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頭痛とストレス

「はぁ、疲れた。」


世間でいうブラック会社に勤めて早3年。25歳男性のサラリーマンは今日も今日とて、6時に家を出て、8時早出勤からのサービス残業のフルコースを経て、21時に退社。


男性は、夕日様を拝めることも無く、自分の心をそのまま映したかのような暗雲立ち込める夜空を見上げながら、ネオン管や車や信号機のライトに照らされたオフィス街をとぼとぼと歩く。


この後、コンビニ弁当とお酒を買って、家に帰って、飯を食いながら酒をあおって、寝て、朝5時に起きて…。


何が楽しくて、こんな人生送らなくてはならないのだ。


会社説明の時は「やりがいがある」、「福利厚生は充実」、「アットホームな職場」、「残業はほとんどない」とか、疑似餌で活気あふれる学生を釣りあがって、蓋を開けてみればおサボりでパワハラばかりしてくるクソ上司が取引先から仕事を沢山持ってきて、部下に丸投げする「やらなくてはいけないことが多い、バットホームな職場」な上に、残業はほとんど(2,3時間誤差の範囲ですよね)ある。挙句の果てに、福利厚生はどれも使い勝手の悪いものばかり。


入社直後にやらされた、『駅前で名刺配り』で速攻やめていった元同期と一緒に、あの時俺もやめて転職しとけばよかったかな。といっても、あの時、就職氷河期の再来でやめていった同期は3年ぐらい無職のまま彷徨って、未だに再就職できていないらしいし、どのみち詰んでいるな、俺。


後先が見えないどころか、谷底へと向かっている自身の人生の事を考えていると、急に頭が痛くなってきた。


「コンビニに立ち寄る前に、何処かで鎮痛薬と栄養ドリンクを買っておくか。」


男性は頭を手で押さえながら、ふらりとした足取りで、鎮痛剤とかが置いてありそうなお店を探す。


「確か、駅前にドラックストアがあったような。確か店の名前は…。」


【ディスカウントドラックストア ムーンドラッグ】


駅から徒歩5分の場所にある、就寝帽子を被った三日月の看板が目印のドラックストアだ。

営業時間は午前10時から午後22時まで。


男性は営業時間の看板を見て、慌てて自身の腕時計を確認。時計の針は21時30分を示していた。


「ギリギリセーフ…かな?」


男性はとりあえず一息つき、中へと入っていった。


「いらっしゃいませ。こんばんは。」


中に入ると、ドア付近にあるレジに立つエプロン姿の女性が気持ちの良い挨拶が聞こえてくる。見た目からして、大学生のアルバイトさんかな。社会の厳しさというものを知らない明るげな表情を見ると、自身の心がどれだけ穢れ切っているのかが身にしみてわかって来る。


彼女の心も大学を卒業しては、俺みたいに社会の闇に汚染されていくのかね。


男性はなぜか、大学生時代の希望と自身で満ち溢れ、何事にも血気盛んに挑戦していたかつての自分の姿をレジの女性と重ね合わせてしまう。


「って、そんなことしている場合じゃなかった。早く目的のものを買わないと、店が閉まっちゃう。」


男性は閉店時間30分前だということを思い出し、急いで薬が置かれているコーナーへと足を運ぶ。


「えーと、鎮痛剤、鎮痛剤…あ、あった…って」


鎮痛剤が置かれている棚を沢山見つけたのはいいのだけれど、種類が沢山ありすぎてどれにすればいいか分からない。バ〇リンとかリ〇グル、アセトアミノフェンDXって何が違うの。


時間がない上に選択肢が沢山。かといって、適当なもの選んで、副作用の激しいものに当たると、仕事に影響が…。ああ、どうしよう。


「あの、どうかされましたか?」


鎮痛薬の棚の前であたふたしていると、白衣姿の男性がそっと声を掛けてきた。


「あ、えっと。」


エプロン姿の女性とは別の制服で、白衣…ていうことはこの人はこの店でお薬を管理する薬剤師さんかな。


男性は一旦落ち着いて、白衣の男性がつけている名札へ目線を移した。


【登録販売者】兼森 あつし


登録販売者?なんじゃそれ、薬剤師と何が違うんだ?

