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午前4時、初夏の夜空に星が瞬く未明にて、峰村瑠花は携帯のアラームの音で目を覚ます。真っ暗な私室の中で、彼女は重い瞼に力を入れて眠気に抗う。ほんの少しでも気を抜けば、また眠りに落ちていってしまいそうだ。


両目を中心に自らを奮い立たせ、上半身を起こす瑠花。ベッドの上で深く座り込んでいると、一定のリズムで時計の秒針が動く音が鮮明に聞こえた。後追いで外部から響いてくるのは、新聞配達の業者が乗る原付バイクの排気音か。


しかし、とにかく眠い。睡眠不足もいいところだ。徹夜明けによくありがちな身体の火照りさえも感じる。寝てないことはないにしろ、眠りに対する満足度は低い。


なにせ瑠花の睡眠時間は、たったの約2時間半だ。それもそのはずで、今日は純哉と早朝から花火をしに行く予定であり、昨夜は楽しみ過ぎて中々寝付けなかったというのだから。


いっそのこと、オールナイトを決行しようかとも思った。だがそれによって体調を崩すのも良くないので、一応取れるだけの睡眠は取っておく。あとは勢いに任せて、予定通りことを運ぶ。


(………何で朝にやろうとか言ったんじゃろ、自分)


朝早くから花火をすることになったのは、瑠花の仲間内での便乗からだった。SNSの投稿で、同じ高校の同級生が夜明け前に手持ち花火をしている動画を上げており、そこで興味を持って純哉に提案したのが切っ掛けだ。


対する純哉は、疑問符を浮かべながらも一つ返事で賛成したのだという。当然の如く何故朝なのかと思いつつ、彼女に合わせて返答したと。それが今では申し訳無かったとさえ思う。恐らく彼も今頃、眠気と戦いながら出掛ける前の用意を進めているのではなかろうか。


(………夜にすればよかったよなぁ)


本来なら夜にやるもののはずだ。いよいよ後悔がちらつき始めているのもさることながら、瑠花は熱を帯びた身体を引きずってリビングへと向かう。まずは喉を通りやすいゼリーを食し、軽い朝食を取る。食欲もあまり湧いていなかったので、ジュース類だけでも良いかとも思った。


(でもなぁ、言っちゃったからには今更だるいとか言えないよね……)


洗面台の鏡の前で歯を磨きながら心中で呟く。自分の発言にはきちんと責任を持つべきだ。ここまできて取り消しは出来ない。そして、規格外の時間に指定してしまったことは素直に謝ろうと瑠花は自身に言い聞かす。


洗顔や髪の手入れなど、瑠花は着々と朝の準備を丁寧にこなしていく。着ていく服のチョイスも、いつも以上に気合いが入った。白を基調としたワンピースに、腰辺りの同色のリボンがよく映える。夏らしさと爽やかさを前面に引き出した、とても涼しげなファッションだ。清楚と派手の両立もできているように見える。


やはり恋人と出掛けるとなると、身だしなみにはより一層妥協ができない。部屋着から私服に着替えた次は、メイクも施す。休日ならではの用意だ。


一連の支度を終えると、瑠花は家の外に出た。閑静な住宅街の一画、周囲がまだ薄暗い中で心地の良い夜風が肌を撫でる。その恩恵もあってか、瑠花にまとわりついていた睡魔が多少なりとも払われ、代わりに熱い昂揚が湧き上がった。


玄関のドアの鍵を閉め、瑠花は足早に純哉の自宅まで向かう。軽い足取りで歩みを進めた先で、純哉は未開封の手持ち花火やバケツなど諸々の荷物を持って彼女を待っていた。


「おはよー、純哉。こんな朝早くからごめんね? 起きるのしんどかったでしょ?」


相手の自宅前にて、瑠花は挨拶に次いで自身の言動を詫びる。時間帯的に、大体の者がまだ寝ていると思われるので声のボリュームを下げて話す。実際に瑠花の両親も眠っていた。


「いや、そんなことないよ。なんならアラームが鳴る前にすっと起きれた」


「えぇー? ほんとに?」


瑠花とは逆にスムーズに起床できたのは、事前に翌日の事業に対する気持ちが出来ていたからか。現に純哉の目は冴えている。もしかすると、昨日は早く寝たのもあるのかも知れない。


「マジマジ。逆に瑠花は? それこそ色々と準備も多いけん余計早く起きんといけんかったんじゃないん?」


女性はメイクにも時間が取られるので尚更早起きしなければならなかったのではないか。純哉の気を遣った質問は、粗方的を得ていた。


「あー、まぁ、うん。そうだね。正直に言うと昨日すぐ寝れなかったのもあってメチャクチャ眠い」


「すぐ寝れんかったって、課題か何かしよったん?」


「いや、そうじゃなくてさ」


そこまで言って、瑠花は気恥ずかしさを覚えて言葉を止める。花火を抜きにしても、純哉と会えること自体が楽しみだった。ましてや、恋人という間柄でありながら中々ない体験をするのだから、胸の高鳴りは簡単にはおさまらない。


