第79話 見。
本作品には、登場キャラクターの種族特性が少し特殊だったりする場合があります。ご了承ください。
「ねえロム!あのお店に行ってみたい」
『ダンジョン散歩』の帰り道での事、エアはとある一軒のお店に向かって指をさしていた。
それはどこか懐かしさを感じさせる、良く言えば古風な家、悪く言えば、廃墟。そんな建物である。
私達はその雰囲気からそこが悪くない場所だと感じたが、建物がこんな外見だとあまり街の住人達は近寄らないのではと思った。
恐らくはわざとそうしているのだろうけど、ここまであからさまにしなくても良いのではないかという気持ちにもなる。
その見た目は森にある家。木を組み合わさって作ったログハウス風だ。
多少のまやかしがかかっているのか、人払いの魔法の気配も感じる。
店の看板に当たる場所には、読めるものにだけ気づける様に字体を崩して書いてあり、その内容は『古木』と薄っすら書いてあるのが私には分かった。
あれは所謂屋号と呼ばれる物で、その文字や紋章が表す意味は、この店の者がどこの森の出身者であるかの表明である。
あれは他の森で暮らすもの達に『私は古木の森から来ました。同郷の方は是非寄って行ってね!』と言うメッセージになっているのだ。
『古木』か。確か南の方の森の名だったと思うが詳しい事までは私でも知らない。
私は自分の故郷の森以外の他種族たちが住まう森へと行った事が無かった。……いや、大体の者が故郷の森以外を知らないと言った方が正解だろうか。森に住まう者はその土地を大事にするので滅多によその土地にはいかない。そこの森に生まれ、そこの森にて命を全うするのである。
「いらっしゃいませー」
私達が入店すると、奥のカウンターから若い女性の声がした。
この店は一面床から壁面そして天井までの全てが木の枝が編み込まれてる様に出来ている一室だった。
全面見渡す限りの木の枝の壁は少しだけ圧迫感を感じさせるが、天井から注がれる淡い光のおかげでどこか秘密基地の様な雰囲気を感じさせる静かな空間だった。
天井には大小不揃いのランタンが一メートルおきぐらいに幾つもぶら下がっている。
ここはこの店の主人にとってきっと安らぎの空間なのだろう、どことなく私の安楽椅子部屋と似た匂いを感じさせる。
「ロムの部屋に似てるね」
隣に居るエアも同じ事を思っていたようで、私達は視線を合わせ二人で頷きを交わす。……きっとここの主人も哲学を拗らせたタイプだなと、私は一人勝手にまだ見ぬ店の者へと仲間意識を感じていた。
「あれれーっと、お待たせしましたー。随分と珍しい組み合わせですねー。いらっしゃい。何にしますかー?」
そこへ現れたのが、この店の主人であろう人物──身体の所々に樹木の鱗を纏い綺麗な緑の髪をした──樹人族という種族の美しい女性であった。
私の故郷の森では見た事が無かったけれど、彼女たちの種族の事はある程度私は知っている。
肌に鱗の様に点々としているあの樹皮は、彼女たちにとって外皮であると同時に好きな場所に纏う事が出来る天然の鎧でもあった。
彼女たちはその見た目から木の精霊なのでは?と良く間違われることがあるそうなのだけど、私は昔に彼女とは違う別のドライアドの男性から『ぶっちゃけ木の鎧を自由に装備できるだけの普通の人なんですよ』という話を聞いたことがあったのでその真実を知っていた。……それでも十分に素晴らしい能力だとは思うのだが、彼らにとってはその鎧はあまりに当たり前の事で、特別な物には思えないのだと言う。強度もそこまで高い程ではないらしい。
勿論、彼らは木と会話する事は出来ないし、樹木と一体化したりもしない、身体から植物が生やせるわけではなく、樹皮に似た物質を硬質化させて操作できるだけなのだ。
見た目から木に近い種族なのかと勘違いされがちだけど、普通に花粉症になる人も多いし、木の種類によっては強いアレルギー症状が出たりするので、『ちゃんと人として接して欲しいです』と教えて貰った覚えがある。まあ、それでも個人差によって鎧の能力は出来る事にピンからキリまであるのだとか。
「こんにちはー」
「はいっ。こんにちはー。いらっしゃいませー」
エアの挨拶に樹人族の彼女も笑顔で返す。
