story:17
ショッピングモール自体の敷地面積が広いのでそこそこ歩くようだったが、一同はつつがなく現地に到着した。施設内の一画で営業しているペットショップでは、中に入るとケージに入れられた犬や鳥の鳴き声が延々と響き渡っている。
動物が居るのはもちろんのこと、陳列棚にはキャットフードといった動物用の食料の他にも猫じゃらしなどの玩具も並べられていた。また、犬や猫、鳥の他にもうさぎやハムスターなども居り、そこはまるで小さな動物園のようだとさえ思える。
先刻からひっきりなしに鳴き続けている犬とアクリル板越しに目が合った尼川は、何気なく糸井に質問した。
「さっきからわんわん鳴いとるあの犬ってなんかいね? プードル?」
「んー、プードルじゃね。いやでも待てよ? あれはワンチャン、ミックスかも知れんで?」
「……………………」
なんだか駄洒落みたいなものが出た気がしたが、尼川は突っ込まない。言ったところでしらけると分かっていたからだ。その代わり、遠巻きに自身等の思考を共有しておく。
「糸井、多分だけど俺ら今同じこと考えとったよね」
「あ、やっぱり尼川さんも気付いてた? 俺も言ってから気付いたよ」
「うん………」
犬だけにワンチャン。ただ、そんなしょうもない言い回しでかけただけだ。
「よし! 次行ってみよう! 小庭くん! 富名くん! 何か気になるのは居った?」
気持ちを切り替えて、糸井は後に続いてくる後輩たちに声を掛ける。2人は小さな個室に入れられた猫を見ていた。全身灰色の体毛で覆われたロシアンブルーだ。
「はい! この灰色の猫っすね! 小さくて目がくりくりしててメッチャ可愛いっす!」
つい先日生まれたばかりなのだろうか、そのロシアンブルーは片手で胴回りを掴めそうなぐらい小柄だった。透明な板で仕切られた狭い空間の中で、チョロチョロと元気に駆け回っている。
「おお! ロシアンブルーか! 確かに可愛いの! ちなみにロシアンブルーと雑種の灰色の猫って見た目はほぼ一緒のようじゃけど、何がどう違うんかね?」
「知らーん、毛の質感とか基本的な性格とかじゃない?」
素朴な疑問を呟く糸井に、尼川は自身の予想を並べ立てた。それを言い出しては、雑種のサバ虎の猫とアメリカンショートヘアも瓜二つではないか。恐らくだが、細かい区分けがされていそうである。
暫しその愛嬌しかない小動物に見惚れていたのもさることながら、小庭は連れに対して移動を促す。
「昂介、そろそろ行くで? 糸井さん等を待たしとる」
「あー、うん」
だが、富名は子猫から目を離さなかった。乾いた生返事しかしないのも合間って、これは完全にハマり込んでいる様子だ。思わず糸井から笑みが零れる。
「ふはっ、やっぱり猫は見とって飽きんよなぁ。分かるよぉ、富名くん」
感心したようにこくこくと頷く糸井。下手をすれば、今の富名は提案者よりも楽しんでいそうだった。表情こそ冷たいが、周囲にまとう雰囲気から春の陽気のような穏やかな空気が感じられる。
「あの、もうちょっと見とってもいいですか?」
不意に本音が漏れ出た。こころなしか、彼の面持ちも徐々に緩み始めているようにも見える。
「全然大丈夫よ! なんなら飼ってあげんさいや!」
「ええっ? うーん、そうですねぇ」
糸井の冗談に、富名がついに破顔した。普段は冷めた印象が目立つ富名の、連れすら見たことがない一面だ。これには小庭も面を食らって突っ込む。
「昂介、なんか色んな意味で温度差激しくね……?」
猫好き、はたまた動物好きか。出来るものなら飼いたいと顔に書いてある。小庭もいつもの彼とのギャップを前にして語彙力が追いついていない。
それからまたしばらくしてペットショップを後にすると、一同は衣類を取り扱う店舗に移動して服を見ることにする。気に入ったものがあれば、そのまま購入するという小庭の希望だ。
店に着いて早々、糸井は女性もののコーナーを差しながら尼川へ冗談をかます。
「尼川さんはあっちじゃないんね?」
「なんでや、場違いすぎるだろ!」
ノリと気まぐれから派生しての絡みだ。ただし、オチはない。ほんの少しでも笑いが取れたら良しとする。
