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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第93話 牡丹。




 魔法使いの中には呪術と言う分野を専門に扱う者がいる。

 呪術と言うのは少し特殊な技術で、とある能力に優れている者が向いているとされているのだが、その能力は魔法使いに限ったものではなく、その素質さえあれば極論誰でも習得ができると言う不思議な分野なのであった。



 その素質とされるとある能力とは、"感受性の高さ"である。

 特に感受性の中でも相手を想う事に長けている者程、呪術の分野に向いているとされた。


 呪術とは、魔力に自分の思いを乗せて相手に伝える技の応用であり、そこに強い思いを乗せる事で受け取った相手に何らかの作用を強制させる技の事である。


 特に相手に送る強い思いが負に傾倒する感情の場合、受け取った相手は体や心の調子を崩す事になる。

 ただ、その効果は人によって大きく作用に差が生まれるそうだ。

 相手に対して強い思いがある程上手くいきやすかったり、相手の感受性とズレが大きすぎる場合は上手く伝わらなくて効果が薄かったり、相手が魔力の運用に長けていて抵抗の高い者だと、そもそも全く効かなかったりする。



 だが、元々は精霊達が互いに想いを伝え合う時に使っている技とほぼ一緒で、私も魔力で心の声や思いを伝える時に時々使っているが、これはとても繊細で優しい技術なのである。


 だから、呪術師は必ずしもその能力を負の面にばかりに使っているわけではない。

 その字面から悪い方面にばかりに目を向けられがちだが、悲しんでいる者や落ち込んでいる者に優しい気持ちを届けて励ましたり、誰かを支える事にも特化しており、誰かを思いやり、人を愛する事を大切にする心の専門家達なのである。



 ただ、それだけの深い愛情や、人を想う様々な気持ちは時として呪いに変わってしまう。

 その怖さを誰よりも知る彼らだからこそ、彼らはその字を背負うのだ。優しさをずっと忘れない様に。




 ──そしてここにも、そんな呪術とも呼べない状態の、前段階とも言える何の作用もない強い思いの塊みたいな物体が、少しだけ暗く淀んだ気持ちを纏い、ここ数日私の所に"拳の形"をしてぺシペシ飛んできていた。それも何故か毎回私の顔面に向かって結構な速度で飛んでくるのだ。

 まあ、大した効果もないので毎回吐息を『ふっ』と吹いて、私はそれを掻き消している。



 ……なんとなくその相手は察せてしまうのだけれども、私はあまり気にしない事にして今日も私とエアは街の道場へと向かって歩いていった。




 エアはここ数日でかなりの人気者になっている。

 元々の鬼人族特有の運動性能の高さと見た目の可憐さ、その上普段の裏表のない無邪気さが子供達やお母さん方に大人気なのだ。

 また、誰かがけがをした時などは直ぐに駆け付けて回復魔法を躊躇なく使ってくれる慈愛さと、その瞬間の無邪気な笑顔の破壊力により、道場の男性諸君にとっては人気どころか恋心を抱く者が密かに増えつつある位であった。



 一方の私の方も、別ジャンルで人気を博しつつある。

 現在、私は道場内の掃除や洗濯の手伝いを積極的にこなしているのだが、ここは中々に頑固な汚れが多かった。

 だが、そんな頑固な汚れも基点的に浄化を使えば一発なので、どれもすぐに終わらしては、エア達を観覧しつつお母さん方と一緒に『お裁縫』を楽しんでやっている。



 聞けば、やはり運動している子供達というのはよく服に穴を空けてしまうらしく、何度も洗って直してを繰り返していると服自体も薄くなって直ぐにボロボロになってしまうのだと、お母さん方は悩んでいた。


 だが当然、そんな悩みを解決する分野は私の得意とする所であり、今までの経験がかなり活かせたのである。

 子供達の穴の空いた服?どんどん持ってきてください。秒で繕って見せましょう。と連日私は楽しみながら補修をし続けていた。



 だいぶ擦り切れてしまったものは魔力を通してからデザインを覚えてもう一度同じ服を作り直したり、子供用の裾直しなども流れる様にさくさくと熟していく。

 序でと言わんばかりにお母さん方の季節毎の服の修復もしたり、道場主の奥さんは至っては実は妊婦さんだったと言う事で、他の家で使っていた服のデザインを入手して妊婦さん専用のゆったりとした服や生まれて来た子供用のベビー服などもどんどん作ってみた。今回は作った事のない種類の服が多かったので大変興味深い時間を過ごしている。



 デザイン自体は周囲のお母さん方が持ってきてくれたものをそのまま真似するだけだし、普段使いの服とは違って妊婦さんの服などは大体どれも似たようなものであったので、ドレスを作るよりは簡単である。



