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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第87話 暁。




「校長っ!校長ーーーーーーっ!」


「先生っ!目を覚ましてください!先生っ!!!」


「あんたっ!校長に一体何をしたんだっ!!」



 三十分の『ダンジョン散歩』を終えて、私達が外へと出た時、気づいたら黒とんがり帽子を被った彼は幸せそうな表情のまま、呼吸が止まっていた。



 だが、安心して欲しい。呼吸が止まったとは言っても、私は魔法で確りと探知していたので、彼が無事である事をちゃんと確認してある。まあ、今の彼の状態を異常としていうのならば『熟睡』と言った所だろうか。


 一応、ダンジョンを出る際に声を掛けて、エアにも肩を揺すって貰ったのだが、それでも一切反応がない程に深い眠りに落ちていた。余程疲れていたのであろう。


 ただ、どうやら彼は見ての通り、寝てる間は呼吸が止まってしまうタイプの人らしく。恐らくはそういう持病持ちなのだろうと思われる。一緒ではないと思うが、俗にいう無呼吸症候群によく似た症状であった。



 その表情は『もう充分に頑張りました』『満足しました』という幸せそうなオーラに溢れていて、どう見ても昇天している様にしか見えないのだが、それでもただ寝ているだけである。


 ただ、幸せそうに寝ている事は大変素晴らしいのけれど、『ダンジョン散歩』の終わりに合わせて彼の事を迎えに来ていた者達にとっては、一見してこれは大事件であった。




 ……私は思った。やっぱりしつこく寄って来るものに良いものは居ないと。

 とんだとばっちりである。私が何をしたのかだって?彼を背負って散歩しただけだ。それがなにか?


 私は大したことはなにもしていない。背負われた彼だって特に何かをしたわけではない。

 ただ、背で寝るのが思ったよりも安心できて心地よかったのか、いや心地良すぎたのか、彼が少し昇天しかけている様に見えるという、ただそれだけの話である。



 だが、(たち)の悪い事に、彼を迎えに来た者の中に、医学の心得がある者が居たのか、彼が呼吸をして居ない事を遠目に胸の動きを見ただけで判別できてしまったのが良くなかった。

 迎えに来た彼らは、どうやら私達が黒とんがり帽子を殺めたのだと勘違いしているのである。


 医学に心得があるなら、そもそも寝てるのかそうではないか、それぐらいは分かって欲しいと言うのが私の本心ではあったが、目の前で知り合いが死んでいるかもしれないと動転してしまった彼らを責めるのは少し酷に思う。彼らはただ心配しているだけなのだ。



 ただ、そんな心優しい目の前の彼らに、私達は殺人鬼か何かだと思われながら、現状を正しく説明しなければいけない。これは中々に難易度が高かった。



 どうやら大部警戒しているらしく、戦闘態勢をとりながら私達の方へは全く近寄ろうとはしてこない。

 私が背負っているので、遠くから安否を気遣う様に『大丈夫か』と叫んでいるだけなのだ。



 私は何とか『大丈夫だから。迎えに来たんでしたら彼をお渡ししますので受け取って下さい。安らかに眠っているだけですので、何も心配はいりません。彼は無事です。いっそ目覚めたら気分爽快で起きます』と、色々と言葉を尽くしたのだが、そのどれもが信じて貰えそうにない。



 これは、今の内から宣言しておくけれど、今回の話の最後は、きっと彼が目覚めなければ全ては解決しないと私は悟った。間違いがない。深い眠り過ぎて中々起きないが、エアにユサユサと揺さぶって貰って起こしてもらう事にする。



「やめろ!先生にこれ以上酷い事をするなっ!」



 ……しませんよー。起こしているだけですよー。

 だが、そんな誰でもわかる事でさえも、目の前の彼らは全然伝わってくれなかった。……ふーむ、これは困った。この状況で彼らに浄化でもかけようものなら、逆に一瞬で逆上してしまい騒ぎを大きくする可能性もある。やはり彼が起きるのを待つのが一番かもしれない。



 ただ、そもそもの話、誰も彼が寝ている時に無呼吸症候群に似た症状を引き起こす事を知らなかった事に問題がある。意外とこの手の症状は本人も気づかない事が多いので、もしかしたら寝ている彼自身も知らなかった可能性があるけれど、もし迎えに来た者達の誰か一人でも知っていれば話はここまで拗れる事無くすんなりと終わっていた筈だ。……それがどうしてこうなった。



 基本的に、彼はいつも精力的に働いていたらしく、逆にいつ寝てるのか分からない人で有名だったらしい。そんな人物が、見た事もない私の背で静かに寝入っているようなこの状況は、確かに少し異常に感じるかもしれない。これまで一度たりとも人前でそんな姿を見せたことがない人物なら尚更である。



 ……流石に魔法で水を掛けて起こすのは可哀想だとは思うが、早く目を覚まして貰えない場合はそれも考えていた方が良いかもしれない。



 まあ、とりあえずはそんな彼の事はエアに任せておき、現状は彼らの事を私の拙い話術で何とか冷静にさせる事が重要である。このままだと更に少し困った状況にもなりかねない。



