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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第97話 画。



「あっ、今の構図は良い。脳内に焼き付けとかないと、忙しい忙しい……(ブツブツブツ)」



 私達がダンジョン都市から出て、海のある方へと旅に出たその日。


 私はエアを背負いながらのんびりと歩いていたのだが、ふとした時に、大きなカバンを背負って右手には絵筆を持ち、左手には大きな板を持った不思議な女性が、何やらブツブツと呟きつつ私達のほぼ真横を歩いている事に私は気が付いた。


 その女性は前を見ず、ひたすら私達の方ばかりを見ているので、少し怖い。……いや、かなり怖かった。


 私もエアもあまり関わりたくない相手だと瞬時に悟り、彼女とは逆の方向を見て歩いているのだが、時々『あー、こっち向かないかなー。真正面からの画が欲しいんだけどなー』とぼそりぼそりと聞こえてくるので、少しだけその女性を確認してみると、ひたすら板に筆で何かを描き続けていた。



 恐らく彼女は画家の卵的な人なのではないだろうかと私は想像している。

 ここら辺で画家と言えば、一般的に貴族を相手にする専門的な職業として知られていた。


 特に貴族の肖像画だったりは、かなり画家としての腕の見せ所で、本人を見たままをそっくりに描いたり、少し見栄えを良くしたものを描いたり、その貴族本人がどうして欲しいかを聞き、その要望を汲み取ってその通りに描いたりと、色々と匠の技術が求められる大変に難しい職業である。



 その仕事自体は多く、一つ一つがそれなりに時間のかかる作業の為、有名な画家は幾人も弟子を取り、工房でみなが作業するのだと私も聞いたことがあった。

 有名な者や腕のあるものは直ぐに貴族のお抱えになったりするので中々に稼ぎも良いそうなのだが、彼女の様に恐らくはまだ誰のお抱えでも無い者達は、あまり多くない給金をやりくりして、どうにか日々技術の研鑽に努めると言う、そんな厳しい世界なのだとか。



 恐らくは彼女もそんな画家の卵の一人だとは思う。が、彼女は何故わざわざ街の外で描いているのだろうか。それだけは分からない。



「近い。なんだ。何か私達に用か?」



 流石にもう手が触れ合えそうな距離まで近寄られてしまっては流石に話しかけない訳にはいかなかった為、私は遂に話しかけてしまった。



「"え、あっ"、そ、の、わたし、あっ、いぇ、なんでもないです」


「わたし?」


「ぎゃっ、かわ、いぃですねぇ」



 だが、私に話しかけられた画家タマ(画家の卵の略)は、先ほどまでの独り言の十分の一程の声量になると、急にあたふたとする。

 まるで話しかけられるとは微塵も思っても居なかったという態度であるが、本気だろうか。

 今、私達と彼女の距離は二十センチ程しか離れていないのだ。周りから見たら完全に私達はただの同行者である。



 それに彼女があたふたした時に、偶然エアの名前が呼ばれた為、呼ばれたエアはクルっとそのガカタマの女性の方に顔を向けた。

 すると、『かわいい』という形容詞の前に付く言葉としては中々に珍しい『ぎゃっ』と言う感嘆詞と共に、彼女はエアの顔にボーっと見惚れ始めたのである。



「もし」


「…………」


「そこの君」


「…………」


「……ダメか。エア、一言なにか頼む」


「ねえねえ」


「はっ、はいっ!」



 私の言葉では一切返事をしなかったのだが、エアの言葉には一発でガカタマの女性は瞳をキラキラとして良い返事をエアに返した。


 エアはそんな彼女の私との扱いの差を見て、ケタケタと笑っている。ツボに入ってしまったらしく、エアはお腹を押さえて笑っているのだが、そんなエアの楽しそうな顔を見てガカタマの女性も嬉しそうに笑っているのだ。……なんだろうこの不思議な状況は。



「……あれっ!?私いったいいつの間に街を出てたんでしょう!!」



 そして、笑いが治まったエアに、彼女が何の為に私達を追いかけていたのかと尋ねて貰ったら、本人から出た言葉が先ずそれであった。……あっ、この子、少し残念なタイプの女の子である。


 曰く彼女は街でエアを見つけて、ちょっと画を描きたくなったのだが、流石にいきなり話しかけてモデルになってくれとは言えず、隠れ見ながら付いて来て、ひっそりと描いていたのだという。


 丁度よく街で静物画の練習をしようと思っていたので、『装備一式を持っていてよかったです!』と嬉しそうに本人は話すが……辺りは既に夕暮れ、街からは凡そ一日の距離である。彼女はこの後いったいどうするのであろう。



