関東バベル-2
花垣はレストランにいた。
朝鮮人肉屋の小汚い店だ。
ホルモン……バケツの中にぞんざいに詰め込まれたハラワタを、金網で焼いていく。
煙ったい店内で花垣はむせた。
「チャンコロ。日本のバブルが弾けてから、俺らの世代て何が残ったんだ?」
「知らないあるよ」
と、店長のチャンがエセ中国訛りで言った。
「俺もわからなぇな……」
チャンが呆れてように炒飯を焼いた。
コンクリートミキサーじみた調理機械に── 斜めにした円筒をぐるぐる回す──飯をぶちこんだ。
「ヤクザに関わらないほうがいいよ」
と、チャンが分厚い包丁を振るう。
まな板の上で太腿が叩き切られた。
「中国マフィアの小間使いが言うことかよ」
「マフィアという言葉は──」
「──イタリア だろ。じゃ、中国ギャング」
「……何にせよろくでもない連中あるよ」
「俺は背広を着てスマートを心掛けるよ」
花垣は、バケツからホルモンを引き出した。
トングで挟んだ腸は長々と伸びた。
臭い消しのタレがボタボタと垂れた。
少し錆びたハサミで雑に切り分けた。
金網に捨てるようにのせていく。
「タレが焦げてるぞ。煙がよくない」
と、花垣は言うが気にせず焼いた。
「焼き肉は埃のない肉が一番だ」
「腐ってないあるよ」
重苦しい音が窓の外から響いた。
窓ガラスを僅かに揺らしていた。
「抗争かな?」
と、花垣は焼けた肉から噛みちぎる。
「近いある。今日は店じまいあるね」
と、チャンは雨戸を下ろした。
テレビリモコンを窓に向けた。
装甲のシャッターが降りていく。
「おい、暗いぞ。寄生虫がいてもわからん」
「失礼な。あいやー交換するの忘れてたある」
と、チャンが電灯の交換を始めた。
ぱらぱらと埃が落ちてきた。
ホルモンにも埃がかぶった。
「おい」
「ところで、ゲームやりすぎあるよ」
「筐体のだろ。ロボットが面白いんだ」
「シーズンパスまで買って異常ある」
「チャンもオタクは犯罪者予備群て考えかい」
「みんな犯罪者みたいなもんあるよ」
「たしかにな」
──ドンッ。
外で爆発音。
「近いな。けっこう揺れた」
「たぶん、麻薬絡みある」
「情報でもあったのか」
「組長だかボスが始末されたとか」
「跡目争いか。しょうもない」
「しかもそれ、どうも警察の特殊作戦あるが、内紛してる組織は気づいていて、後継者争いをしているある」
「バカかよ……」
「花垣も天使様に気をつけるあるよ」
「どっから出てきたんだ、天使てのは」
「悪党を次々殺してる悪魔ある」
「矛盾してるだろ。警察の暗殺者の隠語か」
「ゲームセンター張られてるかもある」
「パターンにしないよう努力するよ」
と、花垣は金をカウンター台に置いた。
花垣は背嚢を負い肉屋を出ようとしていた。
「獣人には気をつけるあるよ」
「バベルなこった」
「そんなのいつものことある」
と、チャンは小銭を数えた。
「ツケにしておくあるよ」
花垣は苦い笑顔でドアを開けた。