そんな純粋で無垢な気持ちを抱きつつ、瑠花は返答に迷う。とはいえ言ったところで今更減るものではないし、寧ろ肯定的な心情だし、想いを分かち合っての関係だからこそ、彼女はストレートに吐露する。


「明日また純哉に会えると思ったら楽しみすぎて寝られんかったんだって! この睡眠不足は純哉のせいだ! 責任取れバカ野郎っ!」


「ちょっ……! 分かったからもうちょっと声を抑えなさいよ……! 普通に声デカいわ……!」


照れ隠しのつもりで柔らかくジャブを繰り出しながら告白する瑠花に、純哉は苦笑して突っ込む。後半ものすごく理不尽なことを言われた気がするが、あくまで前向きに受け止める。


(まったく……、可愛いかよ……)


更に言えば、純哉も瑠花も互いに付き合い始めてから自然と名前で呼び合うようになっていた。今までが苗字で呼んでいただけに違和感があるかと思ったが、意外とそれはなかったという。過去に積み重ねてきた親交が功を奏した結果でもある。どうせならより近い呼称で関わりたかった希望にも然り。


「じゃあ、俺からも言わせてもらっていい? 何で朝に花火やるん?」


やり返しとばかりに本音を投げ掛ける純哉。対する瑠花の答えは、短い単語ですぐに返された。


「え? 便乗」


もう二度とすれ違いが起きないように、些細なことでも自らの考えを極力伝えていく意識を持つ。わなわなと込み上がってくる笑いをついに堪えられなくなった純哉は、ニヤけた表情で言い返す。


「便乗ってなんだよ! あんたの便乗に付き合わされて、俺ははよう起きんといけんかったんかいね!」


「えええ? 無理なら無理って言ってくれてもよかったのに」


「もぉー、どぉかいの!」


違和感を抱きながらも相手に同調してしまったのは、先日までの癖が出てしまったのか。せめてこれからは、瑠花の前だけでも建て前を控えるようにしていきたい。もちろん、場合によっては必要になることもあるが。


ぐだぐだと言い合って互いに笑い合ったのち、純哉は出発を促す。


「てかそろそろ出たほうがいいか、始発に間に合わんかったらまた20分ぐらい待つようなじゃけんね」


待っているあいだに夜が明け切ってしまったら、元々予定していたものとは少しずれる。花火ができなくなるとかではないが、光の美麗さが半減してしまいそうだ。いや、朝日をバックにした花火も、それはそれで美しいのかも知れないが。


「そうだね、このまま出ようか」


純哉の先導のもと、2人は平日に毎度のように利用していたバスターミナルと隣接する電車の最寄り駅へと向かう。およそ20分程歩いて到着した。構内はまだ人通りがかなり少なく、まるで貸し切り状態に近い感覚が妙な背徳感を助長させた。


「純哉、もしあれだったら行きよるあいだに仮眠取ってもいい?」


「あー、ええよ全然。着いたら起こすけんゆっくり寝ときんさい」


改札前で切符を買い、瑠花は遠慮のない甘えを出す。始発の電車で席もガラガラに空いていると予想されるため、座って眠ることもできるはずだ。もし空いてなければ、立ったまま純哉に寄り掛かって目を閉じるか。


切符を通してホームに入った純哉と瑠花。電車が駅に着く際のアナウンスが流れてから、停まった車内に乗り込んだ。案の定、空席状況は期待通りのものだった。


早速2人は席を取り、瑠花はそのまま浅い眠りにつく。左隣には純哉が座っており、彼女は自身の体重を彼に預ける。


(分かってはおるけど……近いな)


詰めた距離にあるだけに、彼女の優しい寝息が直に聞こえた。ふとそちらを見れば、守ってあげたくなるような寝顔がそこにある。服越しでも身体の接触もあるため、その実感からまるで自分の存在がこの世界に肯定されているとさえ思えた。


「……………………」


ここまで無防備なのなら、いっそのことさり気なく手を握るぐらいしても許されるのではないだろうか。視線が瑠花の手中に吸い寄せられ、純哉はそんなやましいことを考えてしまう。


だが、純哉の理性がその思考を遮断させた。


(……………どぉかいの)



およそ1時間足らずで、純哉と瑠花は花火ができる数少ないスポットとして取り上げられている海沿いの橋の下に到着した。地面がコンクリートでできているのと直近に海があるので、火事になる心配はほとんどないだろう。郊外に位置するのもあって人通りも少なめだ。


夜明けは、すぐそこまで近付いてきている。空は群青色よりも鮮やかなオレンジ色の割合が徐々に増してきていた。今がチャンスだとばかりに、瑠花と純哉は少し急ぎめで花火の袋の封を切る。


