表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
92/790

第92話 材。





 見様見真似でやっているエア達の武術は、見ているだけで応援したくなるお遊戯会的な緊張感があり、一生懸命やっているのが分かるからこそのハラハラ感があった。ちゃんとできていれば感動するし、上手くいってない場合は見ているこちらの側も自然と腕に力が入り、心から『がんばれ!がんばれ!』と応援したくなる。そんな、もどかしくて楽しい空間だ。



 不思議なものだが、人の頑張る姿とはこうも心が引かれるものなのかと、私は道場主やお母さん方とまた一緒に美味しいお茶を頂きながら感心して見ていた。



 道場主は誰かに教えずここに居て良いのだろうかと思うかもしれないが、ここの道場は教える側も生徒同士が担っており、基礎や簡単な所は互いに教えあうスタイルの道場らしい。指導が間違っていると判断した時や難しい場面にだけ道場主は満を持して降臨するのだとか。聞いていて面白い教え方だと私は思った。



「ロムさん、さっきは凄かったねー」



 お母さん方からは先ほどの青年とのやり取りの事を不思議と褒められたのだが、私はそこまで特別な何かをしたわけではない。それどころか、あの青年を少なからず傷つけてしまった事を、私は先ず詫びた。


 なんだかんだ言ってもお母さん方は道場の子供達をずっと見守って来たのだ。そんな見守って来た子供の一人であった青年も彼女達にとっては自分達の身内と一緒である。きっと見ていて気分の良いものではなかっただろう。



「いーのいーの!最近あの子ってさ色気づいちゃったみたいで!カッコつけてんのよ」


「そーそー。お年頃なのはわかるんだけど、道場主さんとかに対する時の態度もちょっとねー。ほら、こういうのって礼儀が大事じゃない?」


「うんうん。反抗期でもあれは大変だろうなって思ってたんですよー」


「……でも道場主さん的にもちょうど良かったでしょ?流石に親子で鼻っ柱折っちゃうと後々何かと大変だし」


「確かにっ!そういう点でもロムさんには感謝ですな!」



 子供達の武術を見ながらのささやかなお茶会ではあったが、お母さん方と道場主は楽しそうに笑い合っていた。

 ただ、その声は若干大きめである。

 当然、青年にもしっかりと聞こえているようで、彼の背中は少し震えている様に見えるが……。

 まあ、私は気づかなかった事にしておこう。



 道場内で必死に訓練を行っている青年は今だけ少し居たたまれない感じになっていた。

 自分に自信がある時は中々に周りが見えなくなりがちであるが、こうして少し冷静になってみると途端に自分に対する評価等は耳に入りやすくなるものである。

 きっと今は心に、ザクザクと目には見えない棘が沢山突き刺さっている事だろう。がんばれ青年よ。負けるな。



 ──だが、その後も何かと自分のやらかしていた事を大人達から聞かされ続け、黒歴史を朗読されるかの様に恥辱を抉られ続けた青年だが、彼の偉い所は、そこから決して逃げなかった事であった。


 何が聞こえようとも、ひたすら訓練を続ける。我慢し全てを受け止めて、その悔しさをバネに更なる訓練に励む。


 周りのそんな雑音に負けないように、彼は自分の『武術』それ一点にのみ、集中し続けた。

 流石に、数々の功績を得て来た人間と言うのは、一本の強い芯を心に持っているらしい。

 例え精神を揺らされようとも、ただ進め、迷うな前を見ろ、今自分が出来る事にただただ心血を注ぐのみ、とそんな鬼気迫る想いを彼からは感じた。



 段々と研ぎ澄まされていくその姿はまさに『一意専心(いちいせんしん)』。



 邪念を消し去るかの如く、更に激しい訓練を自らに課し始める彼の姿に、何時しか周囲の者達──道場主やお母さん方を含めたみんな──は嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 恐らくはそれが元々の彼の姿なのだろう。皆の顔からは彼が戻って来た事を喜ぶさまが見て取れる。

 ……道場主たちは彼を精神的に鍛える目的で、わざとそんな話をしていたのだろうか。そうだとしたら彼らも中々に厳しいものである。私の言葉などより余程、身近な彼らの言葉の方が効くだろうに。


 私はこういう精神的に鍛える方法を他者に施したことが無かったのでこれはまた新たな学びを得る事が出来た気分である。



 そして、そんな一心不乱に訓練に励む彼を見る者達の中には、当然エアもいた。

 エアは彼のその動きに目を惹かれたのか、真剣な目付きで一切の瞬きをすることもなく見続けている。


 その目付きが普段の魔法を練習をしている時と等しい事に私は気づいた。

 どうやらエアは今、本気で彼の動きを覚えようとしているらしい。

 偶然の出会いであるが、これはエアにとってもかなり良き経験になるだろう。

 私は道場主やお母さん方と一緒に、エアや彼らのこれからの成長を微笑ましく思うのであった。





 ……暫く長い事稽古に打ち込んでいた青年だったが、ふとした時に、道場の反対側から熱い視線を感じてそちらに目をやった。


 するとそこには、ジーっと青年の動きを凝視しているエアの姿がある。

 その時に初めて意識し目にするエアの姿に、今度は青年の方もジーっとエアを見つめ返した。

 身内贔屓で申し訳ないが、エアはそんじょそこらの美人さんでは敵わない程にかなり可愛いのだ。青年がそうなってしまうのも当然である。



 ただその実、彼がエアを見続けた時間はかなり長く、エアをあれほど見つめていると言う事は、もしかして彼は惚れてしまったのかもしれないと、周囲に思わせるには充分すぎる程の間であった。


 恐らくは青年とエア以外の者達はみな『あっ、こいつ、今惚れたな』と思ったに違いない。……青年の大人達からの精神攻撃材料がまた一つ増えた瞬間である。



 そんな青年の動きを観察していた方のエアは、青年が動きを止めて自分の事を見返してくる事に不思議そうに首を傾げていた。その顔からは『もう武術は終わり?』と言う言葉が伝わってくるようである。


 そして、それはおそらく青年にも伝わったのだろう。

 彼はすぐさま咳払いを一つすると、全身から『俺を見ていてくれオーラ』を発し、先ほどまで以上のキレと激しさで、彼は武術に打ち込んでいくのであった。




またのお越しをお待ちしております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