第9話 限界。
2022・10・14、本文微修正。
彼女へと語った冒険譚には、様々な『色』があった。
……だから、反応が良かった話もあれば、そうでもなかった話もある。
そして、その違いをよくよく考えてみると、どうやら彼女は今までに目にした事の無い状況──もっと言えば、私達が今居る森や山の話以外の方が興味を引かれる傾向にあるようだと感じたのだ。
「『海』と言うのを見た事はあるか?」
「うみ?んーん。ない」
「でっかくて、ショッパイ、そうだな大きな水溜まりみたいなやつの事なのだが……だとすると、魚も見た事がない?」
「さかな?」
「そうだ。その大きくて深い水溜まりを川や海とも呼んだりするんだが、その水の中に居る美味しい動物達の事だな」
「──ッ!!!おいしいのっ!?」
「そうだ。ただ、中には毒があって食べたらダメなのもある。だが私が今まで食べて来たのはどれも美味しかった覚えが──」
「えええーー!いいなぁぁぁぁ、さかなぁ、たべてみたいっ」
「そうか。ふむ。それでは冒険者には水辺での戦闘も少なくないし、一度勉強がてら魚を捕まえに行ってみるか?」
「いいのっ!?うみ!いくッ!」
「ただ、海は少し遠いから今回は川になる」
「かわっ!さかな!たのしみっ!」
……と言う事で、私達は川へと向かった。
ただ、家(大樹)から一番近い大きな川までは、歩きで二日ほどかかる距離だ。
若干出歩くだけの範囲からは遠い気もするが、キャンプファイヤーを大層気に入った彼女からは『夜営は嫌じゃない』との事。逆に楽しみだとも言うので、のんびりと向かおうと思う。
そしてのんびり序でに、歩きながら採取も行いつつ、見つけた果物や木の実を食べながら、気を付けなければいけない毒草や毒キノコなども説明していく道程である。食べ物関係の話と魔法の話は彼女の食いつきがかなり高いと感じた。
最初の晩、途中で飛んでいた手頃な鳥を魔法で幾つか仕留めると、それをまた丸焼きにする。
鳥が焼けるまでの間、彼女はまた『ラーラーラーラー』と精霊の歌を口ずさむ……。
姿は見えていない筈なのに、精霊達もその歌に乗って一緒に喜びながら踊っていた。
焼き上がった鳥を枝に突き刺し、それを彼女の両手に一本ずつ装備させる。すると、瞳をキラキラにさせながら交互に噛り付いて、それはそれは嬉しそうに『んーむふー!うまぁーッ!』と無邪気な笑みで幸せそうに頬を膨らませていた。
十羽以上は捕まえたが、それらをペロリと軽く平らげてしまった彼女に──食後、『猪と鳥、次はどっちが食べたい?』と訊ねた所……『どっちも!いっしょにたべたい!』と言う答えが返ってきた。
なので、次は鳥肉と猪肉で一本ずつ装備させようと思う。両手に持つスタイルが凄く気に入ったようだ。
「…………」
夜も明け、日の出と共に出立し、昼の日が一番高くなる頃合いに私達は川へと到着した。
川幅は広く、流れは遅い。水深は一番深い所でも私の足から腰、彼女のおへそが浸かるくらいのものだった。……足を滑らさなければ、恐らく溺れる事もない程度の緩やかな川だと言えるだろう。
もしも足を滑らせそうになっても慌てないで済むように、彼女には水辺での軽い注意点と泳ぎ方などを教えられたらと思った。
……ただ、それを教えるよりも前に、既に彼女の興味は水底の中へとあるらしく──くっきりと見える位に綺麗で透き通っている川の中には、バッチリと『獲物』の姿が映っていたのだ。
「なにかいるっ!」
「ああ、そうだな。あれが魚だ」
「あれがさかなっ!おいしいやつッ!!」
私が『魚』と言う単語を出した途端、彼女の両腕は『ガシャン!ガシャン!』と上へともち挙がり、『がおぉぉぉぉ』する気満々だ。……その様子を隣に、『何事も経験か』と思い、私は彼女へと尋ねてみる。
「……狩ってみるか?」
「うんっ!」
「そうか。疲れたら戻ってくるんだぞ?」
「うんっ!」
「そうか。では、行っておいで」
