいなもんだ」
「未完成だがな」
「未完成?」
「コピーだよ。機械の天使がいるものか」
「呆れた……じゃ、もしかして……」
「コストは掛かったが、天使一匹で、スマートコクーンとシスタームーンの間の邪魔を始末して、天使を挟んで事実上の不可侵だ。バベルの治安は少し上向きになる。仕事がはかどる」
「シスタームーンと同じ、欲しいもの、か」
秩序ね、と、花垣は上を向いた。
「お前のものだ。好きにすればいいが、一応聞いておきたい。どうするんだ?」
影が落ちた。
大きな、鳥だ。
天使が翅を広げていた。
そして、花垣の上半身に全力でダイブ。
花垣はくるりと反動に負けるも受け止めた。
「わからない。ただ、決めてたことがある」
花垣は天使の翅にキスをした。
〈了〉