 それに各種生地等の素材だけは、長年集めてきて未だ把握しきれない程に私は持っているので、一部の服は全く別の素材に変え肌触りの優しいものへと作り直したりもした。


 これだけの素材量ならば、だいたいどんな要望や状況にも対応可能である。……ん?ふむふむ。女の子だった時の為に、そっちは分かり易く手足の部分に少しフリフリしたのがついていると嬉しい?なるほど、作りましょう。……だが流石に、まだ居ぬ第三子、第四子用は早すぎるのでは?がんばるの?そうか。なら作っておこう。道場主はがんばって稼がないといけないな。



 ……ただ、そんな事をしていたら逆に私は道場に月謝等を納めなくて良いと言われた。

 道場主からは『すみません。もうロムさんからはいただけませんよ!どれだけお世話になっているか!元本職の方にここまで服を作って頂けたことを考えれば、普通はこちらが払わなければいけない程なので──』と言ってくれたので、まあそう言う事ならと受け入れた。


 まあ今回は最近出来て無かった反動だろう。単純に『お裁縫』に熱中して楽しんでしまった。


 ……因みに、武術青年が今着ている練習着も私が新しく作ったものだったりする。

 何故か最初、青年は微妙な表情をしていて受け取りたくない素振であったが、服に罪はないので、好き嫌いしないで着て欲しいと言ったら渋々だが着てくれた。今では普通に気にせず練習着を使っている。



 だが一度、道場主の奥さんが、私の事を道場主の浮気相手じゃないのかと疑って、大きなお腹のまま少し無理してここまで見に来た事があったのだが、私が作業している姿を見ると一安心して帰っていった。


 『いやー、ちゃんと説明したつもりだったんですけどねー。中々信じて貰えず。困りましたっ!わっはっは!』と言うのは道場主の発言だが、そら奥さん的にはいきなり家族の服が増えだして、その原因が道場に来てくれているエルフが作ってくれたなんて言ったら、『他に女でも作ったんじゃないか!?』と疑ってしまうのは当然だろうと私も思う。ちゃんとよく男だと言って欲しいものだ。……まあ男の耳長族(エルフ)が作ってくれていると言っても尚更信じて貰えなかったらしいけれど。



 ──実際、この間違いも存外良く起こった。

 私がお母さん方と一緒に道場の外で『お裁縫』をしているからだろうとは思うのだが、私の顔を見ても勘違いする者も居る位なのだから、不思議な話である。私は男顔なのだがな。


 ……安心してください。私は普通に男です。とある特殊な道にも興味はありませんので。至ってノーマルです。どうぞ勘違いしないで下さい。と何度か説明する事にはなった。



 一度青年からも、『本当に男なんですよね?女性だったら嬉しいんですけど、違いますよね?』と聞かれてしまい、中々信用して貰えなかったので、まあ軽く証明してみせたら彼は肩を落として納得して帰って行った。



 何度も言うが、私はただの『お裁縫できる系の耳長族(エルフ)』なのである。キラーン(安心の存在感を放つモノクル)。……まあ、珍しい事は私も同意しよう。



 そんな私が作業をしていると、最近は私の膝に誰かしらが乗る様にもなってきた。

 それは時に、道場に来ている小さな女の子であったり、エアだったり、この辺りの小さな綿毛の精霊だったり、エアだったり、道場主だったり、エアだったり、したのだが……なんで道場主は私の膝の上に乗って来たんだろうか?不思議である。勿論すぐに下りては貰った。あの人は本当に良く分からない面白さがあるのだ。


 エアが良く乗って来るのは、私がお母さん方や道場主とばかり遊んでいるので、構って欲しくなる時があるらしい。身体を動かして武術を習うのは楽しいのだけれど、休憩時間には甘えたくなるようだ。

 私にとってはいつも通りの事なので大した問題ではないと、そういう時は精一杯エアを甘やかした。



 だが、そんな私達の姿を見ると、時々道場からは"拳型"のアノ呪術に似た何かが最近飛んでくるので、それを『ふっ』と息で吹き消す事も忘れてはいけない。最近では何故か色んな方向から飛んでくるようにもなったので、エアとも一緒になって吹き消している。



 エアが拙いけれど大体の動きを身につけて道場を辞める日になるまで、そんな穏やかな日々はずっと続くのであった。




またのお越しをお待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] このクオリティの作品をこのスピードで執筆するって作者さんだけ1日が40時間とかあったりします?() [一言] ロムのお母さん力の上昇がとどまるところを知らないw 実は20話くらいまで…
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