「はいはい、純哉! 花火は自分が出しとくからそっちは水を汲んできてよ!」


「おっけー、任せといて」


先刻の仮眠による効果もあって、コンディションは上向きだ。瑠花は手際良く花火を仕分けていく。バケツに海水を汲んできた純哉も、すぐに彼女のもとへ戻ってきた。


「じゃ、どれからやろうかね? 瑠花から選んでいいよ?」


1本目の花火はどれから火を点けようか。純哉はレディファーストの精神と気遣いをもってして、瑠花に先を譲る。対する瑠花は、すすきのように火花が分かれるオーソドックスなものを選んだ。


「やっぱ最初はこういうのでしょ!」


「え? 線香花火じゃないん? うわー、瑠花のセンスを疑うわー」


そんな狙った冗談を言って煽る純哉だが、瑠花は真顔で言い返す。


「は? 何を言いよん? バカなん? そっちこそセンスを疑うわ」


「………すいませんでした」


線香花火は最後にやるものだという突っ込みを求めていたのだが、まさか普通に怒られるとは。純哉は身を竦め、しぼんでいくような口調で謝った。思わぬ地雷を踏んでしまった気分である。


(マジレスされるとは思わんじゃん……!)


ネットスラングを交えて胸中で呟く純哉。呆然と立ち尽くす彼に、瑠花は火を寄越すように催促した。


「純哉、火ぃ点けてよ?」


「おっけー。はい、これでいけるっしょ」


純哉はビニール袋からチャッカマンを取り出し、引き金を引いて花火の先端に近付ける。すると、細い棒状の先から黄色の火の花が咲いた。


「おお! いいじゃん!」


純哉も色鮮やかな光に照らされて感動を口にする。その横から、瑠花がもう1本持っていた花火を純哉に手渡した。


「ん、火は自分があげるよ」


つまり貰い火で着火させようと。瑠花に言われるままに同じタイプの花火を受け取った純哉は、その先端を彼女が持っているものの先に合わせる。シャワーのような火花の中に晒して数秒待つと、また黄色い光が広がった。


「やっぱ綺麗なねぇ、打ち上がる花火もいいけどこういうのもありだわ」


夏の風物詩を体験し、純哉はついつい感傷的になる。それから2人は次々と手持ち花火を消化していき、線香花火を除くものはあと2本ほどになった。また、陽も完全に上りつつある。


来る前はどうかとも思っていたが、朝の日差しを背景にする花火も意外と趣きがあった。固定概念に縛られずに行ったがために見られた光景だ。夜の闇を照らす光と、朝の街並みに降りる陽の、発想に捻りを加えたコラボレーションである。


最後には定番の線香花火に火を点けて、全ての花火を使い切らせた。使用済みの花火を湿らせた新聞にまとめたり、バケツの水をグレーチング越しに排水へ流したりと後片付けを進めていく。


「なんか、あっという間だったな」


「うん。でも、綺麗だし楽しかったって自分は思うよ? 純哉はどうだった?」


「あぁ、俺も楽しかったよ? なにより朝に花火ってのも意外と新鮮で悪くなかったな」


思ったままの感想を、純哉と瑠花は言い合う。本当に、楽しい時間というものはすぐに過ぎ去ってしまうものなのか。この経過の早さは、花火の数が少なかったからなどではないだろう。


一通りの作業を終えて、次は何処に向かおうかと考える。だが、その前に純哉はある問題に気付く。


「これさ、どうしよ?」


燃え尽きた花火が包まれた新聞と、それが入ったバケツ。さすがにこれを持ち歩いて店の中に入るのはばっちいだろう。何処かで捨てられるところがあればいいのだが、その手のものは見当たらないし思い付かない。


綿密に処理までのことも考えてきたつもりだったが、抜かりがあったか。瑠花は苦さをちらつかせる笑顔で意見した。


「一旦帰ってまた出てくる?」


ここまで来る経路を踏まえれば短時間で済むことではないかも知れないが、まだ早朝という時間帯なので余裕はかなりある。だからこそ、そのような対応もなくはない。


彼女の意見を尊重し、純哉は思い切って決断する。


「そうしようか。なんならそこからは俺ん家でゲームでもしてく? 今日、夜までずっと親居らんしゆっくりできると思うんだけどさ」


ちゃっかり家デートにも誘ってみた。行き当たりばったりな物言いになってしまったが、遠慮を抜きにすれば自らの発言に悔いはない。聞き手によっては邪な誘い文句にも聞こえるであろうが、本人は至って真面目に言っているので不純な気は更々なかった。


対する瑠花も、迷いや疑いもなしに誘いに乗る。


「そうなんだ、だったらぜひお邪魔させてもらいたいかな」


今日は、長くて短い1日になりそうだ。心が離れていた期間が長かっただけに、その分互いの思い出を取り戻そうと思っても、いざ一緒に過ごすとなればそれは一瞬の出来事なのかも知れない。


すぐに過ぎ去るものだからこそ、ともに居る1分1秒を惜しく感じ、儚くも大切だと思える。


いずれにせよ、繋がった愛は幾重もの時を経て情を紡ぎ続けるであろう。

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