第8話「命のリサイクルに必要なもの」
「……遅いなぁ」
と、フライがあくびした。
花垣は天子の羽根の毛繕いだ。
天使は一対の翼を広げて見せる。
「遅すぎる」
と、デウスは懐から拳銃を抜いた。
タウルス社製レイジングブル・リボルバー。
「大砲なんてしまえよ、危ないなぁ」
と、花垣は指摘したが、
「勘違いしているようだが、お前とは友達じゃない。気安くするな。……様子がおかしすぎる。少し強引に探ろう」
その時──。
エレベーターが降りてきた。
人が集まる一階のホールへ。
「……」
点灯する数字がどんどん小さくなる。
デウスがレイジングブルを握りなおす。
フライが両手にC96をかまえた。
「わくわくだね。生きてる心臓のタンゴだ」
と、フライが言って、デウスが小突いた。
花垣は手元に銃など持っていない。
──チン。
鈴を叩いたような音。
エレベーターの到着。
ドアがスライドした。
同時に、天子が翅で花垣を引っ掛ける。
「おわっ」
天子の翅でくるりと、花垣は攫われる。
エレベーターが開く。
出てきたのは鉄板をぶら下げた『死体』だ。腰だめで、AGS-17オートグレネードランチャーをぶら下げている!
「やべぇぞ!!」
拳銃で敵う相手ではない。
デウスとフライは一目散に逃げた。
死体が、グレネードをばら撒いた。
自動化された連射で、グレネードが次々と放たれては、ホールの中で爆発、破片をばら撒いた。
ホールのあらゆる物が破壊された。
鉄の暴風が吹き荒れた。
「柱に隠れるな! 破片でやられる!」
デウスが反撃にレイジングブルを撃つ。
乱射した一発が当たるが、装甲に弾かれた。
フライがアキンボで撃ったC96も同じだ。
「トゥーハンド」
トゥーハンドが二階の窓を破壊した。
一階からは天井、二階からは床がどすどすと激しい足音を立てていた。
瞬間──。
「インファントリー、シュート」
グレネードをばら撒いていた死体は、天井から垂直に飛び出した機関砲弾に、体を覆う装甲ごと破壊された。
二階の底が抜けた。
トゥーハンドが落ちて、起きあがろうとする死体を、金属の靴が踏み潰した。くぐもった爆発音が響いた。
──ドスンッ。
ドアが倒れた。
破壊されて、蝶番が捻じ曲がり抜けた。
鉄製のドアはノブを飴細工のように変形させられながら──
「危ねぇ!」
──投擲された。
壁に突き刺さり、小綺麗な壁紙を引き裂き、石膏を破壊して断熱材の袋を破っていた。
パラパラ、破片や埃が広がって。
「お次がなんだ?」
次々と到着するエレベーターから出てきたアンデッド兵器と交戦している中で、新手だ。
エレベーターではない。
「獣人の、サイボーグ?」
埃の舞うなかで、ホモサピエンスではない影が動いた。獣人のノーズと曲がった背筋、巨体の肉、鋭い爪……だが、頭は金属球状のものが露出していて、右の眼球は引き伸ばされた皮をホチキスで覆っていた。
両腕が蟹のハサミのようなカッターに交換されていた。中央に回転機構があり、くるりと刃を回しては、身もすくむ音が静かに響く。
「なんだ?」
天子が花垣の手を引いた。
天子を見て花垣の顔色が変わる。
「生身じゃ無理だ!」
花垣は飛び出した。
トゥーハンドが駆け抜ける。
頭を天井に擦り火華を散らす。
トゥーハンドの伸ばした手が、花垣を掴んでコクピットへ押し込む。装甲のハッチを閉めながら、花垣は足で体をシートに押し付けながら安全ベルトを締めた。
トゥーハンドはとっくに走っていた。
獣人ゾンビが遮蔽物ごとフライを狙う。
コンクリートと鉄筋の丸い柱だ。
獣人ゾンビの腕に移植されたカッターは、コンクリートへ、鉄筋へ、半分を過ぎていた。
刃の端が、柱を抜ける。
フライの目の前に出る。
「させるか」
ハッチが閉まる。シートベルト確認。
トゥーハンドが獣人ゾンビの腰に組み付く。
タックルではねられた獣人ゾンビの腕、カッターは柱に挟まれ、根本から折れた。
花垣はスーツのポケットからハンカチを取った。鼻と口を覆うのは、今、流行しているアニメの、携帯怪獣で電気鼠の印刷だ。
「キャラのハンカチなんてもってるのか」
「あっ、可愛い。似合わないけど」
「ほっとけ!」
