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story:19

日の傾きとともに徐々に気温が上がっていく昼下がり、郊外の大型ショッピングモールのエントランスにある芸術的なオブジェを眼前に、赤星由磨はこれから会う予定の友人の到着を待っていた。


円形の広場で周囲を見渡し、辺りを歩いている人々の流れをなんとなく眺める由磨。もしかすると、遠くまで続くまばらな人混みの中に彼女は居るのではないだろうか。


大体は正面玄関から来客が入ってきているので、寧ろここで待っていたほうがすぐに合流できる可能性は高い。逆にそうでなければ、東口や西口からなど別の経路を辿ってくることもあると考えられる。


どちらにせよ、待ち合わせにおいて目印になるものがあれば分かりやすくて確実だ。日差しがもろに当たって熱がこもるが、別に気にするほどのことではない。何をしてなくても肌に汗が滲み、由磨の真っ白な皮膚が赤く染まってヒリヒリする。それでも、日陰に入ろうとまでは思わなかった。


熱中症にも気を付けたい陽気の中で、床の反射による眩しさで目を細める。地面が白いのも、物質の観点から暑さを助長しているのか。サングラスが手元にあるのなら、すぐにでもかけて刺激をしのぎたいところだ。


現在時刻は14時過ぎを差す。良い加減、喉の渇きも覚えてきた。体調を崩さないためにも暑さ対策をするべき状況下で、視線を彼方に向けた瞬間に由磨は近距離から声を掛けられる。


「赤星ぃ」


ゆったりとした声色が、由磨の鼓膜をくすぐった。その声の主は、由磨のクラスメートであり異性の友人でもある朝山陽菜だ。陽菜は部活が終わってからそのまま直で来たのか、パンパンに膨らんだ黒いリュックを背負っており、服装も半袖のティーシャツにハーフパンツというとてもスポーティーな格好をしていた。


「お、朝山! 待っとったよ! てか部活帰りか」


「うん、そうだよぉ? メチャ疲れたぁ」


朗らかに笑い飛ばしながら、陽菜は伸びをして呟く。彼女の健康的に日焼けした肌には、やはり汗が伝っている。ずっと屋外に居た様子も窺えたので、由磨は気を遣って訊く。


「チャリで来たんだよな? 部活の時は、まさかずっと外練だったとかじゃないよね?」


バスケ部という身でありながら延々と外で基礎体力の向上に励み、その後に猛暑の中自転車をこいでここまで来たのか。だとすれば、相当体力の消耗が激しかったに違いない。


「んー、ずっと外だったわけではなかったかなぁ? てゆうか基本、中に居ったしぃ?」


「でも暑かったしなんなら今でも暑いじゃろ。ほら、早く中に入って涼もうぜ?」


由磨がリードし、2人は店内に足を進めた。移動中に、陽菜は先刻まで待たせていたことを謝る。


「赤星さ、こんな暑い中ずっと待たせてごめんね? それと、今日は来てくれてありがと」


そもそも、このたび2人で出掛けることになったのは陽菜から遊びに誘ったのが切っ掛けだった。上手くは言えないが、由磨とより多くの時間を共有したい、更に極端に言えば夏休み中もずっと会いたいなど、そんな妙に浮付いた気持ちから始まっての成り行きである。


対する由磨は快く誘いに応じ、今もすでに楽しそうに彼女と話す。


「んー? 何で朝山が謝るん? 俺的には朝山が何事もなく無事に来てくれてよかったと思うし、そっちから誘ってくれたのは凄い嬉しかったと思ってるんだけどな」


道中で事故に遭うこともなく、熱中症で倒れたりすることもなくて良かった。遊びに誘ってくれたことにより、休日も会えて嬉しい。由磨の真っ直ぐな優しさが陽菜の心を強くくすぐる。


「………………」


こんな時はありがとうの一言でも言うべきなのだろうが、それすらも口から出てこない。筆舌し難い気まずさから、相手の顔も直視できずにいる。分かりきってはいたものの、陽菜は自らが自分らしくないと思った。しだいに頬も紅潮していく。これは絶対に、暑さのせいだけではない。


店内に入ると、全身にまとわりついていた熱気を冷ますような涼しい空気が地肌に染みた。おかげで2人の表情も緩む。施設内の空調設備様様である。


「ふああああ、メッチャ涼しいで。生き返るわぁ」


人工的に設けられた冷たい風に身を委ねながら、由磨は出入り口付近に置かれているポンプ式の消毒液に手を伸ばす。上から容器を押すと、細長い管の先から霧状の殺菌用アルコールが出た。そしてそれを、両手になじませる。