 その困った状況とは、彼らの声の大きさにあった。彼らは遠くから私に話しかけているために、何気に凄く声が大きくよく響く。それも今の彼らは動転して居る為か、周りがほぼ見えていない上に、何を言っても誤変換して認識してしまうのであった。



 それはつまりどういうことかというと、私が『彼は寝ているだけだ。受け取ってくれ』と言うと。



「『もう死んだから、遺体は返してやる』だってっ!?」となってしまうのだ。……いや、そんな事まったく言っていないのだがっ!?これも動転しているが故なのだろうか。



 更に、それに対して私が『"言ってない言ってない"。ちゃんと話を聞いてくれ。』と言うと。



「"やってないやってない"だとっ!何を白々しい!お前の背中で今、現に校長が全く動かないじゃないかっ!」と反論をしてくるのである。それもかなり大きな声で。



 これはつまり周辺の人達にも丸聞こえであり、段々とみんなの注目がこちらへと集まってきている事を意味した。どこからか『兵士を呼んできた方が良いんじゃないか』という囁きも聞こえてくる。



 私が彼らに、確認してくれれば彼が無事な事が直ぐに分かるからと幾ら言っても、『その隙に私達にも攻撃する気ね』『そんな見え見えの策にはのらない!』『逆にもう少し距離をとった方がいい』等と言って、逆に離れてしまうし、もしこのまま彼らを走って追いかけようものなら、それこそ彼らは絶対に私達を『殺人犯が追いかけて来る!』などと叫びながら街中を逃げ回るのである。……絶対にそんな事は勘弁してもらいたい。



「はぁぁぁぁ」



 と私は深いため息を吐いた。これでも私は、辛抱して何度か説得を試みたのだ。

 だが、『彼は何やら悩みがあったみたいなのだが、今はただ気持ちよさそうに寝ているだけなんだよ』と丁寧に説明してみても──



「──もう悩まなくて済むようにしてやったですってっ!?先生っ!まさか本当にもう校長先生はっ!いやぁぁぁ!返して!私達の校長先生をっ!」




 ──などと叫ばれてしまっては、もうどうしようもないと諦めた。

 言葉での説得と言うのはこれほどに難しいものだったかと再認識し、私は少しだけしょんぼりする。

 これはどうにも、自分の口下手具合の方にも問題がありそうである。


 彼らは寝ている彼を心配しているだけなのだから、もっと早くに背から下ろし、彼らに確認して貰うなどをすれば良かった話でもあった。


 周りにも騒ぎが広がり始め、人によっては兵士を呼びに行ったものもいるから、こうなってはもう彼に水をぶっかけてでも早く起こした方が、これ以上騒ぎを広めずに済みそうである。



 『彼が慕われている事は分かった。だが、これから彼に水を掛けるけれど、どうか落ち着いていて欲しい。彼を起こしたいだけだ!』と説明してから、私は魔法で水を掛けようと、彼を地面に横たえた。



「黙れっ!何をする!この人殺しのエルフめっ!!我々の大事な恩師をよくもっ!!……さては貴様ら、隣国のあのエルフ共の関係者か!?いつも校長が手紙を送っていたという。もしやそれで校長を暗殺したかっ!」



 ──ダンッ!!!



 彼らのその言葉に、エアが切れた。

 エアが一歩踏み込んだ地面には大きくひびが入り、巻き上がった土は寝ていた彼の全身が土に覆われてしまう程である。



「ロムが、何をしたってッ!!もう一度言ってみなさいッ!!」



 普段は猫の様に大きくて可愛らしい目が、キッと睨むような鋭さに変わり、エアは怒り心頭に発して、顔を真っ赤に染めた。そして、今にもその手で、この前の青年商人の時と同じように殴り掛かろうとしているのが見える。……だが、あれは少々いけない。あの拳はこの前の比ではないのだ。鬼人族の魔力が籠った拳は簡単に人体など貫くぞ。顔を殴れば相手は即死だ。



