♯3 卑怯者
ママ「あら?こんな時間に誰かしら」
立ち上がろうとするママさんの手を、パパさんが掴む。
その手には必要以上に力が込められているように感じた。
ママ「ど、どうしたの? あなた・・」
パパ「・・・・・・」
ママ「あなた・・どうしたの? 今日は何だか様子がおかしいわよ?」
パパ「あ、あぁ・・君はここにいて。 俺が出るよ」
日下部「ささ! お父上殿、いざ参りましょう!!」
玄関へ向かうパパさんに、俺は後ろからついて行く。
ワンッ!!ワンッ!!
犬の吠える声が聞こえてくる。
ラッキーが来訪者を威嚇しているのだろう。
パパ「・・どちら様ですか」
玄関扉に向かってパパさんが尋ねる。その声は微かに震えていた。
玄関扉には磨りガラスの部分が有り、外にいる人のシルエットが黒くぼんやりと玄関の照明に照らされていた。
外はさっきより酷くなっており、横殴りに打ちつけるような雨風が吹いている。
こんな時間、こんな天気の中わざわざ訪問して来た黒いシルエットはパパさんの呼びかけに応じることはなかった。
明らかに様子がおかしい。
日下部「ふぁ・・こんな時間に誰よ〜? 早くお風呂で宝探ししたいんすけど、俺」
ワンッ!!ワンッ!!ヴゥゥ〜
ラッキーの声に凄みが増してくる。
しかし、黒いシルエットは微動だにしない。
パパ「・・もう、こんな時間です。 お急ぎでなければ日を改めていただけますでしょうか」
黒いシルエットに変化はない。
まるで、そこにマネキンが置いてあるかのように。
ワンッ!!ワンッ!!ワンッ!!
ラッキーはけたたましく吠え続ける。
しかし、次の瞬間
________キャンキャンッ・・
弱々しい悲鳴を2つ3つ上げたラッキーは、もう鳴くことはなかった。
パパ「・・おい!? 警察を呼ぶぞ!!」
パパさんの口調は明らかに強くなり、そして取り乱していた。
日下部「え・・これ・・やばくない・・?」
________その時、外がストロボを焚いたように一瞬明るくなる。
稲光の直後、耳をつんざく様な激しい落雷の音が轟く。
そして、辺りは完全なる闇に包まれた。
「いやぁぁぁああ!!」
間髪入れず、今度はリビングの方から女性の悲鳴が響き渡る。
日下部「何よ何よ何よっ!! 何が起きてんだよ!?」
俺はその場に頭を抱えてしゃがみ込んだ。
パパ「シン・・? ユナ!?」
ドタバタと走る音が聞こえる。
姿は見えないが、おそらくパパさんはリビングに向かったのだろう。
「パパさん、待ってぇ・・一人にしないでぇ」
俺は砕けた腰で這いずるようにパパさんの後を追う。
恐怖と興奮の中、息も絶え絶えにやっとリビングにたどり着いた。
「はぁ・・はぁ・・パパさん? みんな?」
リビングの床は所々水浸しになっており、部屋の中には渦巻くような風が吹き込んでいた。
どうやらベランダへ続く窓ガラスが割れているようで、暗闇の中でもカーテンがバタバタと大きくなびいていることが分かる。
唸る風の音と、頻繁に鳴る雷で自分の声すらも聞こえない。
一瞬光る稲光の中、リビングの中央でうずくまる人影が見えた。
パパさんだった。
「よ、良かった。無事だったんですね!」
無駄とはわかりつつ、声を掛けずにはいられなかった。
『・・ぁ・・あぁ・・ぅあ・・あぁぁ』
「パパさん? ・・ど、どうしたんですか?」
『どう・・して・・こんな・・』
「パパさん!? しっかりしてください!! 一体なにが・・」
そう言いかけた時、俺はパパさんが何かを抱えていることに気づいた。
暗くてよく見えない。
その間もパパさんは、呆然と宙を見つめ、嗚咽の様な呻き声を上げ続けている。
俺は、パパさんの抱える “それ“ にできる限り顔を近づけ、その正体を確認しようとする。
その時、また大きな閃光が走る。
稲光に照らされて見えたものは、
________首から上がない人間の姿だった。
「・・・・え?」
俺は目の前に横たわる、“それ” から目が離せなかった。
脳という制御機関を失ったにも関わらず、“それ” は未だなお細かく痙攣していた。
“それ” の肩からエプロンの肩紐がずれ落ちる。
スプラッター映画でよく見る光景。
しかし、目の前の “それ” は作り物や特殊メイクなどではなく、つい先ほどまで家族水入らずの団欒を囲んでいた、血の通う人間だったのだ。
「____っ____っは____っはぁ」
声を出すことができない。
呼吸すらままならない。
目に映る景色の解像度が急激に荒くなっていく。
これは夢?
それとも現実?
