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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第94話 未。



「エアちゃん、お願いだ、辞めないでくれ!」


 そんな青年の声に続き、道場の男性諸君の『話を聞いてくれ』と言う声も重なった。

 彼らは皆エアへと頭を下げて懇願している。



「ロムさん、お願いします、行かないでください!」



 そして、私の方も女性たちが何やら頭をさげてお願いしてきた。

 エアも少し離れた場所で困ったような顔を私に向けている。




 目の前の光景が少しだけ不思議な事になっているが、今の状況を説明するのは簡単であった。

 私達へとそれぞれ頭を下げている面子は、男性達も女性達もみな、私達に『道場を辞めないでくれ』とお願いしてきているのである。



 ──事の始まりは、私達がそろそろ武術以外の事にも目を向けてみようかと、これからの予定について話していたことがきっかけであった。


 そして、それをたまたま道場主が聞いてしまったらしい。


 『えっ、それはつまりロムさん達、ここから居なくなっちゃうんですかっ!?』と、何時も楽しそうな表情ばかりの道場主が、珍しく絶望したような顔をし、まるで世界の終わりを聞いたとばかりに驚愕すると、腹の底から大声を出した事でこの前生まれたばかりの赤ちゃんが目を覚ましてしまい、大泣きする赤ちゃんに道場主の奥さんの不機嫌度合いはかなりアップした。


 そしてそれを聞いていた道場の者達にも動揺が走ると、一瞬でその情報の重要性に気付いた何人かが外へと走り出し、その情報を拡散、更に広がる情報と、止めどなく押し寄せる人、人、人、エアに淡い恋心を寄せる男性達、そして、私のお裁縫仲間であった女性達。

 そんな怒濤の人波が一気に道場へと押しかけて来たのである。



 道場へと押しかけて来た彼らの目的は、もちろんエアと私にあった。

 道場主の大声によって私とエアがもういなくなると知った道場内の者達の心は二分している。

 片方は『辞めてしまうなら、その前にダメだと分かっていても、エアちゃんに告白したい組』と、もう片方は『居なくなって欲しく無いからなんとしてでも説得する組』である。……現状、『見送る組』はまだない。



 『ダメ告組』は主にエアに対する男性達の素直な心の声から生まれた集団だった。

 密かにエアにアプローチをかけていたものの思う様に成果が出ず、私とエアを見ていて、隙が生まれる事を期待していたがどうやらそれも上手くいきそうもない上に、もう会えなくなってしまうというタイムリミットに焦り、立ち上がった者達。


 だが、このままエアに対して抱える己の胸の痛みの理由を放置し、ただ風化させる事だけはしたくないと彼らは思った。

 それならばいっそ、一対一でエアにしっかりと告白をして、正面から潔く散りたいという、そんな男らしい集団なのである。

 みな、殆どが道場での訓練中なにかしら怪我をして、エアに回復して貰い『はいっ治ったよ!』の笑顔一発で恋に落ちたピュアな者ばかりであった。



「怪我を治してもらった時からずっと好きだったんです」


「一目ぼれしました」


「もうエアちゃんの事しか考えられません」


「彼女と別れてきました。本気です」


「十年後の未来にも、俺の隣には君がいる」


「ぜったいに幸せにする。だから俺と一緒に居てくれ」


「お金ならあります。苦労はさせません」


「体力には自信があります。一緒にこの先も武術に励んでいこう」


「やる気だけは誰にも負けません」


「お爺ちゃんとお婆ちゃんになるまで、君と笑っていたいんだ」



 そして、そんな思い思いの告白を彼らはエアに向かって真剣な表情で語っている。



 だが、告白を受けているエアの方は、見てるとどうにも様子がおかしかった。

 その顔はどうしていいのか分からなくて困惑が強い上に、少し泣きそうになっている。



 ……まあ、それも当然かもしれない。

 少しずつ成長してきたとは言っても、エアは見た目通りの年齢に相応しい精神状態にまで成長したのかと問われれば、まだそうとは言えない。


 そんな状態で、いきなりの沢山の男性達から人生を掛けた本気のプロポーズをしに来られたら、どうしたらいいのかがわからなくなってしまっても、しょうがない事だろう。……きっとまだエアには少し早すぎたのである。


 無邪気だからこそ沢山の人を惹きつける魅力があったのかもしれないが、無邪気が故にそんな真剣な告白をエアは受け止める事が出来ず困惑する事しか出来なかった。


 そして分からないという状況は、ある種の恐怖を引き起こす作用もあり、エアは段々と彼らが怖くなってしまったのだろう、瞳が段々とウルウルとしてきているのも、そういう理由だ。


 と言うか、エアはもう男性諸君自体が怖いのか、そちらに顔が向けられず私の方ばかりを見ていた。『ろむ、たすけて』と言う心の声が、魔力も無しで伝わって来るほどなのだから余程である。


