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story:11

静寂に包まれた真夜中にて、影は一切の物音も立てずに私室へ侵入する。室内は常夜灯の薄暗い灯りと、窓から差し込む街灯の光が視界の確保を許していた。静けさはあれど、よくよく耳を澄ませれば穏やかな寝息が聞こえる。


乱雑な寝相でベッドに仰向けになっているのは、赤星由磨。梅雨時期の蒸し暑さが充満しているのもあって、格好は気温に合わせて半袖半ズボンの部屋着だった。それでも身体が冷えては風邪を引いたりしてしまうので、軽いタオルケットを掛け布団にしている。


だが、睡眠に入ってから何度か寝返りを打ったせいで、腹部より上が露出していた。よって、赤星美愛は彼を起こさぬように優しくタオルケットを動かして掛け直す。


(由磨………)


柔らかく微笑みながら、美愛は由磨の手をそっと握る。


比較的に深い眠りに入っていた由磨だったが、不意に気配を察してかゆっくりと目を覚ます。徐々に明確になっていく意識の中で、由磨は傍らに立つ小柄な女子高生の輪郭を捉えた。


(…………?)


本来ならば心霊的な事象に遭遇して悲鳴を上げるべきシチュエーションなのだろうが、由磨は取り乱さない。身内の誰かが自分に会いに来た。そういった認識だ。


「……美愛、どうしたの?」


彼女と会ったのは、これが初めてではない。以前からずっと会っている。連続して脳裏から呼び起こされる記憶をもってして、由磨は寝惚け眼をぱちぱちと開閉しながら問い掛けた。


「おはよ、由磨。ちょっとお話しようよ?」


昼に会ったのなら納得できるぐらいのノリで誘う美愛に、由磨は一息吐いて指摘する。


「きみ、今何時だと思ってんの? えーっと……」


由磨は壁際を見上げ、掛け時計を確認した。3時24分。長針と短針は、各方向を差す。オールナイトをしたならともかく、わざわざ起こしてまで遊ぶような時間ではないはずだ。とはいえ由磨に関しては、起こされたのではなく一応自然に起きたわけではあるが。


「3時半よ? さすがに寝かせて欲しいわ」


他に突っ込むべきポイントはあるのだが、由磨は違和感を覚えることなく棲みついた魂との会話を進める。対する美愛は、小さく頷いて返答した。


「分かった。けど少しだけ、私の話を聞いてくれないかな?」


「話だって?」


巷でよくいうお告げみたいなものか。まさか誰かが事故に遭って大怪我をするとか、そんな不吉なことではあるまい。


由磨と同様にラフな格好をした美愛は、たちまち口を開く。


「陽菜のことだよ」


「陽菜? って、朝山か。朝山がどした?」


「うん。陽菜とね、また一緒に2人で出掛けたり、恋バナとかしたいなーって思ってさ」


「おんおん」


生前、美愛の肉体に由磨が棲んでいた頃、彼女は自身の親友である朝山陽菜とともに苦楽を過ごしてきた。色恋沙汰に関しても2人で頭を抱え、プライベートでは遊びに行ったりもした仲だ。


しかし、今はもうそれが叶いそうにない。叶わないと分かっているからこそ、美愛は由磨へ後を託す。


「それで、ね、今の私は陽菜に触れられそうにないじゃん? だから、由磨は陽菜のことをしっかりと見てあげて?」


次いで美愛は、意味深な言葉を添えて話を締める。


「あと、ほんのちょっとでもいいから、陽菜の気持ちを汲んであげてね?」


「っ!」


健気な調子で絡む美愛が言い終えると、由磨は弾かれたように意識を引き戻された。呆然と天井を仰ぐ由磨の目に映っているのは、夜の闇を切り裂く外部からの光と、常夜灯の発信源である自室の照明だ。