小庭と富名は、本来の目的通り気になった服を手に取って品定めをしていた。季節に合わせて、半袖のパーカーやティーシャツなど夏物の衣服が沢山置かれている。デザインは無地のものや派手めのものまでピンからキリだ。その中で、小庭は無難を攻める。
「昂介、こんなんはどうよ?」
ハンガーに掛けられたままの白いパーカーを上半身に重ねながら小庭が訊く。対する富名は、先刻とは打って変わって淡々とした調子で答える。
「あー、いいんじゃない? うん、それでいいと思うよ? 買いだ、買い」
いくらなんでも対応が適当過ぎではなかろうか。しかし、富名は後追いで細かな補足を入れる。
「いや、でも待て。そうとはいってもちょっと無難を選びすぎじゃないか? もうちょい派手なんを狙ってみてもいいと思うが」
「え? マジ?」
「少し明るい系でも入れてみたら? 太一の場合、それでも似合うと思うで?」
小庭自身の容姿も踏まえた上でのアドバイスだった。しかもその指摘はとても的確で、本人も納得のいくチョイスだ。服装によっては帽子などのアクセサリーで更に磨きのかかるコーディネートもあったので、それらも買い物カゴに入れておく。
「昂介すげぇな、直感でこれこれーっと決められるセンスが羨ましいわ」
同級生の連れだけに限らず、尼川も彼のセンスを絶賛する。
「もうさ、今度から富名くんに服選んでもらおうかな?」
「ええ? まぁ、言ってくださればいつでもおともしますよ?」
言うだけのことはあるからこそ、富名様様か。小庭は会計を済ませると、糸井の二度目の提案によって次の施設へと向かう。そこは、室内の薄暗さがありありと目を引く映画館だった。ちょうど映画が1本終わったタイミングだったためか、続々と来客が劇場から出てきている。
「俺、こんなにも急な感じで映画を観に来るのは初めてっす!」
到着してから、小庭が率直な感想を呟いた。いつもなら出掛ける前にどの映画を観るか事前に決めておき、上映スケジュールも合わせて来場するものだがいきなりは初めてだという。
そもそも何をもってして今の時間帯に突然映画を観に行く流れになったのかといえば、4人とも今から帰っても暇だからといった理由だった。要は時間潰しを目的に考え出した結論でもある。
「でも何観るんすか?」
たちまち先輩の提案に任せて現地に来はしたものの、肝心の内容はどんなものなのか。小首を傾げる富名に、糸井は近くに掲示されているポスターを差しながら答えた。
「これ! でもどうかね? 個人的にはこれが観たいんだけど、みんなあんま興味無いようだったら止めとこうかと思うんだが」
それは、ちょうど先日公開されたばかりのアクションものの洋画だった。世界的にも人気のシリーズものの最新作ではあるが、少しでも興味があるかどうか。無理に観てもらって、時間と金を浪費させるわけにはいかないので視聴の確定はしない。
謙虚な物腰で確認を取る糸井に対し、後輩2人は順々に答える。
「いやでも、これはありだと思いますよ? なんなら昔やってたやつは親がDVD借りてきて家で観てるのを俺も横で観たことありますし」
「えぇ、まぁ、俺はなんでも合わせますよ。ものは試しです」
小庭が、次いで富名が糸井に同調した。しかし、糸井は気を遣う。
「ほんまに? 無理してない? 別に強制はしてないけんね? もしあれだったら、こっからまた他に行くとこ考えような?」
「とりあえずチケット買いましょうよ」
計画性の詰めの甘さに恥じつつある糸井を後押しするように、富名がざっくりと言い切って先を促した。これまでずっと聞き手に回っていた尼川も、富名のフォローに思わず感心する。
あとはチケットを購入し、座席も決めて、入場開始のアナウンスがされると劇場内に入った。ちなみに料金は学生割引で通常よりも安く済んだ。
開放感のある広々とした室内にて席に座り、今後公開予定の映画の予告映像を観て本編を視聴する。照明が消えた劇場では、大迫力のアクションシーンや臨場感のある戦闘描写などが大きなスクリーンに映し出されていた。
