表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
89/790

第89話 滑。




「またねー!えあちゃん!」


「みんなまた明日ねー!」


「えあちゃん、こっちー」


「はーい。今行くよ!」



 とある日の昼過ぎ。

 エアと子供達が手を振っている。

 今日も平穏無事に『ダンジョン散歩』を終えて、私達はのんびりとしていた。


 今日はここに黒とんがり帽子集団は居ない。……と言うか、私達の所に彼らが来ることはもうなくなった。

 別に彼らを害した訳でも、まやかしで記憶を消したわけでもない。

 

 私達自身にまやかしを使って、私達の存在をとても薄くしたのだ。

 それによって、彼らはもうここに近付こうとすら思わなくなってしまった。


 正確には私達の事を認識できないようにし、尚且つ気に留める事が出来なくなっている。

 なので、私達の事を覚えてはいるだろうけれど、私達に気を割く事は出来なくなったのだ。


 街中で見かけても、『あっあの人が居た。でも挨拶をする程じゃないか』と自然と離れていく感じである。

 本来は多用するべきものではないのだけれど、流石にあの老人はしつこ過ぎたので結局は使う事になった。


 この前に追いかけて来てからも、その後毎日欠かさず尋ねて来たので、この様に仕方なく対処する事にした。

 おはようからおやすみまで、彼の顔が私達の脳内にちらつく様になっては、これはもはや精神攻撃の一種だろうと判断し反撃した形になる。

 普通に接していればこんな事をしなくても済んだのだが、こんな極端な対処をとってしまった事をどうか許して欲しい。



 まあ、そのおかげで、最近は漸く落ち着いて来た。夜襲を掛けられずのんびりと出来るのは素晴らしい。


 そもそも魔法の事について話があるという事だったが、せめてドライアドの店主が提出した『対象指定以外の指定方法とその習得法』を修めてから来て欲しいものだと私は思う。それも修めてもいないのに、他の事まで教えて欲しいと言われても、それはちょっと教えるつもりにはなれなかった。


 もしかしたら、その習得法が予想よりも困難で、それのコツを教えて貰う為に私に監督して欲しかったのかもしれないけれど、限界に近い努力もなしにコツだけ聞きにくるのは論外である。それに、そもそもこれにコツは無い。地道にやるしかないのだ。



 ──さて、そんな訳で平和な日々に戻ったわけだが、一つ大きな変化があった。


 それは、エアが『体術』を習ってみたいと言いだしたのである。

 基本的に、私達は魔法使いであり、近接戦闘の技は必要ないどころか武器すらあまり使わない。それが常であった。


 だが、もしもの状況や最低限の備えとして武器だけは身につけるのは冒険者として当然だったのだけれど、エアの場合は更にその圧倒的な肉体強度と運動性能を使わないのは凄く勿体ない。


 それに体術を覚える事で手加減を身につけ、この前のような状況でもスマートに対処したいとエアは自分で考えつき、私にそれを改善したいと相談してきたのだった。……私は当然、感動した。



 そこで、相談を受けた私は『ダンジョン散歩』に来ていた女の子の一人が、街の道場に行っているという情報をお母さん方から聞けたので、エアにその子が通っている道場へと一緒に通ってはどうかと勧めたのである。……ん?私?私はいい。そんな汗を流して運動するのはそこまで好きじゃないし。生粋の魔法使いなので必要ないのだ。エアは一緒にやりたかったみたいだが、流石に今回は領域違いなので断ることにした。



「こんにちはー」


「よろしくお願いします!」



 街のとある活気がある地区、ここには色々な施設だったり学校だったりが並んでいる。

 その中で二階建ての堅牢そうな道場の建物の一階へと、元気な挨拶をしながらエアと少女は入って行った。


 エアの隣に居る少女はまだ十歳になる前と言う事で、毎日楽しみながら体を動かして見様見真似で武道の稽古をしているのだそうだ。

 誰かと直ぐに殴り合ったりするわけではなく、型の稽古だったり、襲われた際の上手な対処法を見せてゆっくりとやらせてから教えて貰えるとの事だったので、エアもそこなら問題ないだろうと一緒に相談して決めた。その子のお母さんもお墨付きをくれたので、問題はないと思う。



