第784話 説。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
エアは言うのだ──。
『これはわたしがロムの事を特別と思っているからではなく……誰が見てもロムは間違いなくかっこ良かったんだ!』と。
「…………??」
だがしかし、そう微笑みながら告げるエアに対して私は、ちょっとだけ首を傾げると──
『不可解そうな表情』を作って、返す事しか出来なかったのだ……。
だって、今のは明らかに私には過剰な『表現』だったから──。
『誰もが』私に対して好意的な『視点』を抱く事など、『そうそうにありえないだろう』と内心思ってしまった。
……寧ろ、『詰まらない姿』を晒してばかりで、嫌われる事の方が多かろうと。
直前に『聖人』からも『嫌われている』と、『憎まれている』と、そう感じていたからこそ尚更にそう思った。
「……ううん。ちがうよ。そんな事はないんだよ、ロム」
でも、それなのに色眼鏡なしでエアは『違う』とそう語る。
『視点』によって、様々な考え方はあるだろう──『聖人』との事だって、『領域づくり』を提案したまではよかったかもしれない。
だが、それも結局はなんとも言えない中途半端な手助けにしかならなかった様に思っていた私に対して、彼女は首を横に振ったのだ。
彼から全く『好意的』に思われていなかった事にも、実は密かに『別の意味』が隠れていたのだと。
『既視感』が求めるが故に、仕方なく手を貸しただけの私に対して……。
彼女はそれでも『かっこ良かった』と繰り返しすのだ。
「…………」
でも、そうは言っても──本当にこんな私の、何が『良かった』と言えるのだろうかと、私にはそれがわからなかった。
結果的に、この『心』に残ったのは『これで良かったのか?』という気持ちと、以前までの『ロム』から『本当に改善できたのだろうか?』という、そんな儘ならない感覚だけだったから……。
それらが『心』の中で、ずっと『モヤモヤ』と巡り続けている状態になっているのである。
──言うなれば『悩んでもどうしようもない』事を、いつまでも『うじうじ』と思い悩んでいる男……だとも言えるだろう。
それなのに、そんな私が『かっこよい』とは……と。
「…………」
無論、それが『気遣い』であれば、話は理解出来た。
……いや寧ろ『本当は気遣いなんだろう?』と、『心』の中ではちゃんと理解もしていたのだ。
『歪』な気持ちが『虚しく』なって、やる気も奪われ、思わずふて寝したくなっているだけの私を、彼女がどうにかこうにか励まそうとしてくれているだけなのだと──。
しかし、そんな私に対して『かっこよかったのっ』と語るエアの視線には、『嘘』は全く感じられなかったのだ。
こんな私のどこに『魅力』があると言えるのか──『いや、寧ろそんなものなど微塵もない』と、自分でも思っているのに……。
内心では、そんな情けない自分を『表現』したくなくて──そこからどうにか『心』だけでも現実逃避させたくて、そんなエアの言葉に思わず揺れてしまっている……。
『エ、エアは私の事を『愛している』から……そんな風に『気遣ってくれている』のだろう』と。
……自分にとっての都合の良い『表現』ばかりを視てしまい、エアのそんな言葉を素直に受け止める事が出来ずにいた。
「……エア、私には──」
無論、それが例え何であっても……『エアの気持ち』自体は普通に嬉しくはあったと思う。
だが、どう考えても『気遣い』だろうと思えるそんな言葉を、エアに無理強いしてしまったかのような現状が、ちょっとだけ嫌だった。ちょっとだけ心苦しく感じてしまったのだ。
だから『──気遣いならば言わなくても平気だぞ』と、私はエアにそう返した。返したのだが……そうすると、エアはこんな風に続けるのである。
「ロム、『人の気持ち』って、むずかしいでしょ?」
「……うむ。『笑う事』さえ、単純ではない」
……本当に、それは思った事だった。
『笑顔』にも種類があるのだと知った。
『絵』に様々な色があり、『音』に様々な響きがある様に……『表情』にも様々あって、それを理解するにも『力』が必要になる。
『普段』や『日常』では、きっとそこまで気にも留めない、そんな些細な『表現』──そして、それを巧みに操る事が『人の気持ち』というものにも繋がってくるのだと。
『出来る者』からすれば『なんでそんな事を悩んでいるんだ?』と思う様な……そんな馬鹿馬鹿しくて、『当たり前』でしかない現実。
だが、『出来ない者』からすれば……それ難しさは『心』のモヤモヤが止まらなくなる程の一大事でもあった。
「…………」
その難しさの深さを知れば、私もちゃんと『人の気持ち』を理解する事ができると思えるようになるのだろうか?
……でもそれならば、未だそれを知らない私は、『人の気持ち』を『表現』するには『力』が不足しているという事でもある。
その前段階にも思える『表情を理解する』事さえも、こんなにも困難なのだと知って──己の『表現』が如何に稚拙であるのか、それを思い知らされた気分でもあったのだ。
「ロムはきっと、あの人に『嫌われていた』と思ってるよね?」
「……うむ」
「でもね、極端に言ってしまうと──『嫌って』いても、『憎んで』いても、相手を『かっこよく』は思う『心』には変わりはないんだよ?」
「…………?」
「どんなに『嫌い』でも、一番最後に、困った時には頼りたくなってしまう存在がいるって話で──『トゥオーさん』の行動は全部そう言っている様なものだった。……わたしにはそう感じたよ?ロムに『嫉妬』していたかもしれないし、最後は『憎しみ』も抱いていたのかもしれないけれど──きっとあの『人』は、『心』のどこかでまだずっとロムの事を『好きなまま』だったんだと思う」
「…………」
「久しぶりに会った『ロム』があまりにも変わっちゃったから──あの人の『視点』からは……まるで自分だけが取り残されたように感じてしまったんだよ。それでロムを『憎んだ』様な表情をするしかなかったんだ……」
──そう語るエアの『視点』には、彼の『心』の裏側には、そんな『憎しみ』以外の『表現』が沢山感じられたのだという。
「……わたしはきっと『ロムが好き』って気持ちなら一番だからっ。他の『人』がロムに対して『好き』を抱くのにも敏感なんだ──だからね、ロム。自信をもって。あなたが思うより、あなたは多くの人達に愛されている……」
気づかないだけで、沢山の想いが──『表現』が、そこら中には溢れているのだと。
そして、そんな『表現』に手を掛けたばかりの私はまだ、まだまだその『力』の扱い方が『未熟過ぎるだけなんだ』と、エアは言いたいらしい。
彼女は私に──『ロムも、もっとこれから覚えていけばいいんだよっ』と、まるで先達が『教え』を授けるかのように微笑みを浮かべている……。
「…………」
……そうして、エアはそのまま一歩分だけ私へと歩み寄ると、話の最後に左腕を少しだけ下へと強く引き──その分近づいた私の頬へと、そっと優しく唇を触れさせたのだった。
『ちゅー』っと、可愛げに吸い付いてきた彼女は『えへへへ……』と満足気な『表現』である。
そんな彼女の『笑顔』には、まだまだ私の表す事のできない『好き』が沢山溢れていた──。
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