story:14
現在時刻は、午後20時前を差す。辺りにはすでに夜の帳が降りており、公園の敷地内に設けられた街灯の白い光源が、制服姿の純哉を力強く照らしていた。遠目に見える夜景もまた、純哉の双眸に煌びやかに映る。
彼女は、峰村瑠花はもうすぐここに来るだろう。互いに話し合って時間を調整し、純哉は想い人の到着を待つ。
瑠花から返信が来て今に至るまでのこの約4時間、時の流れが無限とも思えるほど長く感じた。暇潰しに近所を散歩してみても、読書をしたり動画を視聴してみても一向に時が進まない。まるで時間という名の檻に閉じ込められているような感覚だった。
それでも、どんなに遅く感じようが1分1秒の経過は止まらない。次に彼が公園の出入り口へ振り返ると、ようやく事が進展した。
「………………」
暗がりから、峰村瑠花の美麗な顔が浮かび上がる。相手も制服姿だ。待ち合わせをこのタイミングにしたのも、多忙なスケジュールを経てから来たのではないかと見て取れた。割とギリギリだったのだろう。
果たして、ここからどう話を切り出そうか。先にどちらが喋るべきか、そもそも何から伝えるべきか迷っているがゆえに、純哉も瑠花も互いに無言を吐き続けている。
「………………」
「………………」
緊張と気まずさから込み上がってくる微笑を浮かべたまま見詰め合う2人。この妙に心苦しい独特な空気感に耐えかねた瑠花は、先手を取って文句を口にした。
「ねぇ! 喋って!?」
斬新なノリ突っ込みである。お互いが発言を躊躇っているせいで、意図せずシュールな絵面になってしまった。また、そちらが話を持ち掛けたのだから早く要件を言えと。
「あ、ああ……、ごめん……」
対する純哉は、うろたえながら目線を泳がせる。そして一呼吸置くと、単刀直入に想いの丈を語り始めた。
「……峰村、まずは忙しいのにわざわざ来てくれてありがとう」
「うん」
「俺は、中学の時にきみのことが好きだった。だから俺は、峰村と付き合うのに相応しい奴になれるように、自分なりの努力を積んできたつもりだ。だから……!」
だから何だと言えばいいのだ。前置きから簡潔に伝えたのはいいが、結論が出てこない。
澄ました表情の瑠花は、集中して純哉の言葉に聞き入る。彼の答えしだいでは、適切な返答を紡ぐつもりだ。しかし、根本は変わらない。そのほとんどは、過去の純哉に対する指摘になってしまうが。
「……っ、………っ、…………」
口をぱくつかせながら、純哉は必死に思考を働かせて答えを出す。今となっては何の意味も持たない言葉だが、それでも言うしかなかった。
「……俺の気持ちを、ほんの少しでもいいから汲んで欲しい」
嘘偽りのないストレートな告白が、瑠花の聴覚を経て精神に響く。今更ながらの好意を伝えられても悪い気はしなかったし、寧ろ救われた心地さえあった。対して瑠花は口元を強く結ぶと、自らの想いも彼に乗じて語る。
「……冬田、前も言ったけど、自分も冬田のことが好きだったんだよ? でも、冬田は途中から全然関わってくれなくなったよね? だからそれが……辛かった……」
俯いた姿勢で本音を紡ぐ瑠花に、真剣な面持ちで聞き入る純哉。そこからもまた、瑠花の言い分は止まらない。
「はっきり言って嫌われたのかと思ってた、自分が冬田に知らないうちに傷付けるようなことを言ってしまってたのかと思ってた。でも冬田は……、自分のことが好きだったって言うんだよね?」
「………ああ」
嫌ってもいなかったし、傷付けられてもいない。純哉は心中で瑠花の言葉を否定した。やはり自分たちには行き違いがあったようだ。先刻の糸井が言っていたように、コミュニケーション不足から派生していたものではないか。
元から理想の自分になれていたのなら、とんでもない空振りだった。ならば1日でも早く、好きだと言っておけば良かったのだ。そう気付いたことを皮切りに、純哉はようやく己を客観視できた。
届くべき場所に届いていたとしても、相手と向き合わなければ真価は発揮されない。瑠花に何の報告も無しに関わりを断ったようなものなのだから、避けられていたと思われてもしかたがなかったのだ。
「……好きよ、峰村。……元の彼氏と別れたのは、何でなん?」
会話が一方通行になっている上に繋がっていない。自覚はあったにしても、聞かずにはいられなかった。何故、自分を好いておきながら他の男子と付き合い始めたのかと。
か細い声で尋ねる純哉に、瑠花は申し訳なさと情けなさを孕んだような物悲しい口調で答える。
「そもそもを言えば、自分の逃げだよ」
「………逃げ?」
「そう、逃げ。冬田ともう関われないなら、自分のことを好きだと言ってくれる人と付き合えば気持ちが埋められるんじゃないかと思ってさ」
それはいくらなんでも自分勝手が過ぎるだろう。今しがたの発言を聞いて純哉は怒りの感情を抱きそうになったが、結局は自分にも非があったと思い直してすんでのところで堪える。
そして、瑠花が次に言ったことが純哉を納得させた。
「でも、自分は冬田のことが忘れられなかったからそんなに長くは続かなかったんだ。だから別れたんだよ。冬田の代わりなんか、何処にも居ないんだってね」
世界中に、冬田純哉という人間は1人しか居ない。他の誰でもない、唯一無二の想い人だからこそ、瑠花はまた純哉に恋をした。付き合えたら誰でもいいではなく、純哉がよかったのだ。
これまでずっと溜まっていた重圧を吐き出すように一息吐いた純哉はそのまま柔らかい表情を浮かべると、良い加減2人にとって最もな結論を導き出す。
「なんよ、最初から最後まで俺たちは好き同士だったってことか」
「そういうことになるね、どうせなら好きなら好きって言っておけばよかったんだよ」
「ああ……、だな……」
空気が一変し、甘酸っぱい沈黙が辺りを支配する。先程のようにまた無言が続いたが、今度は2人でそれを打ち破った。
「………はははははははは!」
純哉も瑠花も、顔を見合わせて笑う。一体何がそんなに面白いのか分からないが、じわじわと溢れ出てきたのは笑顔だった。自分たちの理想はすでに叶っていたのだ。本当に、かなりの遠回りだったように思える。
ここまでくれば、互いに考えることは同じだろう。己の立場を重んじた純哉は、軽い足取りで瑠花のもとまで歩み寄ると約2年越しの希望を述べる。
「峰村、ちょっとずつでもいいから、きみと一緒に過ごすはずだった時間を取り戻していきたい。だから、俺と付き合ってほしい」
断る理由はない。ましてやそのつもりだった。
「こちらこそだよ、冬田。今度はちゃんと間違えないようにしていこうね?」
一途な想いを貫き通し、未来という時間が重なる。遠く離れていた分だけ、2人の愛は深く育っていくのだった。