ま、ともかく、白衣を着ているってことは、お薬に関するなんかの資格ってことだろう。折角、声を掛けてきてくれたんだし、相談してみるか。


男性はとりあえず、兼森という人にどの薬を使えばいいか相談してみることにした。


「えっと、鎮痛剤を買いに来たんですけど、種類が多すぎてどれにすればいいか困っていたところなんです。」

「ああ、成程ですね。因みに、頭痛ですか。」

「はい、そうです。」

「いつ頃ですか。」

「ついさっき…いや、ここ数日…数年ですかね。」

「慢性的なものですかね。それは、お辛いですね。」

「はい、そうなんですよ。」

「因みに、原因とか、心当たりは…。」

「仕事によるストレスですかね、特に上司から毎日怒られて、日に日に…。」


「成程…。でしたら、根本的な部分を解決する必要かもしれませんね。」

「そうですね…って、えっ…。」


あれ、この人、今なんて言った。根本的な部分を解決?

根本的な部分ってどこ? 私の性根、腐ってた?


いや、さっきの会話からすると、『頭痛の原因は上司のパワハラ』って伝わっているはず。


…この人、上司に呑ませる薬を紹介しようとしてない?


一体、何の薬を勧めるつもりだ?


まさか、ドラック?


ここ、怪しい薬を扱っている系の店だっけ。私、間違えて店の裏路地に入り込んじゃったっけ。


いやいや、待て待て。ここは確実に【ディスカウントドラックストア ムーンドラック】の店内で目の前にいるのは、ワイハシャツの色黒ゴツめのあんちゃんじゃなくて清廉潔白な白衣を着た、優しめのお兄さん。


上司に呑ませる薬といえど、ストレス緩和の薬、例えば、血圧上昇を抑える薬とかリラックス効果のあるお茶とかだろう。


多分、そうだろう。


「その上司さんが原因のストレスでお困りということですよね。」


「あ、はい。そうなんですよ。」


「でしたら…、はい、そんなあなたに【赤のレンガブロック】!」


「赤のレンガブロック!?」


私が白衣の男性の質問に答えると、彼は懐から約230×110×75mmのそれはそれは真っ赤で立派な赤のレンガブロックを取り出し、私に差し出してきた。


いや、赤のベ〇ザブロックみたいなノリで言われても…。そもそも、べ〇ザブロックって風邪薬だし。…ていうか、そのレンガブロックどこに隠し持ってたんだよ。もう、ツッコミどころが多すぎて、何処から突っ込めばいいか分からないよ。


「えっと、これでどうしろと…。」

「これで、そのクソ上司とやらの頭をぶん殴る。」

「根本的な部分の解決ってそう言う!」


いや、確かにストレスの原因を排除したいとは思っていたのだけれど、そんな物理的な方法で!ていうか、その方法、かなりリスキーすぎやしませんか?俺、殺人罪で逮捕されちゃいますよ。


男性は顔を横に振って、赤のレンガブロックを白衣の男性に返した。


「…そうですよね。」


(気付いてくれた。)


「赤のレンガブロックだと副作用としてルミノール反応が出てしまわれますもんね。」


(いや、そういう問題じゃねえ。)


「でしたら、そんなあなたに、【青のレンガブロック】!」

「【青のレンガブロック】!」


白衣の男性は懐から約230×110×75mmの青色のレンガブロックを取り出した。だから、そのレンガブロックどこに隠し持っていた。


「こちらでしたら、レンガについた血痕をふき取った後、この特殊な液体をかけられてこの特殊なライトに照らされても、ほーら、色と同化してルミノール反応が出なーい。」


いや、出ないどころかレンガ全体青く光っているんだけど。めっちゃ事件の香りを醸しまくっているんだけど。


『まもなく閉店の時間です。明日の準備のため、お買い物中のお客様は、お急ぎレジにてお会計をいたしますようお願いいたします。』


このクソ店員とコントみたいなことをしていたら、閉店のアナウンスが流れ出した。腕時計を確認すると、時刻は午後21時52分。


「もう、レンガブロックはいいので、副作用の少ない鎮痛剤をください。」

「ああ、鎮痛剤をお探しだったんですね。てっきり、クソ上司とやらを抹殺したいのかと…。」

「初めからそう言っているだろ。とにかく、時間ないので早く!」

「かしこまりました。でしたらこちらを。」


そう言うと、白衣の男性は、棚の2段目から鎮痛剤が入った箱を手に取り、サラリーマンの男性に手渡した。


「こちら、1日3回を限度と、一回1錠で次を呑む際は6時間、間隔を開けてくださいね。」

「はいはい、わかったわかった。」


男性は白衣の男性から受け取った鎮痛剤とドリンクストッカーにある栄養ドリンクを籠の中に入れ、急いでレジで会計を済ませ、店を出た。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


