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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第86話 春眠。



「どうしてここに?」



 恐らくは、そう問われる事すらも見越しているであろう黒とんがり帽子に対して、ジトーっとした視線を向けながら私はそう尋ねてみる。

 『なんでこの場所を知っている。さては調べたな?』という意がそこには言外に込もっていた。

 ……だが、それに対して黒とんがりは、『さて、なんのことでしょう?』と白を切りながら、満面の笑みで私に返事をしてきたのである。


「いやはや、歳を取るとどうにも体が鈍ってしまいますからな。時にはこうして、散歩でもして体を解しているのですよ。おっと、どこかで見覚えがあるかと思えば昨日のエルフの方ではございませんか!これは驚いた。あなたも一緒にこの『ダンジョン散歩』にご参加を?」



 なんともまあ、わざとらしいものだが、その笑顔はどこか憎み切れない上に、突き抜けていっそ清々しさまで感じる。彼はやり手だ。



「いや、私は冒険者ギルドの職員側として来たのだ」



「あやや、という事は今日はずっと一緒という訳ですな?それはそれはお世話になります。この老人の歩く速さだと皆より十倍は時間がかかってしまいますからな。その分ゆっくりと色々とお話をしながら相手をしていただければと──」


「──よし、あなたの事は最初から私が背負う事にしよう」



 この人物はなんとしてでも私を自分の手の内へと、学園の教師として勧誘したいらしい。

 彼からは『なんとしてもこの獲物は逃がさぬ』という深い執念を感じた。


 ……私はこの手の相手がほとほと苦手である。

 しつこく寄って来るものに良いものが居た試しなし。羽トカゲしかり、このまえの青年商人しかり。


 ただ、彼の場合はここで直ぐに誘いの言葉を連呼して来ない事にいやらしさがある。

 普通に誘っても今はどんなに言葉を重ねた所で断られると目に見えているからであろう。

 この老人はその点、行動が分かり易くとも老獪なのであった。


 むしろ相手に自分の行動と思惑を分からせた上で、しっかりと対応し少しずつでも確実に関係を築き、深め、その築き上げた関係性でどうにか自分の思い描く姿まで発展させようとしている。

 彼は今、私を学園の教師にする為に、囲い込み漁をしている真っ最中なのだ。



 己の力のみで、学園の校長にまでなった人物だ。魔法使いとしては一流ではないとしても、その力はどちらかと言えば人心掌握にこそ一定の心得があるのだろう。……正直、苦手なタイプの中でも筆頭であった。



 普段通りに『ダンジョン散歩』を終える為にも、時間を掛けられてはたまらんと思い背負う事にしたのだが、この方が距離も近くて話もし易いので、黒とんがりにとっては思惑通りだったのかもしれない。……私はこの時、背中に彼を乗せた事を軽く後悔し始めていた。



 彼は自身も早々何度も私にアプローチがかけられるとは思っていないのだろう。彼も立場ある人間だし、私も普段から何かと忙しい。恐らくはチャンスは今回のみ。

 彼から窺えるその執念からはこの時間の間に、絶対に私を口説くつもりだという強い意思を感じた。



 だが、正直何度も言うようだが私にその気はさらさらない。

 なので、彼にはダンジョンに入ったと同時に『私は他の誰かに教える気は全くないぞ』と、先ずはっきりと告げる事にした。

 そもそも冒険者とは、むやみやたらに自分の力を他者へと教えるものではない、という私の考えもしっかりと彼に伝える。


 それに変に期待を持たすのも良くは無い。彼にとっても私にとってもそれは時間の浪費にしかならないだろうから、最初に私からこうしてはっきりと答えを告げたのは良き考えだったと思う。



 ……そもそも彼、本当に勧誘する為だけに来たのだな。

 散歩に来たと言った最初の言葉はどこにいったのだ。全く散歩していない。

 ただ、私の後頭部に凄く視線を感じる。



 『ムムム……』と唸って考え込んでいるが、早めに諦めてほしい。

 その場所は何気に私の白ローブポディションの中でも一番人気の場所なので、いつも私のローブにがっしりと捕まって歩く子供達がどこか羨ましそうに彼を見ていた。……ほら、諦めたのならさっさと降りて歩いてほしい。子供達が待っているのだ。



「どうしてもダメですかな?」


「ああ。その気はない」



 私には泣き落としも通じないぞ。



「本当に?対価はちゃんと払いますが」


「ああ。必要ない」



 残念ながら物欲もない。



「本当の本当に?なんでしたら冒険者のランクを上げる様に、こちらからギルドの方へ推薦も出来ますが」


「望んでこの『白石』を付けているのだ」


「この老体の一生の願いを使っても?」


「私の方が君よりも年上だ。その願いは通じぬ……それに君のその口調は、一生の願いをもう他でも使っていそうだ。今まで色々と苦労してきた様に見えるからな」


「……そうですな。確かに、もう使ってしまってますな」



 幾ら打てども響かない私に、彼は『はぁぁぁ』と深いため息を零した。

 私はなにも意地悪をしているわけではない。

 これが正義の為、国の為、世の為、人の為といくら綺麗事を並べられても、心が全く動かないだけなのである。……そんなものは知らんと。私は私のやりたいようにやるだけだと、そう答えるのみであった。