 そこで私は、エアを魔法で浮かせて、私の背中へとおんぶして避難させた。柔らかローブに到着。

 『うぅぅーろむぅぅー』と言って背中でローブに顔を押し付けている今のエアは何とも弱々しい。

 そして私は、静かに男性諸君に頭を下げた。



 ……すまない。君達の気持ちはエアにとって、本来はとても嬉しいものの筈だ。

 誰かから愛されると言う事はとても素晴らしい事で、奇跡の様に尊い事でもある。

 君達が心からエアを想ってくれた事を私から感謝されるのは少し不満かと思うが、代わりに感謝を述べさせて欲しい。ありがとう。


 エアはまだこういうことに慣れていないので、少し吃驚してしまったようだ。許してあげて欲しい。

 受ける受けないは別問題だが、君達の告白そのものが嫌だったわけではないと思う。

 私の背中に避難させたのも、私の勝手な判断だった。申し訳ない。


 だが、一つ、次にもし機会があるとするならば、ちゃんと一人ずつ言ってあげて欲しいと思う。



 と言う私の言葉を受けた男性諸君は、『いや、あの、その』と、まあ当然、微妙な空気になっている。さもありなん。


 だが、どっちにしろエアがこの状態では普通に答えを返せるとも思わなかったのでしょうがないだろう。今日の所はこのまま帰る事にした方が良いのかもしれない。


 ただ、男性諸君にとっては不完全燃焼なのが拭いきれないのは事実であった。彼らはいっそ華々しく散りに来たのだから。このままでは中途半端である。



「ロムさんいいんですよ。あんなお馬鹿達は放っておいてください」


「そうですそうです。今まで散々機会があったのに、最後の最後にならないと決心できないヘタレ共なんですから!出直してこいっ!」


「正面から告白して華々しく散るだー?そんな雁首揃えて何言ってんのよほんと。そんなカッコいいもんじゃないでしょっ?あんた達、女の子一人に群れて告白しやがって!恥を知れよ恥を!」


「だいたいプロポーズに指輪の一つも無いんでしょ?ありえないよ?それに、告白の言葉の内容も大体ダメだった。響かない。心に。全く。特にやる気だけのお前。特にダメ。やる気もないじゃん。帰りな。出口はあっち」



 だが、項垂れている男性諸君に、道場内の女性陣から厳しい指摘の追撃が飛んだ。別の意味で彼らは今見事に砕け散っている。……砕け散れたのなら、これでもいいのかな?



 ただ、流石アマゾネス達の血筋を引いている者達。その言葉には一片の容赦もなかった。控えめに言ってただただ苛烈。



「ロムさんもロムさんですよ。そんな男どもに謝る事なんかないでしょっ!ビシっとしててください!」



 おっと、私にも飛び火が。



「そうですよ!それに……謝るくらいなら辞めないでください!」


「そうです。ロムさんが居ないと誰が子供達の服をあそこまで完璧に繕えるんです!」


「それに!ここのおトイレや、洗濯場も凄く綺麗になったし、この道場も全く汗臭くなくなって。最高なんです。正直言ってこんなにも良いものだなんて思いませんでしたっ!一度この良さを知ってしまったら、もう元になんか戻りたくありませんよ!行かないでください!」



 ……君達。欲望がダダ漏れだな。

 だがまあ、彼女たちの言葉に少し懐かしいものも感じた。

 そこまで明け透けになれるのは、やはり昔にこの街を拠点にしていた素晴らしい戦闘能力をもつ女性冒険者集団、アマゾネスの雰囲気を感じでしまうのだ。


 彼女等も凄く欲望に忠実な人達だったのを覚えている。

 『おいそこのエルフ!あんた中々使える奴なんだってな!あたしたちが飼ってやるから一緒にこないか?昼も夜もこんな美人ばっかりに囲まれてりゃ、あんたも男冥利に尽きるだろう?』



 と、かつて言われたそんな言葉が私の脳内には蘇ってくる。

 彼女達も細々したことを苦手としていた者達が多かったな。



 それに『いや、断る』と私が即拒否をすると、街の外まで彼女達が追いかけてきた事は、中々に記憶から消す事が難しい出来事であった。……あの時は、街の至る所に彼女達のメンバーが居て、あと少しで捕まりそうになりながらも、なんとか逃げだしたものだ。流石に山二つ越えるまで追って来るとは思いもしなかった……。



「いや、断る」



 私はかつてと同じ言葉で告げる。

 裁縫も、掃除も一緒にやって一通りやり方は覚えただろう?君達ならばそれが出来る。浄化が無くとも面倒くさがらず頑張ってみなさい。

 私がそう言うと、よく一緒に活動していた女性達はしょんぼりとしながらも確りと頷いた。



「どうしてもダメなんですか?」



 中にはまだ諦められずごねる者も居たけれど、私はその子にも目を見て頷きを返した。

 今も昔も私には目標があるのだ。それを叶える為に私は冒険者をやっている。

 私の目的地はここではないのだ。だから、ここに居続ける事は出来ない。

 そんな私の気持ちが変わらない事を察したのだろう。ごねていた者達も段々と口を閉じた。





「ロムさん、それじゃあ、最後にチャンスをくれませんか?」



 だが、そんな中で、最後に一人だけ、己の意思を貫く者が手を挙げた。

 その声が聞こえた時点で、道場に居る者ならそれが誰なのかは直ぐに分かる。……彼だ。



「もう一度、あの時のリベンジをさせてください。エアさんだってまだ武術を全部を極めたわけじゃない。覚えて欲しい事はまだまだあるんだ。まだ居て欲しいんです。……それに今度こそ貴方にも武術を覚える必要があるって事を、俺は証明したい──」






またのお越しをお待ちしております。

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