「偉いねぇ、赤星は。僕もしとこうかな」


「おん、しとって損はないと思うよ? まぁ、俺は体調を崩したくないけんやっただけなんだけど」


夏場はインフルエンザなどのウイルス由来の感染症が鳴りを潜めがちだが、健康を維持するために対策は取っておく。由磨の行動を評価し、陽菜も自身の手指を消毒した。


正面にあるエスカレーターで地下に降り、メインの通りに出る。そこでは店員に扮したオリジナルのキャラクターが、大きな画面越しに来客を出迎えていた。流暢な日本語でアナウンスをし、綺麗な姿勢でお辞儀をする様から、とても精度の高い人工知能だと見る。


来て早々に近未来的な要素を前にしたのもさることながら、入って左手にあるフードコートを歩いているところで陽菜が問う。


「そういえば赤星はお昼食べたぁ?」


「んー、ほんのちょっとだけなら食べたよ? 朝山は?」


「僕はまだだねぇ」


どうやら部活に行っているあいだに昼食を取るタイミングがなかったらしい。ならば今のうちに取らなければ空腹に苛まれることになりそうだ。昼食を少量で済ませたがゆえにまだ胃のキャパシティもあるので、由磨は陽菜を食事に誘うことにした。


「だったら何か食べてから行こうぜ? 俺もさっきのじゃ全然足りなかったからさ、一緒に飯食お?」


「そうだねぇ、何食べる?」


「えー? 何でもいいよ? 朝山に任せる」


「えぇー? うーん、僕も何でもいいかなぁ……。あはは……」


互いに譲り合っていては中々話が進まない。こういう時は由磨のほうがいくつか候補を挙げるなどして陽菜の負担を減らしてやるべきだ。肝心な場面で気が利かない言動に、由磨の中の美愛がたまらず指摘する。


「由磨? まずあなたが何を食べたいのかを考えてから聞いたほうがいいと思うよ? それじゃあ、ただの丸投げだよ」


対する由磨は、何か見えないものに叱られたような気がしてはっとした。自分が食べたいもの、強いていえばファストフード店の新商品だ。また、その店では手頃な値段でたくさん食べられるので、昼食としてもちょうどいいのではなかろうか。


「あーじゃあさ、朝山! あそこ行こうで! あの店の新商品とか食べてみたいんだけど、朝山はどう思う?」


向かい側に見えるファストフード店を示しながら、由磨は改めて尋ねる。それに対して陽菜は、嫌な顔一つせず首肯した。


「うん、良いと思うよぉ? それならあそこでお昼にしようか」


美愛の助言もあり、円滑に事を運べた由磨と陽菜。レジの前に並び、各々メニューを注文して整理券番号で呼ばれるのを待つ。店員から頼んだものを受け取ると、2人は対面の席に座って食事を進める。


由磨が食べているのは、新商品のハンバーガーだ。ただし注文したのはそれだけではなく、フライドポテトやナゲット、アップルパイ、サラダ、その他色々なものがあり、それら全てがトレーに敷き詰められている。


「……………………」


さすがに陽菜も絶句した。いくらなんでも食べ過ぎではないか。学校でも前々から購買でたくさんの惣菜を買ってくるのでその食べっぷりは知っていたが、今見てみれば圧巻の光景だ。とても1人で食べる量とは思えない。


「赤星ぃ、相変わらず凄い食べるんだねぇ」


「うん、まぁねぇ」


「………太ったり、しないの?」


「ん、んんんっ! ああ、今のとこはそうだな。体重も前より増えとらんね」


多量のカロリーを摂取しているはずで、しかも運動もあまりしていないのに標準体型とは。パン生地に挟まれた甘辛醤油が利いている分厚い肉を一気に咀嚼して呑み込み、由磨は満足げに一息吐く。


「ん、朝山もちょいちょいつまんでいいけんね? これだけじゃなくてナゲットもいいよ?」


言いながら、由磨はポテトを陽菜へ勧めた。毎度こんなにも食べていては、食費も大変なことになってしまっているのではないかと思いつつ、陽菜もたちまち礼を言う。


「うん、ありがとぉ」


「まぁね、あとは私が少食だからその分食べれてるのもあるかもね」


「あぁー、そっかぁ。そういえば美愛はそんなに食べないんだっけぇ?」


「そうだねぇ、私は胃が小さいからなぁ」


いや、それ以前に今の自分は誰と話しているのか。目の前では由磨が黙々とフライドポテトを食べており、先刻の会話は陽菜から彼に向けての礼で締めたはずだ。


(………あれ?)


陽菜はまたしても言葉を失う。確かに自分は、ここには居ない誰かと話していた。いや、そんな気がしただけか。黒いキャップを被り、茶色混じりの長髪を後ろで束ねた小柄な女の子が見えたような。


「朝山どした? 食べんの?」


「………あ。う、うん! 食べるよぉ?」


由磨の呼び掛けで、陽菜は弾かれたように我に返った。同時に、先程までの曖昧な記憶も消失する。それからは、何事もなかったかの如く食事に戻るのだった。

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