「……えっ、あっ、ちょ、と、お、にが、で、だか、すみません」


「わたし?」


「うぎゃ、かわぃぃ、とおもいます」



 見た。さっきも見たぞ。このやり取り。

 だが、私が話しかけると話が全然進まないのでエアに詳しく尋ねてもらった所、どうやら彼女は男性恐怖症らしく、日常会話も殆ど話す事ができないレベルという話であった。


 それでは日常生活も大変だろうと思ったが『世界の半分は女性なので、大丈夫ですっ!』と元気な笑顔でエアに話している。



「……だが、それだと君は画家としてやっていけるのか?」



 だが、思わず私の口からそんな言葉が出てしまった時に、それを言われてしまった彼女はしょぼんと落ち込んだように地面へと座り込んでしまった。……どうやら言ってはいけない言葉だったらしい。まあ、ちょうど良い時間ではあるので、今日はここを野営地にしようか。



「…………」


「だいじょうぶ?」


「はい。だいじょうぶです。……それであの、わたし、実はとある画家先生の弟子の一人だったんです──」



 そうして、彼女がエアに聞かせてくれた話によると、運よく有名な画家の工房に腕を見込まれて弟子として入る事が出来たのだけれど、この症状のせいで男性からの依頼は真面に仕事を引き受ける事が出来なかったのだとか。


 画の内容は顧客の好みが反映される為、会話がとても重要なのだが、彼女は男性相手だとそれが上手く話せず、貴族に対する失礼を避ける為にも、女性のお客様専門にしてもらったのだと言う。



 ただ、顧客は大体が貴族、それも普通は男性の方の依頼の方が一般的には多い。

 一応、貴族の女性の依頼もないわけではないので、女性同士ならば問題なく話せるからと、今まではそれを回してもらって、なんとか仕事を続けてこれてはきた。

 だがそれも……とある問題のせいで、最近の彼女はスランプに陥ってしまったのだとか。



「どんな?」


「実は私……理想を描くのが苦手なんです」



 要は、顧客の要望通りに描くと言う事はつまり、『現実よりも少しだけ痩せた風にしてほしい』とか、『ここはもう少し綺麗に描いて欲しい』とか、『今、あなたの目の前に居るのは間違った私。本当の私の魂の姿はこうなんです』とか言う、そんな顧客の望む画を描く事である。



「出来なくはないんです。でも、貴族のご令嬢たちの婚姻の為の絵とかになると、もう殆ど別人じゃないですかって絵が結構あって、それだったら私最初から別人の綺麗な人の絵を描いちゃってもいいかなって思っちゃって……そもそも、こんな絵に意味はあるのかなって──」



 そしてまあ、人が望む画を描くことが出来ないわけではなかったのが、段々と上手く描けなくなってきて、描くだけでなんか苦しくなってきてしまったそうなのだ。


 それで遂に、とある日、いくら描こうとしても筆が一切動かなくなってしまったのだと言う。

 描けるはずだ。描かなきゃ、描くんだ、描かないと……。


 だが、どんなに強く思ってもどうにもできなくなってしまった。

 男性とは会話が出来ず、女性の絵は筆が動かない。

 そうなった彼女は最終的に、師匠である画家先生に工房を辞める事を告げて、一人でまた一からやり直す事に決めたのだそうだ。



 人の望む画ではなく、まずは自分の描きたいものを。

 自分の目に見えるそのままの美しい風景を。

 自分の生まれ育った街を、少しずつ描いてみる事から始め直したのだと言う。



 だが、そうして風景を描き続けてきたある日、厳密に言えば今日に、彼女は久しぶりに、絵に残したいと。素直に描きたいと思う人を発見したのだという。


 ……そして、その人物こそが、言わずもがな、エアだったのだとか。



「わたし、初めてお会いしたんです。鬼人族の方。綺麗な黒髪に、命の輝きそのものみたいな赤い角。大きな瞳に、かわいいお鼻から薄めの唇の綺麗なお口までの一切歪みの無い整ったライン、それに小顔だし、耳もぴったりの大きさ、スタイルもすらっとしてて足も長くて、チラッと見えてるおへそも綺麗だし、服もかわいい。もう全部がかわいいと思ったんです。わたし、初めてなんです。ここまで描きたいって思える方に出会えたの!それにですね凄く笑顔が素敵で──」



 ガカタマの彼女はそれはそれはエアの事をべた褒めしてくれた。

 エアはあまりに可愛いと言われ過ぎて、最初は顔を赤らめていたのだけれど、今では逆に引き気味になっている。ただ、私は素直にエアの事を良く評価してくれている事を嬉しく思った。



 ……だがしかし、彼女の話には一つだけ大きな問題があった。

 それはなんと言っても、話が長いのである。それもエアについて異常に興奮した彼女の話は、とにかく長かった。



 私も最初は聞いていられたのだが、『鬼人族の方。綺麗な』辺りで私の『話長いぞセンサー』が警報を鳴らし始め、我慢していたのだけれど『笑顔が素敵で』まで聞き取れた所で、呆気なくも私は力尽きたのであった。



「──あだっ」



 そうした翌朝、日の出が見えて互いの顔がようやく確認できるぐらいの時間帯。

 私は顔面に突如として痛みを感じ、目を覚ましたのであった。




またのお越しをお待ちしております。

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