第90話 演。
「言ってくれますね。こっちはどんな相手に対しても対等以上に戦う術を磨き身体を鍛えてるんだ。それは当然あなたの様な魔法使いに対しても我々は対処法を持っているんですよ?それでもまだ必要ないと?近寄られた場合はどうするのです?」
青年が自信満々に尋ねて来るのに対して、私は沈黙を選んだ。……この流れはまずい。
これ以上話をすれば、私にとって恐らく何も楽しい事にはならないと冒険者の勘が告げていた。
なので、こういう時は引けるなら早めに引いておいた方が賢明である。
『鍛錬の邪魔をしてすまなかった』と一言いうだけで、こういう場はちゃんと治まるので、私はその言葉を放つ為に口を開いた。
お母さん方も私と青年の方を交互にハラハラドキドキしながらみているが、期待されている様な展開にはならないので許して欲しい。
「ふふっ、ロムに近寄るなんて無理だよ」
だが、私がそう言う前に、道場の中からそんな声がこちらへと聞こえてきた。
……エアだ、それも凄く嬉しそうな顔である。仁王立ちでフンスッ!と可愛らしいお顔から自信満々に鼻息が漏れている。みなさん、うちの子がすいません。意外とこういう冒険者同士の"潰し"合いみたいな話が大好きらしいんです。
五年間練習したのにエアにはその機会がなかったので、思わずそんな機会を目にした事で身体が勝手に反応し、声が出てしまったようであった。
「……ほう。それはどういう意味ですか?」
対する青年の方も、こういう展開に慣れているのか、その表情からは自信を感じる。
今までにこういうことは何度もあったんだと、その度に俺は乗り越えてきたんだというほのかな経験がその顔からは窺えた。
「そのままだよ。ロムは凄い魔法使いだもん。武術は必要な者が覚えればいいだけ。やらないのは必要がないから。ロムはそう言ってたもん」
……ごめんなさい。そもそもの原因は私にあったようです。エアはただ正直なだけでした。
確かに私はそんな事を言って、今回はエアと一緒に参加するのはやめたのだった。
「ほう。それほどに凄い魔法使いなんですか。それでは一度見せて頂きたいものですね。武道家に対して魔法使いがどう対応するのかを、是非」
そう言って青年はすっかりとやる気満々になっている。対するエアもなんか誇らしげだ。……まるで君達が戦うみたいな雰囲気だけど、やるのは私なのかい?
お母さん方や周りのお子さん達、他の道場の方々もワクワクされている雰囲気を感じる。みなさんもこういうのがお好きらしい。
だが、正直言って、私はあまりこういうことはやりたくはなかった。
そこには好き嫌い以前の問題があるからである。
「……それは、何です?」
「メリットがない」
青年が不思議そうな顔で尋ねて来るのに対して、私は本心を告げた。
彼とここで対しても、私には何の得もないのである。
私は私の力を見せる意味をそこに見いだせなかった。
これは何も彼を馬鹿にしたり、私の力を誇張させたくて言っているわけではない。
私の魔法は見せびらかす為に存在するのではないと、そう言いたかったのだ。
「それはつまり、魔法の方が優れていると言いたいので?」
「場面や状況によって、そんな優劣は幾らでも変わる。そんな些事を気にする必要はない」
武術と魔法、どちらが素晴らしいのかなんて問うまでも無い。どちらも素晴らしいのである。
だから、君は君の力を大切に育めばいい。
ジャンルの違うもので力比べをする事にはあまり大した意味はないのだ。
例えるなら、槍を巧みに扱う技術と、槍投げで遠距離の敵を倒す技術は、同じ槍を使うにしても必要な技能が殆ど違うだろう?それと似たようなものである。比べる事自体に意味がない。それぞれ存在価値があるのだ。どちらも大切なのである。
だから、私になんぞ感けていないで、君は君の道を進むべきだ。と伝えたいのだが、あまり彼には思う様に伝わっていない気がした。
彼の目は私が説明すればするほど段々とぎらついてきているのである。
……なんで、私はこんなにも口下手なんだろうか。
「逃げようとしているのですか?」
