第82話 改。
暇そうな喫茶店に子供達を引き連れてやって来た。
「お茶美味しいねー」
「そうだな」
「──いや、ちょっと待って貴方達!この状況でそんなゆったりとしてもらっても困るわー!」
『すげー』『わー!』『ねーねーこれなーに!』と三種の言葉を駆使しながらお店の中を楽しそうに走り回る子供達の姿を見て私はほっこりとしていた。今日は『ダンジョン散歩』の帰りにみんなでドライアドの喫茶店へとやってきている。お母さん方が少しだけ買い物に皆で行きたいそうなので、それが終わるまでは私達に子供達を見ていて欲しいのだとか。もちろん即答して引き受けている。
そして、ドライアドの店主とエアも私と一緒に中央に置かれた椅子で一緒にお茶を楽しんでいるのだが、エアは慣れてるので問題ないものの、子供達のそのパワフルさに慣れていない彼女の方は、木の枝を編んで作ってある床の微妙な段差で子供達が転びやしないだろうかと不安になっている。……そんなに心配しなくてもいいとは思うのだがな。
「あっ!!」
『あっ』と店主の声と床に躓いて転んでしまった子供の声が重なった。
転んだ女の子は一瞬だけ何が起こったのか分からずにきょとんとすると、痛みを理解すると同時に私の方へと顔を向けて瞳をウルウルと潤ませ始めた。
瞳をウルウルさせている状態は私的にはまだ泣いているとは言えないので、『泣かずに我慢してて偉いぞ。君は偉大な冒険者になるな』とその子を抱き上げて【回復魔法】と【浄化魔法】をかけていく。女の子は私のローブが柔らかいのか頭でグリグリとしながら『くんくん』とにおいを嗅いで、ほっとしたような表情を浮かべた。それだけでもうすっかりと涙も引っ込んだらしい。
「ふわふわーー」
「……あらー、手慣れているのねー」
「ロムは良くああしてるよっ。ふふふ、かわいいよね」
子供とはよく転ぶものだ。『ダンジョン散歩』の間も時々駆け回っては転ぶ事があるので、私は毎回同じような対応をしている。大ケガをしそうな時は、魔力で察知しているので事前に抱きかかえて防ぐことが出来るし、エアの時には木の上を走ってて落ちてきたのをキャッチする事もよくあったから、正直私はこういうのに慣れていた。
女の子はまだ暫くローブにしがみ付いていたいみたいなので、私はその子を抱えたまま元の席へと戻る。
私を見る店主は感心したような意外そうな、そんな複雑な表情をしていた。
そんな店主の顔を見て、最初の頃はお母さん方もそんな顔をしていた事を私は思い出す。
今でこそ全幅の信頼を受ける事となったが、もちろん最初はこうではなかった。理由こそ未だに分からないけれど、なにかしら私に信頼をあずけるに足る要素でもあったのだろうか。……謎だ。
『いや、貴方のその手際の良さを何度か見せられたらそりゃ、任せた方が良い気がしてくるもの』……ん?何やら店主が私に言いかけたみたいだが、すまないがちょうど時間が来てしまったらしい。
「──おっと、みんなそろそろ水分補給と果物の時間だ。いつも通り水球でしっかりと手を洗ってから風球で手を乾かし、最後にエアから浄化をかけて貰ってから食べる様に!」
「はーい!」
「えあちゃーん」
「はいっ、待ってね。今浄化かけるよっ!」
「……貴方達って、いつもこんな事を?」
私は店主の言葉に『時々だな』と答えた。
私が空中に浮かべた大きな水球で子供達は先ず手を洗い、同じ大きさの風球で次に手を乾かすと、最後はみんな揃ってエアへと浄化をかけて貰っている。
今日みたいなお母さん方の用事がある時にはやっている事だが、基本的に『ダンジョン散歩』だけの時にはやっていない。あれは三十分で終わってしまうし、次の組が待っている場合もある。
だから、これは偶にある"おまけ"みたいなものだ。
まあ子供達の中には、そのおまけを楽しみにしている者も多いみたいだけれど……。
私は少年少女達に、光の精霊から苗木を貰って大樹の森で育てて採れた『アブロ』と呼んでいる果物を人数分カットして、一人一人の口に魔法でパクっとしやすいように浮かせて運んで行く。もちろんエアも浄化を頑張ったので同じくパクっとさせる。みんな美味しそうに食べていた。
それを見て癒される私と、何故か頭に手を当てている店主。……どうしたのだろうか?回復でもかけるか?