「うんっ!いってくるッ!」
……まあ、『習うより慣れよ』という言葉もある。
バシャバシャと言う大きな水音をたてながら、彼女は可愛らしいけれども本人としては本気の気合をこめた全力全開の『がおおおぉぉぉぉーー』で水中の魚を追いかけまわしていく……。
水辺の精霊達は比較的穏やかで静かな場を好む性質の者達が多い。だからか、今日の所は彼女のフォローには回らず、川岸で腰掛け眺めている私の周りで同様に微笑ましそうに彼女を見守っていた。
おそらくは小一時間程だろうか。流石は鬼人族と思える体力で彼女は魚を追いかけまわしている。
……が、それだけの時間ひたすら水の中で全力疾走し続ける彼女の肉体強度は大したものだったけれども、それでもやはり限界はあったらしい。
結果、現状彼女の肩は上下しており、呼吸は整わず、若干目元を潤ませながら彼女はしょぼんと落ち込んで川岸で待つ私の元へと帰ってきたのだった。ウィナーフィッシュ。
「疲れたか?」
「……うん」
「そうかそうか。それじゃ、頭をここに置いて、少し横になると良い」
私は魔法で彼女の濡れた服の水を浄化し一瞬で消し乾かすと、座っている自分の腿をポンポンと叩き、近寄って来た彼女の頭に手を添えて優しく腿へと誘導した。
疲れ切り、寝落ちしかけている幼子の様にしか思えない彼女は、ふらふらと私の言葉に従い手を引かれ、導かれるまま素直に頭を腿に乗せる。すると、見る見る内にその瞼は重くなっていき、ほぼほぼ一瞬でぐっすりと眠りについてしまったのだ。
鬼人族のおへその奥にある『天元』と呼ばれる器官には、疲労の度合いにより体内魔力の循環を促進させて本人の身体の回復を早める効果がちゃんとある……。
ただ、よっぽどの理由がない限りは機能不全を起こしたりはしない筈のそれにも弱点はあって、本人の消耗具合が限界近くに至ってしまった場合、大人であってもこんな風に問答無用で強い眠りに落ちてしまう事があるのだとか。
「…………」
まあ、普通に生活していれば、『何をそんな当たり前の事を』と思うだろう。
だが、これはある程度の『力』を持つ者であればよくよく感じる話ではあるけれども、種族によって『力』の引き出し方は様々異なるのである。
要は、普段は使っていない力を温存し、限界を超えそうな時にはそれを引き出して活動する事が出来るという特性をもつ者達もいれば──そうではない者達もいるという話で……。
無論、個人差はあるのだが、鬼人族達は常日頃から、それこそ生まれた時から『天元』の体内循環の効果で高い肉体機能を持つ事と引き換えに、温存している力と言うものがほぼほぼ無いのである。
それはつまり、何を意味するのかと言えば、限界を超え──それこそ眠りを超えてまで無理をした場合、彼らには常に『死が隣り合っている』とも言えるだろう。
今こうして眠っている彼女の状態も、言わば『瀕死の状態』に近しいのだと。
「…………」
己の限界を知らぬ者、それ即ち死に近しき者。
鬼人族達は皆、この言葉を親から戒めとして教えられるそうだ。
親は自分の子供に死んで欲しく無いから、この眠りが大切なものである事、限界を超えて無理をしてはいけない事を子供の頃から繰り返し教え、己の限界を見極める感覚を鍛えさせると聞く……。
彼女の力は他の鬼人族達と比べてもきっと桁違いに強いだろう……が、やはりその限界が無いわけではない。
おそらくはまだ誰にも教わっていなかったのであろうその言葉と、自らの『眠りの意味』を、私は彼女が目覚めたらいの一番に教えようと心に決めた。……泳ぎの仕方よりも、まずはこっちの方が大事だなと。
「…………」
『早く元気になる様に』と想いを込めながら、その頭を撫でつつ眠りを妨げない範囲で私は彼女へと回復魔法を施した。……その目覚めが、いつも健やかでありますように。
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