はぁぁぁ。このセリフが出る時はもう戦闘の流れに入っている証でもあった。
昔はこのセリフを出したら、片方がプチュンされるまで戦ったものだが、彼にはその覚悟はあるのだろうか……いや、あの顔はなさそうである。力試し感覚でしか言っていないだろう。
それに、彼の周りも楽しそうにしていないで止めて欲しい。
彼がやる気満々で言葉を発するたびに、周囲も期待通りの展開が来るのは今か今かとワクワクし始めていた。
……だが、ハッキリと言うが、なにも面白い展開など起きないのだ。
どうみても彼は命のやり取りまで考えてない。考えて無いのにその言葉を発してはいる。
その時点でもう……。
「甘いですね。話にならないから止めた方がいいよ?ロムにそんな事言うと、あなた一瞬で死んじゃうかも」
「なにっ?」
ああああ。今日のエアは凄くノリノリです。
こうなっては仕方ない。エアがこんなにも楽しそうに喜んでいるならば私も一役買うしかないだろう。
エアを笑顔にするというそのメリットの為にならば、私も一肌脱いで頑張れるのだ。
私は椅子から立ち上がると、少しだけその場を離れてお母さん方を巻き込まない様にする。……まあ、ただの演出である。
そして、私はその青年の方を向くと、一言こう呟く『折角だ。少々遊びに付き合ってあげよう。世の中の広さを知ると良い』と。……まあ、これも演出である。私も世の中の広さなんて知らない。逆に教えて欲しい。
『さあ、どこからでもかかって来い』と、接近できるものなら先ほどの言葉通り接近してみろと、彼を手招きし、挑発に似た残酷な言葉を告げる。それに対して彼は私にニヤリとした笑みを浮かべた。まるでこの瞬間を待っていましたと言うが如くの表情で、今にも私へ向かって飛び掛からんとしている。
「そこまで言うなら!行かせてもらっ!……んっ?」
だが、それは無理であった。
「動けるかね?」
「なにっ!?足が……なんで?いつのまに」
かかってしまえば何の魔法でも構わなかった。
眠らせるでも良いし、まやかしを掛けるでもいい。
それこそ今彼に使っている様にただ足の動きだけを止めるでもいいし、それこそもっと残酷なものなら息を止めてやる事すら出来る。
……因みに今回、足の動きを止めただけにしたのは、これが一番、"差"が分かり易いからであった。
どうだろうか。この展開の何が面白いのだろう。
若い武術青年が一人、魔法にかかって足掻いているだけなのである。対する私はどうみても悪役だ。何も良い所が無い。むしろエアが喜んでいなければ、それだけで全損であった。
「自らの力で一歩でも動けるなら君の勝ちでいい」
そうして、私は手慣れた様に、勝手に勝利の条件を彼へと言い渡す。こういうやり取りもかつては幾度かした覚えがある。
ただ、私の時代において普通はここまで穏やかな決着はあまりなかった。それこそどちらかが死ぬまで戦いあったものである。
「くっ、くそっ。こんなはずでは」
彼にはどうやら魔法使いと戦った経験が一応はあったらしい。自信もあったみたいだが、すまない。
その上更に傷口に塩を塗る様で悪いとは思うが、最後に演出の一環として、決着として一言だけ言わせて欲しい。
こういう決めセリフは、エアが喜ぶのだ。
「魔法使いの力は、知れたか?相手の力量も測れず挑むのは『無謀』と言うのだ。よく覚えておくと良い。……それと、小さな自信に自惚れず君はもっと己の未熟を恥じるべきだ。強くなりたいならな……」
「…………」
「わあああー!ロムカッコいいーっ!!」
青年は俯いて悔しそうに唇を噛んでいるが、あまり落ち込まないで欲しい。顔を上げて前を見てくれ。
先ほども言ったが比べる必要がそもそもないのである。今後も武術を頑張ってくれ。陰ながら応援している。
周りのお母さん方やエアは、まるで寸劇を見ているかの様に楽し気な顔をしているので、一応は私の演出も悪くはなかったらしいのだが、この青年にだけは本当に申し訳なく思った。……あとで密かにフォローしに行く事にしよう。
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