第8話 やくそく。
2020・4・03、1~7話まで誤字脱字を微修正。
2022・10・08、本文微修正。
彼女が倒した猪くんは完全に絶命していた。
なので、さっそく仕留めたその獲物を無駄にしないために処理を施していく……。
冒険者時代に培った最低限度の技術ではあるが、猪のお腹を開いて不要な内臓や血を抜き取り、魔法で出した冷水でササっと汚れを洗い流すと軽く猪全体に氷を纏わせて宙へと浮かせた。
今はかなり暑い季節なので、これ位は施しておかないと直ぐに獲物の品質が悪くなってしまう。
「見てたか?」
「うんっ!」
「そうか。帰ったら丸焼きにでもして食べよう」
「まるやきっ!?わああー!」
一通り獲物の処理の仕方をゆっくりと見せながら、魔法を使って手早く終わらせる。
それを隣で覗き込んでいた彼女は魔法の四文字に喜ぶとその場でクルクルと回りだす。……因みに、見えてはいないと思うが、彼女の周りで真似するように小さな精霊達もクルクルと回っている。
「…………」
ただ、その時彼女の右の掌が軽く擦り剥けて怪我している事に私は気が付いた。
殆ど無傷での勝利だったとは思うが、ぶつかった時にどこかしらが接触して擦ってしまったのだろう。あれは、微妙に水浴びなどをした時に地味にひりひりと痛むやつである。
うむ。あれ位の傷ならば『わざわざ回復魔法を使うのは勿体ない』と考える冒険者は多い。
……だが、せっかくの機会でもあるので、私は帰り際に家の周辺にある花畑の一角にある薬草を育成している場所へと彼女を連れてきた。
「手を出してごらん」
「て?」
「そう。ほらここ。こういう傷が出来た時は、この草の葉っぱをペタリと貼り付けて、魔力をそこに軽く通しておく。そうすると、暫くして葉っぱが勝手にペラっと離れた時には、もう傷は治っているから。覚えておくと良い」
「おおおー!すごーいっ!」
魔法もそうだが、こういう事も彼女には教えていけたらと思う。
常に必要な知識ではないものの、いざという時にはきっと役に立つ。
その後、猪くんを丸焼きにする為に薬草畑から少し離れた所で火を使える場を整えた。
【空間魔法】から木製の椅子を二つ取り出し、じっくりと焼ける様を彼女と二人、横並びで座って待つ。……火がパチパチと鳴り始めた。
私達の目の前には木で組み上げた簡易なキャンプファイヤーがセットされている。
猪の丸焼きはまだかと期待する彼女を隣で、炎はゆっくりと火種から徐々に勢いを増し燃え広がっていった。じっくりとした熱が段々と猪へと移っていくのが分かる。
冒険者時代に培った技術の延長で、ちょっとした遊び心もあって組み上げてしまった訳だが……。
調理に活かそうと思えば時間もかかるし、よくよく肉も焦がしたりもする。
上手くいくことの方が少ないし、実はわざわざこんな準備などをしなくても魔法を用いて直焼きすれば簡単に出来る事も分かっていた。
……だがしかし、何となくそれを理解しつつも、急にやりたくなったので作ってしまったのだ。
「──私は昔、冒険者をしていた」
「ぼうけんしゃ?」
「そうだ。今日みたいな猪や他の大きな動物。それか、ドラゴンや凶悪な魔物達を討伐してお金を稼ぐ者……言わば狩人のような仕事をしていたのだ」
組み上げたキャンプファイヤーに炎が回り、その勢いが一番安定してきたところで私は猪くんを魔法で浮かし、クルクルと回す。焦がさないようにと、段々と回す速度も上げていった。
焼けるまではまだまだ時間がかかる為、その間の暇潰しも兼ねて私は彼女へとそんな昔語りも始める。
『こんな獲物を狩った事があるんだぞ』と、こんな魔物に出会った時は毒に注意しなければならなかったと。迷宮、俗にダンジョンなどと言われる場所では、罠などを初見で察知するのは大変だった。勝てないと思った相手に相対した時の逃走方法はこうすれば良いんだと。
そんな、多岐に渡る話を私は彼女へと語り聞かせていった……。
基本的にずっとソロで活動していた為、私は一人でなんでもこなす必要があったから、話せる事は色々とあった。
危険な場面、命を落としかねない戦いなども何度も経験した。
人一倍冒険者として費やしてきた時間だけは長いから、丸焼きが出来上がるまで話は尽きない。
「へええーっ!良いなー!ぼうけんしゃー!たのしそうっ」
結果、そんな数百年に渡る私の冒険譚の一部は、中々に彼女にも刺激的だったらしく──『それでっ!?それで次はどうなったのッ!』と、貪欲に彼女も話の続きを求めてきた。
猪の焼ける香ばしい匂いと共に、私はそんな追憶の欠片をぽつりぽつりと語りながら、その内の一つでも多くが彼女の糧になってくれたらと思う。
「冒険者に興味が沸いたか?」
「うんっ!なってみたい!ぼうけんしゃっ!」
「そうかそうか。魔法の腕前がある程度上達したら、私と一緒に冒険者になってみるか?」
「いいのっ!?なるッ!なりたいっ!!」
「わかった。それじゃ約束だ。頑張って魔法や色々な知識を覚えたら、一緒に冒険者になろう」
「うんっ!やくそくっ!」
ただ、歳を取るとこうした時、どうにも小狡さに敏くなってしまっていけないとは思う。
まあ、ある程度の知識を得る事自体は悪い事ではないし、必ずなにかしら彼女の力にもなるだろうと、自分を納得させる。
良い感じに焼けた猪肉も渡しつつ、私は彼女と初めての『約束』をそうして交わしたのだった。
……因みに、『魔法使いの約束』と言うのは、それなりの強制力をもった契約と同じものなので、実はこうした口約束だとしても本当はもっと気を付けてしなければいけなかったりする。
だから、『色々な知識の、色々って、どこまで覚えればいいのーッ!』と、この数年後に全力で彼女がキレる事になろうとは、この時はまだ、誰も知る由が無い……。
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