「いえ、いいのー。ただちょっと自分の中の価値観が色々と変化してきそうでー」
「……魔法は戦う術ばかりではないだろう?日常で使う者は多い」
「ええ。それは分かってはいるんだけど、私はどうにも戦闘の詠唱系統ばかり修めて来たから、中々に頭の切り替えって難しくてー。……そもそもなんで【浄化魔法】を無詠唱で使える貴方やエアちゃんみたいな人達が『白石』なのかとかも、ちょっと意味が分かんなくなってきちゃって」
「深く考えても大した理由はない。私達は私達のやりたいようにやっているだけだ」
「いや。まあ、そうなのでしょうけどー。……あの、良かったら一度私達と一緒にダンジョンに潜ってみる気は──」
「──ないな。現状は結構だ。断らせて貰う。今の所は私もエアもこの仕事を楽しんでやっている」
「そうよねー」
私の返答にがっくりと肩を落とすドライアドの店主はどこか納得がいかない顔をまだしている。
このおっとりドライアドは中々にまだ戦闘中心の思考が抜けていないらしい。君は今街に居るのだ。休憩中なのではないのかね?
……なので、私からは先ず一つ『メリハリが大事なのだ』とアドバイスを送った。
休憩する時はしっかりと休憩に集中する。戦う時は戦う事に集中する。
魔法もそれと同じだ。戦う時は戦う時用に魔法を使う。休む時は休む時用の魔法を使えばいい。
「そんなー。言うのは簡単よー。でも、魔法ってそう簡単に融通が利くものでも無いでしょ?威力をあげる事も難しければ、威力を下げる事だって難しい。ただ単に魔力を抑えただけじゃ、その魔法自体が発動しないわけだし、魔法を込め過ぎれば暴発しかねない。ほんとこういう調整って才能の差が出ると思うわ。ドライアドってそう言うの苦手なのよねー」
いや、『樹人族』にそんな苦手な要素や弱点は無かった筈だ。これはそもそもの意識改革から必要かもしれない。長年の凝り固まった思考をゆっくりと解していく事、詠唱に慣れ親しんだ者達が最も苦労する分野、自分の能力を真っ新にしていく作業の第一歩である。
店主に魔法を説明しようとすると、いつの間にか果物を食べていた子供達やエアもみんな中央のウッドテーブルの傍に寄って来たので、折角だからと初歩的な魔法の話をする事から私は始めた。意外とこういう子供達にも分かり易い単純な説明の方が、今の彼女みたいな者にもちょうど良かったりする場合もある。
先ず、前提だが、魔法は融通が利く。つまりは好きな様にできる。
「ええーー、それは嘘よーー」
はい、そこ。最初から全否定しない事。疑ってかからず、あるものをあるがままに感じる事だ。
実は魔法は好き嫌いに敏感である。一度そう思い込んでしまったり、ちょっとでも嫌だとこっちが思ってしまうと、途端に魔法は落ち込んでしまう。落ち込んだ魔法は元気がなくなるのだ。
元気がなくなった魔法は上手く動けない。元気のある魔法の方は沢山頑張って動いてくれる。
だから、先ずは好きになってあげて欲しい。そうすると、魔法の方は元気になって、向こうから君達に一歩近寄って来てくれる。
まあそれが魔法を練習する時のコツだ。これから君達はみんな魔法を覚える様になるとは思う。
だから、その時は先ず思い出して欲しい。魔法を好きになる事。小難しい説明や勉強で嫌いにならず、魔法の本来の姿を見てあげて欲しい。……なんとなくでいいが、少しは分かってくれるかな?
「はーい!」
「……せんせー、こっちは少しもわかりませんーもうちょっと具体的にー」
「ふふっ、ロム話って、私好きっ」
子供達やエアは大丈夫みたいだが、やはり『金石』ともなると自分なりに魔法がすっかり型に嵌ってしまって、そこから改善するのが難しいらしい。話を聞いてもピンと来ないようだ。
これは仕方がないので、暫くは此処に通った際に、私にできる範囲で少しずつ彼女に教えてあげられたらと思う。
『試しに受けてみるか?』と尋ねてみると、ドライアドの店主は『やったわー!受ける!エルフの魔法の授業なんて珍しいものっ!よろしくお願いしますー!』と言って喜ぶのであった。
……まあ『耳長族の魔法の授業』と言うよりは、私個人の魔法の経験を伝えるだけなので大したものではないが、精々微力を尽くさせて貰う事にしよう。
またのお越しをお待ちしております。