と、花垣が声を少しだけ威嚇する狼のように張った。電気鼠のハンカチを見た天子は、指差してどこか嬉しそうにしている。
「死体兵器か。活性死体?」
継ぎ接ぎのフランケンシュタインモンスター。
「……何十人もの死体を素材に使った、合成死体型アンデッドだね」
と、フライは合成型と呼んだアンデッドの無数の腕の一本を軽く持ち上げた。傷だらけの肌、流れる血はとっくに固まっていて、溶け残りの多いクリームシチューだ。
「娼館の名前てなんだっけ?」
フライが口にハンカチを当てながら訊く。
「セブンガールズ」
デウスが死体を調べながら答えた。
「スマートコクーンの、メイデンシーシャバー系列で、下界に突っつかれる要素、外から大量に仕入れていることが発覚した」
「たれこみは、シスタームーンの獣人だったよね。マッチポンプとかありえる? シスタームーンがセブンガールズと繋がって、セブンガールズを切り捨てた。スマートコクーンにケジメをする為と考えてたけど……」
「殺せる準備はしていた」
「改造死体はトゥーハンド並みだった。生身でも、重火器を使うとは思えないのに。何に備えた?」
「天使?」
「それにしたって大砲すぎる」
「たれこみて、誰?」
「シスタームーン」
「正確には?」
「本社でも秘密だ」
花垣は、セブンガールズの従業員たちが店の外に出て行く姿を見ていた。
純粋なヒトだけではない。
「獣人もいたのか」
狼人。
狐人。
狸人。
──鼠人が、見ていた。
デウスが誰かを引いてきた。
かっぷくの良い女だ。
酷い若作りだが、五〇歳くらい。
「店のオーナーだ」
と、デウスは言った。
「始める?」
と、フライが道具袋をテーブルに広げた。
金属製のニードル。
コンパクトなハンマー。
小さな糸鋸。
「げっ!?」
花垣は後ずさる。
「ネイルや整形は苦手だ」
「なんでもしゃべる!」
幸か不幸か。
オーナーの口は軽かった。
膝をついて、懇願してまわる。
最初はデウスの膝へすがりついた。
次には、フライの足にもだ。
銃口を突きつけられ、今は花垣の足にいた。
「天子の足にいたほうが良いぞ」
「あんな『悪魔』に!」
「悪魔?」
オーナーは天子を睨んでいた。
天子は一人で屈んで死体を突いていた。
白い翅だが血に汚れているようではない。
「誰からそんな悪魔だと聞いた」
「隠しても仕方がない。もう、痛めつけられるのは嫌だ。獣人どもだ。半信半疑だった。天使降臨など。だが今は、実物の天使が現れた。『シスタームーン』の預言者は真実だったということなのよ」
「おい」
花垣は、オーナーの顔をあげさせた。
「医者を。眼球が溶けかけてる。薬物を?」
花垣は、デウスに疑いと冷たい視線を送る。
「何もしていない!」
グラスの中の氷を転がして遊ぶ。
注いでいた蜂蜜酒はとっくに干していた。
ボトルにはまだ、とびっきり甘いのが半分。
しかし、花垣は飲み干したグラスに注がず、ぼんやりと、精巧にカッティングされている安物のグラスを、濁って見えない川底からエビでも探すように見つめている。
「天子ー」
ふと、花垣は、天子を呼んでみた。
すっかりペシャンコの煎餅布団の上で遊んでいた天子が、子犬のように、呼びかけに頭を持ち上げた。
天子が尻を持ち上げた。
足を曲げて、背骨が緩やかカーブ。
頭を低くして機会をはかっていた。
「待て! 子犬みたいに跳ねるなよ!」
すると、天子はこてんと布団に倒れた。
完全に興味を無くしてしまったようだ。
「退屈していたか」
花垣は適当にオモチャを探した。
出てきたのは、カスタムのM1ライフルだ。
ボックスマガジンにピカティニーレール、木製のストックなどを樹脂系に変えている。
大戦中に使われていたようなセミオートライフルの薬室に、弾が入っていないことを花垣は確認した。
「銃が好きな天使も、変な話だ」
花垣はござをかいた。
組んだ足を組み直した。
天子のガチャガチャを見守った。
──DOM!
M1からライフルの弾頭が空気を切り裂く。
螺旋に、渦を巻きながら風をかいていた。
弾は花垣の頰を少し深く貪り壁にめり込む。
薬室からありえない筈の薬莢が薄い煙をくゆらせながら、甲高い音をたてて床に落ちた。




