story:13
段階を踏むとするならば、まずは結論から伝えたほうが確実だと思った。そこから補足のようなかたちでこれまでの経緯を説明し、相手の言い分があれば満遍なく耳を傾ける。あとは自分たちの今後の関係がどうなろうとも、成るべくして成ったと考えざるを得なくなるだろう。
一寸先は闇。先が見えないことは不安である以外なにものでもない。だが、前へ進むためには、ほんの少しでも相応の勇気を持つ必要があるのだ。
どうせなら逃げるという選択もなくはないが、彼はすでに覚悟を決めていた。仲間たちからの助言を受けた上でどのようにして目下の課題に終止符を打つか考え尽くしたのだ。
向こうが告げてきたのなら、自分も悔いを残さないよう告げる。1分でも1秒でも早く言うべきことを言えば、両者とも報われるだろう。
好きだった。その一言をメッセージで伝えるだけだというのに、肋骨辺りから熱く湧き上がる緊張感が、純哉の動作と思考を停止させる。本来なら直接会って言うべきことなのだろうが、この機会を逃してしまえばもう二度とチャンスが回ってこないような気がした。
今の時間は授業中だ。5時間目の教科である歴史総合の担当教員の目を盗み、純哉は机の下にスマホを隠して瑠花とのダイレクトメッセージの画面を開き、本筋とは違うところで頭を抱えている。
今からでも手短に伝えておけば、多少なりとも気持ちの整理ぐらいはつく。純哉なりの大胆な強行突破だった。考えた次には、それを実行に移すまでだ。
しかし授業中ということもあり、担当教員から発せられる解説なども耳に入ってくる。一応授業の内容も聞いているので、当然ながら頭の中に様々な情報が土石流のように流れ込んできていた。良い加減頭痛もするし、脳味噌がパンクしそうだ。
授業も聞くべきだし、相手に送る文言も考えたい。環境に依存した語彙や自身の脳内で膨れ上がる葛藤で板挟みになっている中、教員が純哉に目をつける。
「冬田、何してる?」
無防備だったところを突かれ、純哉はさっと顔を上げた。窓際の後ろ側の席なので目立たないと思っていたが、どうやら勘付かれたようだ。いよいよ純哉の心中に焦りが満ちる。
(ヤバい………)
仮にここでスマホを没収されたとして返却が遅くなったら、予定が狂ってしまうではないか。教員側の対処のしかたを把握していないだけに、純哉は余計に不安を募らせた。
授業が止まり、クラスメートたちの視線が一斉に純哉へ集まる。重苦しい雰囲気が充満する室内で、不審に思った教員が彼に近付いていく。
(っ!)
せめてもの悪足掻きとばかりに、机の中へスマホを押し込む純哉。怒られたりするのは別に構わないとして、今のタイミングの没収だけは困る。不都合になる可能性がある限りは、なんとかしてしのがなければ。
「何やら怪しい動きをしていたな……」
教科の担当である男性教員が眼前に迫る。ただならぬ威圧感に耐えながらも、純哉は土壇場の言い訳を並べ立てた。
「いやぁ、家の鍵が見当たらないなーと思って机の中とかを探してただけですよ。そんな怪しい動きに見えました?」
出来る限り動揺を隠して嘘を言う。すると担当教員は尚も疑わしげに純哉を睨んでいたが、しばらく無言を吐くと教壇へ踵を返す。
「今は授業中なので極力集中してもらいたいものだな。特に受験も控えているんだから気が抜けないだろう。冬田も就職だからといって他人事だと思うなよ?」
「あ、はい……」
授業中に利かせるべきメリハリは、仕事においても活きてくると言いたいのだろうか。また、純哉自身としても高校卒業後の進路は進学ではなく就職とはいえ、勉学を怠るつもりはない。今の自分がやるべきこととして、真面目に取り組む姿勢でいる。
休憩時間になると、糸井と尼川が足早に純哉のもとへと集まってきた。先刻の男性教員が教室から出ていったのを確認すると、糸井は開口一番に注意を促す。