 ただ、そうまでして私の力を求める彼の気持ちは、なんとなく察せなくも無い。



「君は立派な御仁だ。だが、それとは別に、自らの力の無さを痛感し、絶望を知った者でもあるのだろう。それは見ていて分かった」


「…………」



 彼からは必死さを感じた。

 自分が出来なかった夢を他者へと託す者、それが持つ特有の焦りがあったのだ。


 彼は自分が見られなかった魔法使いとしての高みを、教え子達に見せようとしている。

 教育というのは決して楽な道ではない。エアを教えるようになって私もそれを実感した。

 思い通りになる事が、そもそもあまりないのだ。


 皆、それぞれに夢がある。心がある。やる気にも差がある。それは能力も然り。

 教える立場としては、時間ばかりが過ぎていくように感じることもあるだろう。

 伝えたいことは沢山あるが、それを伝えきる時間はなく、能力は足りず、知識もない。


 彼からしたら足りない物ばかりで、それでも諦めたくなくて、少しでもその穴を埋める為に必死にこれまでやってきたのだろう。

 立ち止まってしまった自分の代わりに、誰か一人でも高みへと行ってほしい。ただそれだけの為に。



「君と同じく、自分の力の限界という壁に突き当たり、それを乗り越えられず、挫折していった者達を知っている。私はたくさん見て来た。……だが、君はそこで終わらず、他の道を、新たなる夢を見つけ、模索したのだな。……君は偉い。素晴らしいと心から思う」


「あなたは、そこまでお見通しで──」



 私の背後からは息をのむような雰囲気を感じた。

 この人物について、私が知っている事等殆ど何もない。

 彼もただ私がエルフだったから、何か特別な知識でもあればそれを引き出したい。教え子に少しでも糧を与えたいと、ただそれだけの思いで私に勧誘に来たはずだ。



 だが、甘いよ。

 私には経験がある。彼以上に挫折を味わい、彼以上に色々なものを見て来た。

 要は彼は、私でなくとも構わないのだ。エルフと言う種族だから、ただそれだけの理由で声をかけてきた。

 それくらいはお見通しなのである。

 もちろん、君に悪意がない事も分かっている。その純粋な想いは尊重こそしよう。


 だが、私は私なのだ。ちゃんと心がある。

 君の良いように扱える物でもない。ただの知識が詰まった人形でもない。

 目を曇らせてはいないか。

 自分の夢にばかり目を向けすぎて、周りが見えなくなってはいないか。

 今の君は私からしたら、エアや子供達と変わらぬ幼子に見える。

 甘えてくるのは構わぬが、私の心はそれでは動かんよ。



「──ああ。君の道を素晴らしく思いこそすれ、私は君の道に同乗しようとは思わぬ。分かって欲しい」


「……そうですか。それは、なんともまあ。無駄骨でした」


「そうだな。だが、久しぶりに背に乗るのも悪くはなかったのではないか?何気に、君が今居る場所は子供達には人気の場所でな。私から見たら君も幼子の様なもの。多少の骨休め位にはなるだろう」


「……ふふふ、それはなんとも。この歳になって子ども扱いされようとは。……ですが、ああ確かに。そうですな。これまではずっと誰かを、若い者達を、生徒達を背負ってばっかりでしたから。偶には逆もいいものです。新鮮な気持ちですな。どこか安心できる」


「ゆっくり寝てても構わぬよ。三十分ほどしかないが、夢を追い続けるのは疲れるものだ。一時の休息にはなるだろう。起きたらまた頑張ればいい」


「……それはなんとも短い。だが、有難く思います。……それにしても、ほんとうにもう。あなた方エルフは、皆さんつれない方々ばかりだが、どこか優しい。不思議な人達だ。……それでは、少しだけ、お言葉に甘えさせていただきます──」



「──ああ、おやすみ」



 そうして、黒いとんがり帽子の老人は、私へと身を完全に委ねて、スー―っと静かに寝息をたてた。

 幾つになろうとも、人は夢は見る。

 それが良くも悪くもだ。

 だが、時には少し休む事も必要だろう。

 そうしなければ、周りに目を向けずひたすら走り続けていると、その内一人きりになってしまう。

 ……経験談だ。



 『だから、君はそうはなってくれるな』と、私の背で寝息を立てるこの疲れた偉大な魔法使いに、私が教えてあげられるのはそれくらいだった。




またのお越しをお待ちしております。

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[気になる点] 私は確信犯であろう黒とんがり帽子に [一言] 誤用では?
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