このお店には商品が陳列されるような棚も無く、彼女が今居るカウンターのみしかないのだけれど、この店はそもそも何のお店なのだろうか。私達は何の店なのかもわからず入ってしまったのだが、これで普通の民家だったりした場合は陳謝するのみである。
「ここはお店ですよー。実はカフェなんですー」
と少し間延びした優しい声で、店主である彼女がそう言いながら指をパチンと弾く。
すると、床面からは三つの木の椅子と、一つの円形の小さなウッドテーブルが生えてきて、天井からは小さめなランタンが一個その机の真ん中にポトリと置かれた。……おお、演出が凝っている。どうやら私達用の椅子らしい。店主の分もある。『どうぞ座ってくださいねー』と言われたので、私達は素直に座った。
これを見て、私はこの店主がお茶目な人なのだと分かった。
それに、とても雰囲気を大事にする人であるとも。
「わーーっ!すごーーい!」
「あらーー。喜んでもらえましたー。こんなに素直な反応はひさしぶりー。お姉さん嬉しいわー」
おっとりとした口調とは裏腹に、中々の腕前である。エアにとってもいい刺激になるだろう。
私とエアはとりあえず、お勧めのお茶を貰う事にして、楽しそうに会話を始める二人の話に私も耳を傾けた。
「美味しい―。このお茶ー」
「良い香りでしょー。特性なのよー。ドライアドパワーの賜物なのー」
「ドライアドって凄いねー!」
「うふふふ、そうでしょー」
ドライアドにそんな不思議なパワーは無い筈だが、エアが喜んでいるのなら問題ない。ドライアドは凄い。美味しいお茶に関する秘密の能力があってもいいじゃないか。
楽しそうに話をする二人の喜びを邪魔したくないと私は思った。
森に生きる種族はあまり外へと出たがらないものが多いので、この街に専門店があったとしても、そこまで人も来ないだろうという思いもある。
『ここに来る客はやはり森の者が殆どなのだろうか?』と私は気になったので尋ねてみた。
「そうねー。だいたいが森の人達よー。あとは私のお友達だったり、冒険者仲間だったり、そして、時々あなた達みたいな新規のお客さんかなー。どうかこれからご贔屓にしてくださいねー」
「うんっ!」
「お茶のおかわり、いる?」
「欲しいっ!」
「この子かわいいー。いっぱいあげちゃうよー!」
ドライアドの店主はエアをハグして私の方へと視線を向ける。……なんですか?エアはあげませんが?ささ、エア。こっちには白いまくらがあるぞ。肩車も出来る特別製だ。
「ロム―っ!ネクトー!」
私が腕を広げると、エアはこっちにやって来た。私は店主の方へと視線を向ける。
……因みに、私の手にはとある秘密兵器が一つずつ握られている事は言うまでもない。流石秘跡産果物。効果はばつぐんだ。
「ああー!ずるいー!こっちのエルフの方はかわいくないー!」
『もー』と頬を膨らませてドライアドの店主は怒るので、私はエアの分と店主の分のネクトを食べやすい様に魔法でカットしてから二人の目の前に並べて浮かべた。お近づきのしるしに良かったらどうぞ。
「おいしいー」
「ほんとねー!なにかなーこの果物ー。初めて食べたわー」
その後話を聞くと彼女はやはり南の方の森の出身だったらしく。この街には他にも同じ森出身の仲間が数人いるのだそうだ。
彼女には私とエアはどこの出身なのかと聞かれたが、私達が今居る森には他の森の者達が居ない事を話すと彼女はニマニマとした視線を向けて、『やっぱり、そういう関係なのねー』と嬉しそうに笑った。
何を考えているのかは分からないけれど、まあ単純に私達みたいな存在が珍しかったのだろうと思う。
その後も大部話が弾み、楽しい時間を私達は過ごした。
ただ、私達が店を出る際、『あんまりこのお店ってお客さん多くないから暇で寂しいのー。だからまた絶対に来てねー!』と、楽しそうにウインクを一つ見せながらドライアドの店主は手をいっぱい振って見送ってくれた。
エアはそれに『また来るからー!』と言って笑顔で手を振り返している。
そして私も、そんなに暇なら彼女も『ダンジョン散歩』を手伝って貰おうかと思い、次回会う時を楽しみにするのであった。
またのお越しをお待ちしております。




