第84話 疑。
寒い季節の間は、流石にみな出歩く事自体が少なくなるのか、『ダンジョン散歩』の予約もないので、私とエアはほぼドライアドの店主の店に入り浸りとなって、ひたすら魔法についての知識とちょっとした技術を彼女へと教えていった。
……因みに、ギルドでの仕事は、散歩をする以外にやる事が無い。
話は戻るが、元々『指定』は対象指定が出来れば、他の指定もそこまで大した違いはない。まあ、彼女にとってはそこそこどころではなく大変だったみたいだが、エアが上手く彼女のフォローをしてくれたみたいで、芽吹きの季節の手前で何とか形になった。
あれだけやればまあ問題は無いだろうという所までは身につけられただろう。
そもそも、彼女と彼女の仲間達が敗北した相手は、『石持』とはまた違う相手であるので、そこら辺を知っていないと戦いにすらならない。
一部では『ダンジョンの死神』と言う名も付けられており、接敵したら必ず死ぬと呼ばれているものだが、追い足はそこまで早くないので、逃げる事さえ出来れば生還自体は出来るだろう。
あれは異常とも呼べる魔素濃度が互いに結合して結晶体になってキラキラと近付いてくるのだが、その空気を吸い込むだけで大概の生き物は活動を停止してしまう。
前に精霊達も、大樹の周辺とそれ以外では長居すると魔素濃度の差があり過ぎて、倒れてしまったり、酷い場合にはそれ以上の事が起きてしまうと話したことがあるが、それは勿論人にも当てはまると言う事である。
そも靄自体には意思はないのだけれど、ダンジョンの中ではそれにダンジョンの意思が宿るのか、獲物を見つけるとひたすらに追いかけてくるのである。
魔素濃度の高いダンジョン等、彼女達《金石》が行くような場所では気を付けないといけないだろう。会いたくなければそこに行かなければ良いだけなのだが、アレのいる所は良いアイテムがよく発見できるという旨みもあるので、私的には狙い目だと思っていたりする。
さて、そんな『ダンジョンの死神』の情報だが、何も私だけが知っている特別な情報という訳ではない。私の時代では誰もが知っている情報だったのである。
……そう聞けば、誰でもおかしいと思うのが普通ではないだろうか?そんな情報をなんで最高位の冒険者である『金石』の彼女達が知らないんだと。
ギルドの方もそんな重要な事を隠す意味がないだろう。そう思って、私は自分が職員として働いているギルドにある情報保管部屋に行き、『ダンジョンの死神』についての資料が有るだろうと思い調べてみたのだが、それについての情報が何一つ残っていなかった事に気付き驚いた。
……それを見た時に、私が先ず思ったのは、『なぜ』よりも『どこへ』だった。
昔に我々が、命を削りながら地道に積み上げてきたその情報を何処へとやったのだ。
失くしたのか?それとも誰かが隠しているのか?
そのどちらにしても、私は怒りを覚えずにはいられなかった。
そこそこ長い寒い季節の間のおかげで大部落ち着いたとは言えるが、私はこの問題について見過ごす事が出来なさそうである。
『後はお前に任せる』とそう言い残して消えて行った者達が幾人も居た。
そんな彼らが必死の思いで伝えてくれた情報だ。我々が必死に積み上げてきた情報だ。
冒険者は遊びじゃない。肩を並べる同士の為に、それ以外の相応しくないと思った者達へは"潰し"を行なったりもする程に苛烈な集団だ。
だが、その代わり我々は同士を見捨てる様な事はしない。こんな大事な情報は直ぐに共有されるべき大切な事。みんなが知っていて当然の事なのだと。あの当時はみながそれに同意した。
だから、私はかつて、自らの足で、託された情報を各地に伝えに行ったのだ。
この街の協会にも来た事がある。
元の場所が無くなり、今では四つにエリアが分かれてしまったみたいだが、確かに伝えた。
だから元々、そんな情報が無かったなどとは絶対に言わせない。
誰が覚えていなくとも、私が覚えているのだ。
そして、もう一つ、全てが彼女の不勉強だと一蹴されてしまえばそこまでであるが、私にはどうにも違和感を覚えてしまう事があった。
最上位の冒険者が、そこの魔法使いが『対象指定』以外の方法を知らない?……なんだそれは。私は店主の魔法の知識の偏りに違和感と、強い異変を感じた。
いつからそんな事になったのだ。
私は、自分の魔法の知識が、経験が、ある種異端である事を知っている。普通は泥水の中を這いずり回って森に居続けたりはしない。
だから、大衆に受け入れやすい詠唱魔法を否定するつもりはないし、余計な荒波を立てたくなかったので、冒険者ギルド以外にはこれまで足を運ばない様にもしていた。
元々、そこの前身である『魔術師協会』にも行った事が殆どなかったのも、そういう理由からである。
だがしかし、流石にこれは見逃せない。
このまま放っておけば、間違いなく死者が増えるのだ。
だから、一度そこへと、今では『魔術師ギルド』と呼ばれるその場所へと、私は直接行き確認してみる事に決めたのであった。
またのお越しをお待ちしております。