 私はエアが飛び出す瞬間に、エアを抱き留め、どうどうと落ち着かせる。

 『モーモー!』と腕の中で怒りが治まらないのか、駄々っ子パンチを私の胸に繰り返すエアに声を掛けて、私はその怒りが静まるまで宥め続けた。



「口を慎め。今の君の発言は隣国の要人を侮辱をするものだぞ」



 流石に先ほどのは言い過ぎであると私は思った。

 私の事は別にいいのだが、彼の発言は下手したら隣国そのものへの侮辱だと受け取られかねない。

 私の友の心が幾ら広くても、エアの様に悪く言われて周りの者が怒る可能性があるのだ。


 私に対する暴言は、エアが代わりに怒ってくれただけで、もう十分である。



「起きよ」


「──ぐっ」



 私は魔力を込めて、寝ている彼を強制的に覚醒させた。

 これは本来、相手の体内の魔力の流れに乱れを与える方法なのでやらない方が良いのだが、今の状況だとそうも言っていられないと判断した。……少し遅かったかもしれないが。



 彼らの声は大きすぎた。その声はどこの誰かが聞いているのか、分かったものではない。

 現に、何かしらの密偵だったのか、この場所から走って距離を取っている者が居るという情報も密かに精霊達から教えて貰っている。……ありがとう君達。助かるよ。


 どこの世界にも物事を大きくすることを好む声の大きい者は居るものであり、どこにその目や耳が潜んでいるかはわからない。

 彼の失礼な先ほどの発言はそこら中に、そんな彼らの耳に届く程にまで響き渡ってしまったのだ。



 ──だがしかし、今ならまだ私の魔力が届く。

 申し訳ないが、今日この日この時この周囲の思い出、その全てを私のまやかしにて消させて頂く事にした。



「皆よ、おやすみ」



 ──ダンジョンを出たその瞬間から、私達は夢を見ていたのだ。

 もうほとんど、芽吹きの季節になっていると言っても過言ではない程に、今日はとても過ごし易い。

 だからきっと、変な夢を見てしまっただけ。全てはただの夢であった。

 そう。だから、まやかしよ、そんな余計な夢の全てを溶かしてくれ。


 君らは今、夢を見ている。

 だが、その夢もいずれ覚めるもの。

 そして、その時に見ていた夢は段々と消え去るのだ。


 ……私の声が聞こえるな。

 そう、走っていた君にもちゃんと届いたみたいで良かった。

 君はいつも通りの日常を送っていただけ、それ以外は全て夢であり、泡沫の様なものだった。



 夢が消え、少し経てば、君達は皆(うつつ)に戻れるだろう──。








「うぐっ……お、おや、ここは……」


「起きたかね?」


「あ、ああ。貴方でしたか。……はい。なんだか良い気持ちです。背中をお貸しくださりありがとうございました」


「何も、それくらい大した問題ではない。疲れが溜まっていたのだろう。偶には休む事を覚えると良い。……ほら、あちらに居るのは君の迎えじゃないかな?」


「お、おお。そうですな。……分かりました。気を付ける事とします」



 そんな私の声に、黒とんがり帽子は微笑みながら迎えに来た者達と一緒に帰って行った。

 迎えに来た彼らも皆、恩師が散歩に行って帰ってきただけの姿を微笑ましそうに見ている。

 その周りで、いつも通りお母さん方や、子供達もみんな笑顔で今日も楽しかったと語り合っていた。



 ……唯一、笑顔でないのは、珍しくもうちのエアだけである。

 怒りは大部落ち着いたらしいが、未だ悔しいのか、今度は瞳を潤ませて私を見上げていた。

 私はエアにまでは、まやかしを掛けていない。

 だから、他の者達とは違って私と同様にエアも全てを覚えている。

 何故消さなかったのか。……それはこれが大事な問題であったからだ。



「なんでっ、あんな事言われて、ロムは平気なの。あの人、むかつくよっ」


「ああ。そうだな。エアが正しい」



 私は、エアを肯定した。

 その気持ちは正しいものだ。

 親しいものを馬鹿にされて怒る。それになんの不思議もない。


 だが、一つだけ忘れてはいけない事があった。

 それは、何事にも行動には結果が付きまとうと言う事である。


 エアが身につけたそれは、冒険者として高めた力だ。

 『天元』での魔力循環も、魔法も色々な知識も全ては冒険者としてやっていく為。

 エアが自分を通す為に、自分のやりたいことをやる為に身につけた力だ。

 その力をどのように揮ったとしてもそれはエアの自由である。



 だが、あの時のエアは結果が見えていなかった。

 あの後、拳を振るえばどうなっていたのか。エアにはその想像ができていなかったのである。

 あの先に進めば、エアが好きな冒険者としての全ては終わりを迎えていた。

 こんなにものんびりとした幸せな日常は消えてしまっていたのだ。



 それを教える為に、私はエアを止めた。

 冒険者の心得に背く事で、エアが好きな冒険者を続けられなくなるのを防ぎたかった。


 私が考えたのは、ただそれだけである。



「ぜんぶ、私の為?」



 もちろんだ。私に暴言を吐いた相手の安否など私には正直どうだってよかった。

 エアがそうであるように、私も私のしたい事しかしていない。


 君が私を守りたいと思ってくれたように、私も君を守りたかったのだよ。

 暴言に対する怒りなど、それに比べれば全て些細な問題なのだ。



 私の代わりに怒ってくれた事。嬉しかったよエア。

 ありがとう……。




 ──さて、それでは、少し怒ったら疲れただろう。

 ちょうど今、私の背中が空いているのだが、良かったら乗って行かないかね?

 ここは実はかなりの人気の場所なんだ……。


 そんな風に少しおどけて話しながら、私はエアを背負い、二人で一緒に宿へと帰った。

 その間、エアはずっと顔を赤らめていたが、宿に戻る頃には元の笑顔を取り戻してくれたので、私は一安心する。



 ……今後はもう、しつこく寄って来るものには絶対に近寄らないようにしようと、この日から私は心に固く誓った。






またのお越しをお待ちしております。

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