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短編・中編集(ジャンルいろいろ)

パパは大量殺人犯

「お前の父さん、人殺し!」


 クラスメートの悪ガキ男子たちが、私を指さしながら言う。


 頭の悪さが顔ににじみ出たような連中。

 どいつもこいつも人間偏差値が最低ランクの奴らだ。


 私はランドセルから持ってきた小説を取り出し、自分の席に座って読み始める。

 本の世界に没頭すれば周囲の雑音も気にならない。


「今回も大量に殺したよなぁ!

 なんであんな残酷なことができるの⁉

 お前のお父さん、頭おかしいの?」


 グループの中でも特に頭が悪くて顔も悪い田中が、小説を読む私の顔を覗き込みながら言う。


 無視、無視。

 こんなやつ絶対、無視。


 反応したら負けなんだから。


「それがお仕事なんだから仕方ないじゃん」


 友達の女の子がかばってくれた。


 でも、仕方なくないんだよね。

 お父さんは殺したくて殺したんだから。


「あれ、絶対楽しんでやってるだろ。

 俺のお父さんもそう言ってたぞ」

「あんたのうち、貧乏だから嫉妬してるんでしょ。

 子供も親も揃って頭悪そうだもんねーw」

「ハァ⁉ てめぇ、なんて言った⁉」


 友達と田中とで取っ組み合いの喧嘩が始まる。

 私が原因なので黙って見ているわけにもいかず、慌てて止めに入る。


「こらー! お前ら、なにやってんだ!」


 先生が教室に入って来た。

 二人は喧嘩を止めて自分の席へ。


「まったく、少しでも目を離すとすぐこれだ。

 もうすぐ授業参観だが、課題の作文は進んでるかー?

 提出日まであと少しだからなー」


 先生の言葉で思い出す。


 授業参観では家族について書いた作文を発表するのだ。

 しかもみんなが見ている前で。


 まだ先のことだが今から気が重い。

 自分の親が学校へ来ると思うと、特に。



 ◆ ◇ ◇ ◇ ◇



「はぁ……」


 私は一人、公園の遊具の中でため息をつく。

 よくアニメやドラマとかで出てくる、ドーム型の遊具だ。


 夕焼けの明かりが差し込むほの暗い空間で地べたに座りこみ、ぼんやりと壁を眺めている。

 一人ぼっちでいると落ち着くのだ。


『お前のお父さん、人殺し!』


 田中たちの声が脳内でリフレインする。

 何度も言われていることだけど、やっぱりなれないな。


 遠くでカラスの鳴き声がする。

 鳥になってどこか遠くへ飛んでいきたい。

 そんな気分だ。


「おい、こんなところで何してるんだよ?」


 不意に話しかけられて顔を上げる。

 遊具の穴から一人の男の子が覗き込んでいるのが見えた。


 クラスメイトのスグル君だ。

 学校で一番足が速くてカッコよくて有名な。


「別に、なんでもないよ」

「お父さんのことで悩んでるの?」

「違う……」


 そう言ってそっぽを向く私。


 でも、本当はちょっと嬉しいの。

 気遣ってもらえても素直に喜べない自分がいる。


「俺、お前のお父さん尊敬してるぜ」


 スグル君は遊具の中へ入って来て、私の隣に座って言う。


「え? うそ。なんで?」


 彼の言葉が信じられなかった。

 お父さんを尊敬してくれる人が存在するなんて、嘘みたいな話だ。


「ネットとか見てない?