「………………」


果たして、今のは自分が見ていた夢だったのだろうか。いや、夢にしては随分とリアリティのある夢だった気がする。確証がつかめない。


中々脳内で処理がつかないところ、由磨は夢にも似た現実を引きずって再び微睡んでいった。



1年4組の教室内では、続々と生徒たちが登校してきていた。誰かに向けた朝の挨拶や友人グループで交わす雑談が右から左へ抜けていく中で、由磨は自身の席に座ったまま呆然としている。


(………………)


昨日の夜、なんとも不思議な夢を見ていたような。夜中に目を覚ますと、自身の側に自分と同じ顔をした女性が立っていた。そして、彼女が語りかけてきて、いわゆるお告げを聞いた気がする。しかしながら、その内容ははっきりと覚えていない。


机に突っ伏して、由磨はそっと目を閉じる。すると突然、後ろから自身が座っている椅子を何者かに引かれ、無抵抗感に苛まれつつ跳ね起きた。悲鳴を上げることも出来ぬまま、由磨は素早く背後を振り返る。


「よぉ、由磨。えらい眠そうだな、あんまり寝れてない感じか?」


意地悪げな笑みを浮かべて、富名昂介は煽るように訊いてきた。由磨は一呼吸置いて反論する。


「富名かよ、いきなりびっくりするじゃんか」


基本的に自分から他者へ絡みに行くことが少ない富名だが、今日はどういう風の吹き回しだろうか。いつもは小庭を中心に連れ同士として関わっているが、こうして一対一で話すのは珍しい。思えば小庭がまだ登校してきていないが、それも何らかの裏付けであるのかも知れないが。


苦々しく言葉を返してきた由磨に対し、富名は一切の忖度なく答える。


「いやね、暇だったからちょっとそっちに悪戯でも仕掛けてやったら面白いんじゃないんかなって思ってさ。まぁ、ほんの気まぐれよ」


つまり暇潰しに使われ、気まぐれに付き合わされたと。なんとも子ども染みた動機だった。普段は大人しめで、どちらかといえば消極的な富名だが、由磨は彼の未だ底知れぬ毒味を感じる。


「おー、こわこわ。これは富名の近くで寝でもすれば知らんうちに刺されてそうじゃね」


「ふん、それはないから安心しな」


ノリを合わせて受け答えする由磨に、富名は鼻を鳴らして黙殺する。これ以上話を進めれば、自身の発言が冗談ではなく本音と捉えられかねない。冗談で言ってもどうかと思われる内容だったが、富名は引き際を弁えてオチをつけた。


そこから富名は、次にクラスメートに関する話題を振る。


「それより、太一はまだ来てないのな」


「ほんまよ、珍しいな。いつもならこの時間来とるはずなのに……」


毎日この教室で顔を合わす友人、小庭太一が来ていない。富名と同様に、由磨は室内を見渡して確認する。朝のホームルームが始まる前の今の時点で見てみても、教室に居る生徒の中に小庭の姿はなかった。


もしかすると遅刻か欠席か。そんな考えが由磨の頭をかすめた矢先、当人は転がりこむようにして室内に入ってきた。


「……………………!」


顔面蒼白で、ドアを突き破りそうなほどの勢いで駆け込んできた小庭。危機迫る表情のまま息を切らして立ち尽くす小庭に、クラスメートたちの視線は一気に集中する。


小庭の登場により、教室内に響いていた話し声もぴたりと止まった。皆一様に何事かと彼を見詰めているのもさることながら、由磨は呆然と心中で呟く。


(お、おいおい……! どうした急に)


次いで、その心の声に呼応するように、小庭は由磨と富名のもとまでのそのそと歩み寄る。ただごとではないと戸惑う富名は、自らの不安に依存した強気な口調で相手に問う。


「なんや? そんな死にそうな顔してから……」


すると小庭は、眉間にしわを寄せたまま鋭い眼光で2人を睨み、事の一部始終を大声で発表する。


「腐ったコーヒー牛乳を飲んだんじゃああああああああああ!」


「……………………」


「は?」


小庭を除く、1年4組の生徒全員が唖然とした。意味の分からなさに拍子抜けしたし、第一それだけならそんな大袈裟に言うことでもないだろう。疑問が疑問を呼び、謎が謎を呼んだ。