翌日。


サラリーマンの男性は目の下にあるくまを一層濃くして、会社に出勤した。


昨日のドラックストアの店員とのやり取りに残していた体力と精神力をほとんど持っていかれ、ほんのわずかしかない底力でなんとか体を動かしている状態だ。


男性は自分の仕事用デスクに顔をくっつけた状態で、パソコンの電源を付け、今日のスケジュールとメールの確認をしようとした瞬間…。


「おい、高木!まーた、ミスだらけの書類提出しやがって、お前最近たるみ過ぎなんじゃねえの。あぁっ?」

「はい…すいません。」

「人と話をするときは、ちゃんと姿勢を正して、話している人の顔を見ろっていつもいつも言っているだろうが。」


上司の男性はサラリーマンの男性の胸ぐらをつかみ、唾を散らしながら大声で説教を始めた。


「だいたいなぁ、お前は仕事が遅い上に、仕事のできは並以下。同期で業績上げていないのお前だけだぞ。隣の部署の山田を見てみろ、お前より2年遅く入社したのにもかかわらず、仕事はスマートにこなし、業績はうなぎのぼり。対して、お前ときたら、だらだらだらだらと、夜遅くまで残って、賃金と電気代を無駄に消費するだけ。お前みたいのがいるせいで俺までもが無能呼ばわりされるんだよ。分かるか、お前がミスだらけの書類を提出する度に、先方から怒られ、部下の教育がなってないと上から怒られ、全部、お前のせいでこの俺が怒られるんだよ。」

「…すいません。」

「ま、それも、あと数日。」

「は?」

「さっき、上に掛け合って、お前の問題行動をすべて報告した。近日、辞表を用意することになるかもな。」


は?


サラリーマンの男性の頭の中で、理性をつないでいた細い糸がプツリと切れた音がした。


彼はカバンの中から取り出し、行動に移る。


「ま、残り数日の命、大事に使って会社に貢献…」


「青のレンガブロッーーーーーーーーーク」


ドカッ


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

数日後。


エプロン姿の女子大生は机の上でペットボトルに入ったお茶を口にしながら、スマートフォンでネットニュースを眺めていた。


「あれ、この人…。」


ネットニュースのとある記事。


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〇月×日。株式会社ハピネスカンパニーにて高木修二(たかぎしゅうじ)容疑者(25)が茅利力輝(ぼうりりき)(45)を鈍器のようなもので殴り殺害した疑いで逮捕された。高木容疑者は茅利力輝から日々パワハラを受け、そのストレスで衝動的になり、殺害に及んだとの見解を警察は示している。また、株式会社ハピネスカンパニーでは報告の無い長時間労働など労働基準法に違反している疑いがある。警察はこの点についても調査をしていくと会見で話した。

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「この人、この前、兼森さんが接客していた人でしたよね。」


女子大生は隣で菓子パンを食べていた兼森にネットニュースの記事を見せた。


「ああ、そうですね。」

「はぁ、ブラック企業かぁ。私も2年後就活しないといけないけど、こんな会社に当たらないように、今からでもインターンシップでも考えてみようかな?」

「いい心がけだと思いますよ。自分が思ったことをいつでも自由にできるのが学生の特権ですから。」

「でも、未だに不景気だからな。その上、どんな仕事につきたいのか分からないし。」

「もし、迷っているのであれば、ここを選択肢の一つとして考えてみるのもいいかもしれないですよ。」

「そうですね、最終手段として考えておきます。」

「さてと、そろそろ休憩終わり。仕事に戻りましょう。」

「はい。」


二人は身なりと表情を整え、バックヤードのスイングドアを思いっきり開けた。


「いらっしゃいませ。こんばんは。」



駅前のDIY専門店では何故か「青色のレンガブロック」が大人気商品に。なんでだろうね?

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