 お前のお父さんの信者が大勢いるんだぜ」

「うそだぁ」

「嘘じゃねーよ。

 今お前のお父さんの話題で持ちきりだぞ。

 すげー殺し方するって」

「ああ……そう……」


 確かに、そういう形での話題なら納得がいく。

 父の殺し方は毎回、凝っているのだ。


「俺も将来、お前のお父さんみたいになりたいんだ」

「へぇ……そうなんだ」

「信じてくれないのかよ?」

「別に……」


 彼の言葉を聞いても、別に不思議ではなかった。

 誰だって有名人になりたいって思うだろう。


「夢があるって素敵だろ?」

「それ、自分で言っちゃうんだ」

「ああ……本気の夢だからな」

「そっか」


 彼にも叶えたい将来の夢があるのだ。

 私にはまだ、なにもないけど。


「厳しい道だと思うけど、頑張ってね」

「応援よろしくな!」


 隣で屈託のない無邪気な笑みを浮かべるスグル君。

 ちょっとだけ彼のことを可愛いと思ってしまった。



 ◇ ◆ ◇ ◇ ◇



 少し前。

 一度だけ父の部屋に入ったことがある。


 そこには沢山の『資料』が置いてあった。


 肌がはがされ、むき出しの人体が書かれた本。

 顔がないのっぺらぼうの人形。

 腕や足の模型。


 怖くなってすぐに飛び出し、母に泣きつく。


 二度とあんな部屋に入りたくないと思った。

 父が普段から何をしているのか、想像したくもない。


 母はそんな私をなぐさめて、お仕事なんだから仕方ないでしょうって言う。


 でも……どうしても受け入れられない。


 どうしてそこまでするのだろう。

 たとえ私が大人になっても受け入れられるとは思えなかった。


 お父さんがしていることを理解できない。



 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ 



「私、授業参観の日、お休みしたいな」


 夕食の後、ぽつりと母に愚痴をこぼす。


 父は仕事に出かけていて帰ってこない。

 場合によっては数日、家を空けることもざらにあるのだ。


「どうして?」

「だって……お父さんのことなんて書けないし。

 お母さんの作文書こうって思ったんだけど……

 そしたら『逃げた』って言われそうで」


 別に母のことを書くのが恥ずかしいわけではない。

 でも……父のことを書かなかったら、絶対に皆から何か言われる。


 担任からも遠回しに父のことを作文に書くよう勧められた。


 書かなかったらみんなから『なんで?』って思われることは間違いないだろう。


「そっか……」


 お母さんは少しだけさみしそうな顔をする。

 胸の奥がちょっぴり痛い。


「あのね、ちょっとだけ待っててね」

「……え?」


 お母さんは私を残して、父の部屋へと向かった。

 いったい何をする気だろうとドキドキして待っていると、一冊の本を持って戻って来た。


「これ、読んでみて」

「え? これって……」

「お父さんね、本当は人を殺したいなんて思ってないの。

 お仕事だから仕方なくしているだけなんだよ。

 これを読んでみれば分かると思う」


 そう言って母が差し出してきた一冊の本。

 私は恐る恐る手に取って、読んでみる。


「もしかしてこれって……」

「うん、そうだよ」

「そっかぁ」


 その本を読んで、私は母が何を言いたいのか、だいたい理解した。

 そして……。


「作文、頑張ってみるね。

 お父さんのことを書いてみようと思う」

「大丈夫? 無理してない?」

「ううん、大丈夫」


 そう答えたものの、自信はなかった。



 ◇ ◇ ◇ ◆ ◇



 授業参観当日。

 みんなの親がずらっと並んでいる。


 そんな中で一人一人作文の発表をしていくのだ。

 緊張感が半端ない。


「私のお父さんは建築業を営んでいます。

 今日も一生懸命、みんなのために働いています」


 私の友達が父親についての作文の発表を始めた。

 次は私の番だ……はぁ、どうしよう。


 実はまだ、私の親は来ていない。

 多分、お母さんが来ると思うのだけど……。


「私は一生懸命働くお父さんが大好きです。

 いつもありがとう!」

『パチパチパチパチ!』


 友達の発表が終わった。

 ついに私の番が回って来た。



 がらっ。



 教室の扉が開く。

 現れたのは……お父さんだった。



 ざわっ。



 クラスがざわめきたつ。


「あれって……」

「もしかして本物?」

「初めて見た」

「すごい」


 ひそひそとした声があちこちから聞こえる。

 明らかに教室の雰囲気が変わったのが分かる。


「すっ、すみませんね、遅れてしまって」


 へこへこと頭を下げながら、保護者の中に加わるお父さん。


 よれよれのスーツに曲がったネクタイ。

 ベルトと靴の色も揃っていない。

 普段から着慣れていないのがバレバレである。


「つっ……次は斎藤の番だな、発表してくれ」


 担任もお父さんの登場に緊張しているようだ。

 やっぱり有名人が授業参観に来たら、普段通りにはいかないのかな。


「……はい」


 私はゆっくりと立ち上がって、用紙を両手で持つ。

 緊張しているのか両手が震えていた。