たとえ夢であっても、俺が今感じているこの恐怖は現実だ。
部屋の中央ではパパさんが未だに変わり果てたママさんを抱え、その手を握っている。
(そうだ・・これはっ・・これは夢なんだ)
俺が力一杯両手を合わせ祈っていると、また稲光で部屋の中が真っ白に照らされる。
そして、俺は見た。
パパさんの後ろ、
全身真っ黒で、
能面を被った異様な存在。
それがパパさんの首を、ナイフで切り裂くその瞬間を。
パパ「んぐ・・かはぁっ・・コパァッ・・」
パパさんはママさんの上に覆い被さるように倒れ込む。
気管に血が流れ込んでいるのか、苦しそうに悶えるパパさん。
(や、やばいよ・・なんだよ・・何だよこれ!?)
俺は少しでも動けば能面男に見つかりそうな気がして、部屋の角でうずくまり、目を瞑って祈っていた。
(夢よ覚めろ、夢よ覚めろ、夢よ覚めろ、夢よ覚めろ、夢よ覚めろ、夢よ早く!! 覚めろよぉ!? 早く醒めてくれぇ!!)
ズズズ・・ズズズ・・
何かを引きずる様な音が聞こえる。
俺は怖くて目を開けることができない。
そして、何かが俺の足を掴んだ。
「ヒィッ!?」
目を開くと、そこにはパパさんがいた。
何故かパパさんは俺を視認しているように感じた。
怯える俺の目を見て一瞬微笑んだような気がするのだ。
『ど・・オェ・・どう・・カハァッ・・シン・・ユナ・・だ・・ングッけでも』
『た・・グゥ・・ングッ・・すけ・・てぇ・・』
『ンヴヴ・・きみ・・なら・・ングッ・・きっ・・と・・』
そう言うとパパさんは力なく項垂れ、それっきりもう動かなくなってしまった。
「ぅ・・ぅうわぁぁあああああああああああぁぁ!!」
俺はパパさんの手を振り払い、這いつくばるように逃げ出した。
もう、これが夢か現実かなんてどうだって良かった。
俺は、一刻でも早くこの地獄から逃げ出したかった。
「いやっ・・だぁ・・はぁっ・・死にたくっ・・ないっ・・はぁっ・・はぁ・・」
決して大きな家ではないはずだが、玄関までの距離が途方もなく遠く感じた。
途中、何かに足を取られ勢いよく転んでしまう。
「ひぃ!?」
『・・すけて』
「・・え?」
『・・たすけて』
その声は弟のシンだった。
暗闇の中だったが、彼が俺の足を掴み、助けを求めていることが分かった。
「き、君・・無事だったのか!!」
『痛いよぅ・・』
「もう・・もう大丈夫、早くここから逃げよう・・!」
自分でも分からない。
ついさっきまでは誰を蹴落としても死にたくなかった。
その筈なのに、いざ目の前に助けを求める子供が現れると放っておけない。
俺は彼に肩を貸し、2人で玄関にたどり着いた。
玄関扉のドアノブを握ると、ふとパパさんの最後が頭をよぎる。
あれは、何と言っていたのだろう。
俺はギュッと目を瞑ると、振り払うように頭を振り、玄関を開ける。
ガチャッ
玄関扉は拍子抜けするほど簡単に開いた。
今度は見えない壁に阻まれることもなく、俺はこの地獄を抜け出すことができたのだ。
少し離れたところには、外灯や家々の光が点々と並ぶ。
「や・・やった・・!! これで・・ここから・・」
『さむいよ・・おかぁさん・・』
シンが弱々しく呻く。
「大丈夫だ、シン君! これでもう、だい・・じょう・・」
俺は彼の顔を覗き込んだ。
「ひぃぃ!?」
俺は思わず彼を突き飛ばしてしまう。
彼は、両の目を抉り取られていた。
『おかぁさん・・いたいよ・・こわいよ・・』
彼は地面で体を丸め、震えている。
「・・ぁあ・・ぁああ・・何だよ・・何なんだよ・・」
後ずさる俺は、何か柔らかいものを踏む。
振り返るとそこには、はらわたを全て掻き出され、骨と皮だけになった犬の様な何かが打ち捨てられていた。
「うわぁああああああぁぁあああ!!」
___________________________________
俺は走った。
「ハァッ・・ハァッ・・ハァッ・・」
どこに向かっているのかも分からず、只ひたすらに走った。
あの家から少しでも遠くに逃げたかった。
ドザァ!!
「ひぃぃっ!!」
ぬかるんだ地面に足を取られ、つまづいて転んでしまう。
後ろからあの能面の男が追ってきているんではないかと気が気ではなく、這いつくばりながら立ち上がり、またどこへともなく駆け出す。
向かい風の中、雨風はより一層強さを増す。
雨雲の中で頻繁に起こる稲光が、醜く矮小な俺を嘲笑っている様だった。
いつの間にか、俺はびしょ濡れのまま踏切の前に立っていた。
カンッカンッカンッカンッ
列車の光が近づいてくる。
「はぁっ・・はぁっ・・はぁっ・・ゴクッ」
「・・・・・・」
パパさんもママさんも死んでしまった。
シンは重症だったが、今すぐ戻って病院に連れて行けば助かるかもしれない。
戻る? あの家に?
