世界を護りしもの~魔王城のごましお
『うむ、それでは世界を滅ぼしてくる』
『『『『いってらっしゃいませ、魔王様』』』
ここは魔王城、大勢の家来たちに見送られ、最強の魔王が城の出口へと向かう。
玄関で靴を履き替えようとする魔王が、ふと膝に柔らかいものを感じて視線を落とす。
『何をしているんだ、ごましお?』
『うにゃん?』
魔王の問いかけに疑問形で返す不敬な毛玉は、魔王城に住み着いているネコだ。白黒なのでごましお。彼の名前に関しては、魔界中で大論争になったのだが、最終的に魔王の鶴の一声で決着した。
『ごましお、我はいまから大事な用事が……ふふっ、おぬしは本当に我の膝の上が好きだな』
ごましおの定位置は、魔王城の玄関だが、通行人が現れると、その膝の上に移動する。別に魔王が特別なわけではないのだが、本人はそう信じている。
甘えるように指をしゃぶるごましおに、魔王の顔はすっかり緩んでしまう。
『うにゅう~、ゴロゴロ……』
とうとうお腹をさらけだすごましお。こうなっては手が付けられない。靴を履き替えることなどできない。
『……興が醒めたな。世界を滅ぼすのは次の機会でいいだろう』
***
現在、会議室では、世界を滅ぼすための作戦会議が行われている。
『それで、次の作戦だが……む、何をしているんだ、ごましお?』
『うにゃん?』
卓上に広げられた地図の上でのたうち回る、ごましお。
これではまったく会議にならないではないか。
だが、魔王をはじめとして、だれも手出しはできない。下手に刺激すると、大事な地図をビリビリに破いたり、テーブルの上のコーヒーをこぼされてしまうかもしれない。好きにさせるほかない。
『……興が醒めたな。世界を滅ぼす作戦会議は来週に延期だ』
***
ある日、魔道具作りの天才である四天王の一人が魔王のもとへやってきた。
『魔王様、お喜びください。人族に高い効果のある魔道具が完成しました。これさえあれば、世界を支配するのも時間の問題――――って、何をしているんですか、ごましお?』
『うにゃにゃにゃにゃん!!』
魔道具にじゃれつく、ごましおの姿に目を細める魔王と四天王。
『似たようなものをたくさん作るのだ! できるか?』
『……お任せください。私は天才ですから』
危険な魔道具作りは無期限延期となった。
***
とうとう魔王城に勇者一行がやってきた。
「あれが魔王城……ようやく辿り着いたな。みんな、よくここまで付いて来てくれた」
「ああ、魔王さえ倒せば、きっと世界は平和になる。行こう」
インターホンを鳴らすが、返事はない。
「くっ、まさかの留守か? せっかくここまで来たっていうのに……」
「あっ、待って、ここから入れるかもしれないよ?」
聖女の声にはっとする一同。
たしかに彼女の言う通り、地面すれすれの位置に小さな扉が設置されており、どうやら出入りは自由のようだ。
「いや、いくらなんでも狭すぎる。女性ならギリギリいけるか?」
男の体では通り抜けるのは難しい。
「私も胸が引っかかるから無理ね……マナ、貴女なら行けるんじゃない? なんたってマナ板なんだし?」
「はあああああああ!? ふざけんなよ、この牛女が!!」
憤慨する盗賊の女だったが、みんなに説得されて、渋々了承する。
「気をつけろよ、何かあればすぐに引き抜くからな?」
パーティメンバーが見守る中、城内への侵入を試みるマナ。不法侵入は心苦しいが、これも世界平和のためだ。
「いやああああああ!?」
「だ、大丈夫か、マナッ!?」
慌てて引き抜くメンバー。マナの顔は紅潮し、呼吸も荒い、明らかに状態異常だ。
「くそっ、罠か……何があった、マナ?」
「……ネコがいた」
全員の動きが止まる。勇者パーティは全員筋金入りのネコ好きだ。
「そんな馬鹿な……だってここは魔王城なんだろ?」
「そ、そうよ、だってネコ好きに悪い人はいない、そうでしょ?」
信じられない、信じたくない。ならば、魔王とは一体何だというのだ?
メンバーの前で小さな扉が開き、ごましおが出てくる。
『うにゃん?』
勇者一行の顔を不思議そうに眺めると、とりあえず挨拶代わりに腹見せを披露する。
勇者たちは、互いに黙って頷き合うと、黙々とごましおをモフる。
『くあっ!?』
しばらくモフを堪能すると、ごましおは小さく伸びをして再び魔王城へと消えていった。
「……帰るか」
「……そうね」
「……そうだな」
「……可愛かったね」
今日もごましおは魔王城の玄関にいる。
世界の平和と調和を護るため?
いいえ、一番日当たりが良いから。ひだまりが心地いいからね。
イラスト:秋の桜子さま