 深呼吸をして心を落ち着けてから、発表を始めた。















『私のお父さんは漫画家をしています。

 いくつもアニメ化して、取材を受けるくらい有名人です。

 そんなお父さんの漫画では、沢山の人が死にます』


『毎週のように大勢の人が死ぬので、

 ちまたでは大量殺人犯なんて言われたりもします。

 クラスではそのことをからかわれたりもします』


『印税で大儲け。お気楽な商売。

 そんな風に言われることもありますけど、違います。

 お父さんはとっても努力しています』


『人の身体の構造を知るために沢山の資料を用意して、

 日々スキルアップに努めています。

 締め切り前は連日職場に泊まり込んで、

 アシスタントの人たちと一緒に原稿を仕上げています』


『そんなお父さんですが、家族との時間を大切にしています。

 食事はできるだけ家に帰って一緒に取るようにしているし、

 私の誕生日には必ず予定を開けてお祝いしてくれます。

 結婚記念日にはお母さんにお花をプレゼントしています』


『今でこそ、売れっ子の作家になったお父さんですが、

 昔は苦労したみたいです』


『この前、過去の作品をお母さんに読ませてもらいました。

 かわいいキャラクターが沢山出てくる楽しいお話でした。

 でも世間では受けが悪かったようで、

 あえなく打ち切りになってしまったそうです』


『私は父が今書いている作品はあまり好きではありません。

 人が沢山死ぬお話は読んでいて暗い気持ちになります。

 でも……』




「でも……」


 言葉が出て来ない。

 何かがこみあげてくる。


 あと少しなのに。

 ほんの数行なのに。

 言葉が紡げない。


「がんばれ」


 スグル君が小声で励ましてくれた。


「あと少しだよ」


 お友達が応援してくれた。


「気合で乗り切れ」


 あの、田中まで。


「…………」


 先生は小さく頷いて、最後の一言を待っている。


 私は――




『私は大好きなことを我慢してでも、

 夢を追いかけるお父さんをカッコいいと思います』


『もし、お父さんが年をとっても漫画家を続けていたら、

 以前に描いていた楽しいお話の続きを読ませて欲しいと思います。

 私はお父さんの夢が詰まったその作品が大好きです』


『ありがとうございました』




 発表が終わって一礼すると、教室中から拍手が沸き起こった。

 やり切った感でいっぱいになって、倒れるように椅子へ座りこむ。


 ふと、後ろを振り返ってお父さんの様子を伺う。


 ハンカチを目元に当てて俯いたまま、顔を上げようとしない。

 まっかに染まったお父さんの顔を見ていると、とっても恥ずかしくなって、すぐに前を向いてしまう。


 これで本当に良かったのだろうか?



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◆



「また沢山殺したみたいだぞー!」


 田中がお父さんの作品が掲載されている雑誌をみんなに見せびらかしている。

 といっても、紙の冊子ではなくタブレットだけど。


 どうやら田中はお小遣いで定期購読しているらしい。


「なぁ、この次はどうなるんだよ?」

「私も教えてもらってないから分からないよ」

「嘘だろ、教えろよ」

「知らないものは知らないの」


 田中はしつこく聞いて来るが、本当に教えてもらっていないので、答えようがない。


「なぁ、この前読ませた俺の作品どうだった?」

「いまいちだった」

「そんなぁ……」


 スグル君は私に自分が描いた作品を読ませてくる。

 あんまり絵はうまくないけど、才能はあると思う。


 お父さんほどじゃないけどね。


「ねぇ、やっぱり将来は漫画家になるの?」

「ううん……どうだろうね」


 友達に聞かれて、自分の将来について考えてみる。


 なりたい職業は今のところない。

 特別に漫画家にあこがれているわけではない。


 私の将来は真っ白なホワイトキャンパス。

 まだ何も描かれていないのだ。


 これから少しずつ色と線を足していって、自分だけの物語を描こう。


 そして、私のお母さんとお父さんのように、自分の子供から尊敬されるような、立派な大人になりたいと思う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] パパの正体はクリエイター系かなぁと思っていたらやっぱりという感じでしたね! ラノベ系の小説家?と思っていたらいい意味で予想を裏切られましたがw [一言] 方向性は違いますが、今だと「メ〇…
[良い点] 面白かったです!! 実は、けっこう早い段階でオチは読めてたのですが(『漫画家』までは読めませんでしたが)、それでもどんなふうにお話しが展開するのかワクワクして、先へ先へと楽しく読ませていた…
[良い点] いい話でした! 現実の子を持つ漫画家の方々もこのような苦悩を抱えているのかも…と思いました。 (実際に子がある程度の年齢になるまで自分が漫画家だと明かさなかったケースもあるようです) しか…
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