 因みに、私とその子のお母さんは道場の中には入らず、外から中の様子を見れる場所があるので、そこから椅子に座って観覧中である。エアに『がんばれー』と言う想いを込めて手を振りながら、よく『ダンジョン散歩』に予約してくれるお母さん方と一緒に、今はずずずーーっとみんなでお茶を楽しんでいた。……はぁーほっとします。





「ロムさんはやらなくていいの?」



 お母さん方の間でも私とエアの存在は中々気になる話題らしく、根掘り葉掘りと最初は深い質問が飛んできたが、私はそれをサッと躱しヒラっと避けて、大した情報を与えない様にしていた。……自分の情報を隠す事は冒険者として当然のことだが、流石に彼女達にまで隠すのはやり過ぎではないかと、私は自分で自分の癖に失笑する。


 どこに耳があるかも分からず、誰がどんな些細な糸に気付かずに繋がっているかも知れないとは言え、長年誰に対しても一定以上の情報を与えない様にきつく自省し訓練した弊害が……まあこればっかりは仕方がないだろう。



 だが、それでも彼女達の質問全部に答えなかったり、空気を読まずはぐらかし続けていたわけではない。

 いっそ逆にこちらから情報を提供することも多かった。

 そもそも生憎と私は『お料理』以外は家事全般が得意であるので、奥様方とのその手の話題は事欠かないのである。



 特に『お裁縫』は暫くの間、本職さんと一緒に働いていた為、お母さん方が気になる服の事は大体網羅している。契約であそこの仕立て屋で作られたデザインの服は作ってあげられないけれど、エアを待っている間、そろそろ衣替えの時期かと気になった服の裾直し等を二、三着やっていたら、すっかりとお母さん方とは打解けられたのであった。……よくお子さんの服の繕いも頼まれたり、アドバイスを求めらるのだが、これが中々に楽しい。新しいデザインも少し増えた。



 だが、そんな時に、ちょうどきりが良く服も完成し、お茶も頂いて一息ついていると先ほどの質問を尋ねられたのである。



 お母さん方の一人が、『ロムさんも旅をするんですってね。でも白石って外の魔物とか平気なんですか?エアちゃんと一緒に武道を習わなくても大丈夫?』と、そのお母さんは軽く聞いて来たわけなのだが、あまりに家事話で盛り上がり過ぎて、お母さん方の中では私は既にただの保護者ポディションになっていたらしく、本気で『旅なんて危ないんじゃないの?』と心配されてしまったのである。……いっそ私達と仲良く街中で働きましょうよと、この街で『お裁縫』をやっている方からも誘われてしまったのだが、それは少し嬉しかった。



 子供の面倒は見れるし、お裁縫は得意、その他家事や鍛冶も出来て、エアのサポート役としては十分。だが、見た目は指も腕も細く、筋肉はほぼついても無い。何気にいつも回復魔法や浄化魔法を使っているので肌に傷やシミも無く、確かにお子さんたちの元気で健康的に動き回る姿と筋肉達を見慣れているお母さん達からしたら、こんな私は戦えない様にしか見えないのだろう。



 だが、そんな彼女たちに私は安心して欲しいと伝えた。私は魔法使いなのであると。だから、武術は一切要らないんだと。

 そうしたら、お母さん達は『あっ、そう言えばエルフだったわ、この人』と驚かれ笑われた。……彼女たちの中ではもう私は主婦仲間の一人に入っていたらしい。



 ──ただ、この時、私は一つミスを犯した。

 ……と言うのも、先ほどはあれだけ気を付けていた情報に関して、この時の私はお母さん方の巧みな話術と美味しいお茶を飲んでホッとしていた事で気が緩み、あろうことか『私は魔法使いであり、武術は一切必要ない』などと、道場の傍(・・・・)で余計な事を喋ってしまったのである。



 それもちょうど間の悪い事に、この道場で真剣に武術の修練を積んでいた青年──後で聞けば、この道場の跡取り息子さん──にそれを聞かれてしまったらしく……『ほほー。それでは、魔法使いに武術は要らないとお考えで?』と声を掛けられ、睨まれてしまったのだった。





またのお越しをお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