「何言ってんの、お前」


たまらず富名が、皆に代表して突っ込む。もはや苦笑いさえも出てこない。ドン引き気味な富名は、1人で勝手に発狂する連れへ侮蔑の眼差しを向けている。


「そのせいでなぁ! 俺は朝からトイレとお友達だったんじゃ! おかげで遅刻するかと思ったわああああ!」


尚も声を張り上げながら、富名たちへ急接近する小庭。普通に汚い話だった。グイグイと近付いてくる小庭に、富名は手の甲で払うハンドサインをしてあしらう。


「近い近い、分かったから離れろ。一緒に居る俺等も恥ずかしいわ」


「それな、頼むから俺等まで巻き込まんでくれ」


富名と由磨が続けて注意すると、小庭の腹部からけたたましいほどの音が鳴る。これは波が来たようだ。


「わっ、悪いけど先生にはホームルーム遅れる言うといて! ちょっ! ごめん! どいて! 腹が痛い! 腹が痛い! 腹が痛い!」


右手で腹をおさえたまま、小庭はクラスメートたちを掻き分けてトイレまで走る。しかしながら、よくもあんな発言を女子生徒も居る中で堂々と恥じらいもなくできたものだ。


呆れ返った富名は、数舜の沈黙を挟んで皮肉を添える。


「あいつもう遅刻でいいだろ」



2時間目の科学の授業が終わり、1年4組の教室内はたちまち緩やかな雰囲気に切り替わった。授業内容としては小テストが実施されたため、生徒たちの間ではその話で持ちきりだ。


由磨が鞄に教科書類を片付けて次の授業の準備をし終えると、後ろの席の朝山陽菜が声を掛ける。


「赤星ぃ、テストどうだったぁ? 手応えはある感じかなぁ?」


ゆったりと言葉を紡ぐ陽菜のほうを振り返り、由磨も気楽な調子で他愛もない会話を展開させた。


「まぁ、変な凡ミスがなければ満点かな? って感じ! 逆に朝山はどうよ? 楽勝だった?」


そこそこ勉強はしてきたし、問題自体も暗記でなんとかなるものだったので満点である可能性は充分にある。小テストだったのもあって、ハードルも高くはなかった。


素直な感想を述べる由磨に対し、陽菜は困ったような笑顔で受け答える。


「んー、僕は3つか4つぐらい落としちゃったかなぁ? ちょうどテスト範囲で見落としてるとこがあったしぃ」


「マジかぁ、それは惜しかったね」


「だねぇ。でも赤星は凄いなぁ、ちゃんと全部覚えたんだ」


「んん、いうても俺もギリギリだったけどね」


陽菜は部活と自主的な基礎体力の強化に力を入れていたため、あまり勉強はしていなかったのだという。落とした問題以外は確実に取れたと思われるが、詰めが甘かった。


「そうなの? 赤星って頭良さそうだし、期末も余裕でしょお?」


「どうかな? これでテストの難易度を一気に上げられたらマジでキツいけどな」


「それはみんなも一緒だよぉ」


「あ、そうか。へへへ……」


近頃由磨と話していると、時間の流れが異様に早く感じる。楽しい時間はあっという間に過ぎ去っているような感覚だ。そもそも元より陽菜は、由磨とこうして笑い合っていること自体が有意義に思えているので、それは間違いないのだが。


一方で、妙に胸が苦しくなったりもする。今までこんなことはなかった。切なさと躍動感を包含した精神的な刺激は、陽菜の心をだんだんと温めてゆく。


「それでさー、………おっ」


3時間目の開始を告げるチャイムが、由磨と陽菜の会話を遮る。本当に、気が付けば展開が次に移行する感じなのだ。


「……………」


一点に集中し、由磨の後ろ姿を見詰める陽菜。願わくば、彼と今以上に近い関係で在りたい。クラスメートや異性の友人を越えた特別な間柄へ。


貼り付けた笑顔の裏側に、陽菜は溢れ出る憂いを馳せた。

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