________冗談じゃない、巻き込まれて死ぬなんて御免だ。
って言うか、他人を助ける余裕なんてお前にあるの?
________そうだよ、手前の人生すらままならないのにな。
いや、そもそもこれは夢なんだろ?
________どっちでも良いよ、怖い思いも、痛い思いもまっぴらだ。
「・・ははっ・・夢の中ですら俺は・・」
その時、俺は誰かに背中を強く押され、眼前に迫る列車の前に身を投げ出した。
列車の光で目の前が真っ白に染まる。
「・・そう言えば」
ユナちゃんの姿を見ていない。
彼女はどうなったのだろう。
その瞬間、列車の下に引き込まれた俺の体はバラバラになる。
________その瞬間、また俺の視界は暗転する。
目を覚ますと、俺はまた “あの家” にいた。
さっきまでと違うのは、今度は一切体を動かすことができないということだ。
そして何故か、俺の体はユナちゃんの部屋の天井に張り付いており、部屋の全体を見渡せる格好だった。
“あの子” がベッドに縛りつけられている。
「生きてたのか・・」
その傍らに能面達が3人立っていた。
俺はなぜか頭が異常に明瞭で、晴れ晴れとしていた。
だからこそ俺は、今から縛られた “あの子” に “奴等” が何をしようとしているのかが手に取る様に分かってしまう。
猿ぐつわ越しに “あの子” が声にならない叫びを上げる。
“奴等” が “あの子” の衣服を剥いでいく。
「やめろよ!!」
________俺の声は届かない
「やめろって!!」
________その間にも “あの子” は辱められていく
「おい!ふざけんな!!聞こえねーのかよクソ仮面っ!!」
________“あの子” が痛みと屈辱で泣き叫ぶ
「卑怯者!!おい卑怯者!!!かかってこいよ!!!そんなガキじゃなくてっ!!俺が相手だクソヤロー!!!」
________どす黒い欲望を打ちつけられる “あの子” はまるで壊れたオモチャの様に激しく揺れ続ける。
そこには人間の尊厳など、微塵も存在しなかった。
「お・・おい・・もぅ・・もう・・止めてくれ・・おねが・・お願いっ・・だから」
目の前で行われる常軌を逸した行為の連続に耐えられなくなった俺は目を瞑る。
しかし、何故か目を閉じることができない。
この悲惨な光景から目を逸らす事すらできない。
俺はただ、目の前で純粋な少女が壊されていく様を、ただ指を咥えて見届けるしかなかった。
“あの子” の顔は涙と涎、そして汚物や体液に塗れており、その表情を伺うことはできなかった。
___________________________________
事を終えると “奴等” は大きなノコギリを取り出す。
それを見た “あの子” はしばらく呆然としていたが、その後狂ったように暴れ出した。
最後に自分がどうなるのか、悟ってしまったのだろう。
ユナ「ンンンンンン!!ヴンンンンンッ!!」
「やめろ・・何が・・目的なんだよ・・もうやめろよ・・頼・・むよ・・」
“あの子” の両脇に “奴等” が一人づつ立ち、“あの子” の首にノコギリを当てがった。
“あの子” は一層泣き叫ぶが、救いの手が差し伸べられることはない。
「・・めろ・・」
「・・めてくれ・・ょ・・」
「やめろぉぉおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおぉ!!」
俺は、今まさに行われようとしている悪魔の所業を止めることもできず、
目を逸らすことも、耳を塞ぐことも、気を失うことも許されない。
気が狂いそうだった。
まだ狂っていない事が不思議なほどに。
そして、ゆっくりとノコギリの往復運動が始まる。
耳を塞ぎたくなる様な “あの子” の断末魔。
俺に、なす術はない。
その光景、
その悲鳴、
肉と骨が切られる音。
全てを受け入れて、それでも意識は鮮明に保たれる。
やめてくれ
やめてくれよ
なんで なんで こんなことするんだよ
その子が あんたらに なにしたっていうんだよ
おれが あんたらに なにしたっていうんだよ
もう やめてくれよ
___________________________________
“あの子” の悲鳴が段々と、か細くなっていく。
「・・ぁう・・あぁ・・あぅ・・」
俺は、もう何も感じなくなっていた。
目から、耳から、脳へと強制的に流し込まれる悪夢に心が耐えられなかったのだ。
ふと “あの子” と一瞬目があったような気がした。
その時、“あの子“ は俺の存在に気づいたかの様に大きく目を見開く。
そして、その顔を歪ませた彼女が、俺に向かってはっきりとこう言った。
「卑怯者」
本田翼似の女子が書いています。
もし少しでも引っかかりを感じていただけたら、評価、ブクマ等々よろしくお願いします。
感想にはなるだけ、返信をしたいと思っています。
何もあげられませんが、少しでも、超エキサイティンッ!!
そんな物語を描ける様、精進して参ります。
本田翼似の女子が書いています。