約2時間にも及ぶ映画が終わると、壮大なBGMに合わせてスタッフロールが流れる。エンディング曲がその作品の主題歌ではなく、スタイリッシュなBGMなのは洋画ではよくあることか。
最後にエピローグが終わると、劇場内の照明がゆっくりと点いてたちまち来客が退室していく。糸井一行は、出口の密集を避けるために座席に座ったまま混み合いが止むのを待っていた。
その間に、尼川と小庭がスマホを取り出して現在時刻を確認する。
「良い時間だね」
「ですね」
初夏という時期なだけあって外はまだ明るいが、帰宅するにはちょうどいいタイミングだ。帰ってからは、夏休みの課題に取り組んだりしてみてもいいだろう。
他の来場者たちとは遅れて出た一行は、そのままの成り行きで帰路につく。在来線の改札付近で、各々は分かれ際の挨拶を交わす。
「それじゃあね、今日は急に付き合わす感じになってしまったかもだけどごめんね? 2人とも気を付けて帰りんさいよ?」
4人に代表して、最後まで糸井が場を取り仕切る。気さくで大らかな先輩を前にして、小庭も富名も素直に礼を言う。
「はい! 今日はありがとうございました! 糸井さんたちと一緒に回れて楽しかったっす!」
「ええ……、ありがとうございました」
言葉通り、2人は満足げだ。偶然の鉢合わせに感謝したい。元を辿れば赤星由磨のやらかしからだが、まさかの繋がりに作用した。一つひとつの行動や失敗が、良くも悪くも後々になってどう出るかは分からないものである。
「また学校で会えた時とかよろしくね」
尼川も朗らかに一言添えた。移動教室の際などに廊下ですれ違ったり、それこそ昼休憩中に購買や食堂でばったり会うこともあるだろう。更に言えば、SNSもフォローし合ったので気軽に連絡を取れたりもできる。
「はい! こちらこそです!」
そうして、小庭は爽やかな笑顔で尼川に返答した。するとその直後、4人のうちの誰かのスマホが明るくも厳かな着信音を鳴らす。
「ん?」
「誰のだ?」
糸井と尼川が、それぞれをキョロキョロと見回して疑問符を浮かべる。少なくとも、3年生2人のではないらしい。
「あ、すいません。俺のっす」
ズボンの右ポケットからスマホを取り出して小庭が答えた。気まずげに表情を曇らせた小庭は、後ろを振り向いて電話に出る。
「はい、もしもし……! ………はい? ………ええっ? ………あっ、はーい。………はい、すいません、失礼しまーす」
声を潜めて丁寧な口調で応じているのを見るに、どうやら電話の相手は目上の者のようだった。糸井と尼川がぽかんとしているのもさることながら、通話を終えた小庭がたどたどしく告げる。
「あの……。俺、今からバイトでした……」
「………ええっ?」
なんでも今しがたの電話はバイト先の店長からだったらしい。今日、今の時間から出勤のはずなのに何故来ていないのかと。つまり、小庭は今の今まで自分のシフトを忘れていたのだ。あまりにも急な発言に、糸井も尼川も声を揃えて驚愕した。
「バカ太一が……」
溜め息交じりに、富名が呆れ返って頭を抱える。自分のスケジュールぐらいきちんと管理しておけと。下手をすれば、これで今日一番に気力を削がれた気がした。
「いっ! 今からでもいいのですぐに来てくれとのことだったんで! 俺はこれで失礼しまーす! 昂介っ! じゃなーっ!」
我に返ったように大慌てで駐輪場のほうまで走り去る小庭。自転車で来ていたのが不幸中の幸いか、公共交通機関を待つ手間がない。呆然としたまま、先輩2人は何も言えずに小庭を見送った。
「………ああ。大変だなぁ、小庭くんも」
急いで出た結果、事故に遭ったりはしないでもらいたい。忙しなさを引きずった余韻が残る空気感の中で、尼川が苦笑いを浮かべて呟いた。
「まぁ、とにかく俺らも帰りましょうや! 富名くんもチャリで来たんかな?」
「ええ、そうですね」
「じゃ、あっちか」
分かれ際には多少バタついてしまったものの、高校生として最初と最後の夏休みを過ごす者たちが集まり、縁は深まった。夏休みは始まったばかりだが、これからまた忙しくなるのか。