「冬田さん、なにやってんのよぉ! ちゃんと勘付かれんようにせんと!」
「ほんまよーね、俺としたことが……」
ヘラヘラと笑って指摘する糸井に、純哉は苦笑したまま額に左手を当てて反省する。言動がとてもアウトローに思えるが、最も良いのは授業中以外の時間に動くことだ。
だからこそ、自身の精神状態とも相談した上で今後の方針を伝える。
「まぁ、あれだ。学校終わったあとにゆっくり言葉を考えよう。さっきもそうだけど、やっぱり授業中は落ち着かんかったわ」
普通に考えればそのほうが適切なのだが、焦ってしまったのが自身の常識を遮断させていた。ゆえに先刻教員に差されなければ、逆に判断を誤って良くないメッセージを送ってしまっていたかも知れない。
皮肉のようだが、純哉はある意味冷や水を浴びせられた。確かに早く事を済ませれば後が楽になるが、出来るだけ地雷を踏まないために落ち着いて考える必要があったといえよう。
そして放課後になり、純哉は改めて送信するメッセージの内容を熟慮して打ち込む。先日の告白に対する礼と、自らの想いを綴ったら、画面の一部をタップして一つひとつ送った。
『峰村、こないだはありがとう』 『実を言うとさ、俺も峰村のことが好きだったんだ』 『だからまた、ちゃんと話しがしたい』
相手を不快にさせる言い分になってないだろうか、誤字脱字はないだろうか、“実を言うと”の部分が取って付けたように見られないだろうか、やましい気持ちがあるように思われないだろうか、そもそもこれを見た時点でブロックされたりしないだろうか。
意識しているがゆえに文言を何度も見返してしまうのはよくあることか。純哉は今更ながら弱気になってきた。その心中を察してか、糸井は朗らかに笑い掛けながら助言を添える。
「冬田さん、大丈夫よ。なるようにしかならんて」
最悪の結果になったとしても、開き直るなりして前向きに対処しろと。結局はやらずに後悔するより、やって後悔したほうが良いではないか。糸井の穏やかな調子が、純哉だけでなく一緒に居る尼川へも安心感を与える。
期待と不安が交互に押し寄せる中、数秒置いて瑠花からの返信が来た。純哉は逸る気持ちに赴くままに、トーク画面へ視線を走らせる。
「……なんて?」
後ろで純哉を見守っていた尼川が尋ねた。対する純哉は連れたちのほうをゆっくりと振り返り、呆然とした表情で事実を伝える。
「……今日の夜、近所の公園で会うことになった」
どうやら向こうも、純哉に対する希望を未だに抱いているようだった。今頃どんな顔をしているのかは窺い知れないが、状況としては大いに進捗ありだ。加えてメッセージは読まれているので、最低限度のことは相手に伝わったのではないかと思われる。
後方の机にすがっていた糸井が腰を上げると、そのまま堂々と宣言した。
「よし! よかったな、冬田さん! あとは自分の思うようにやってみんさい! 当たって砕けろじゃ! どんな結果になっても恥じることはないけんね! ちゃんと自分の過去と逃げずに向き合えたことが凄いんよ!」
元はといえば、純哉自身が抱え続けてきた課題だ。自分たちが出来ることも言えることも、今はもう何もない。己の全てをさらけ出してこいとばかりに純哉を後押しする。
それでも、行く道中で不安に思うこともあるだろう。だからこそ、尼川は念押しで言っておく。
「冬田、待っとる間にまた不安に思うようなことがあったら連絡してきんさい? 愚痴でも何でも聞くけぇさ」
心底友人に恵まれたと、今になって思う。これほどまでに親身になって応援してくれる友人とは出会ったことがない。内から込み上げる熱をぐっと呑み込むと、純哉は心からの感謝を述べる。
「ありがとな。尼川、糸井」
糸井は力強く笑みを称えると、教科書類が入っている自身の鞄を背負い直して2人に促す。
「とりあえず帰ろうや」